ぶろぐちようじの書棚 - 3 - 高速化時代に『減速して生きる〜ダウンシフターズ』

(2010.12.09)

駅弁が食べたい

超伝導リニアモーターカーが時速500kmで走ると、東京〜大阪間は一時間ほどで行けるようになると言う。新幹線の二時間半でも十分に速いと思うが、一時間となるともうおじさんには想像ができない。昔は大阪まで行くとなると途中で何度か駅弁を食べる楽しみがあったが、新幹線になって一度しか食べられなくなり、リニアモーターカーになったら、うかうかしてたら食べ損ねてしまうことになる。さっと乗ったらさっさと食べて、きれいに後片付けしたらもう大阪だ。余韻がないよ、余韻が。

だいたいあれだけ高速にするってことは消費するエネルギーも莫大になることで、物理を思い出すとエネルギーは速度の二乗に比例するから、時速50kmの車を10倍の速度、時速500kmで走らせるためには100倍のエネルギーがいることになる。これはまったくエコではない。世の中ピークオイルとか言われて、そろそろ化石燃料がなくなるかもしれないというのに、そんなに莫大なエネルギーをほんの一時間ちょっと速くするために使うってのはどうなんだろう? 速い乗り物に乗るのは好きなのだが、まわりでみんなエコエコ言っているのに、そんなスピード出してどこかへ突っ走っていくのはどうも僕には解せない。だけどみんな競争しなければ生きていけない世の中だから、仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれない。矛盾だ。

高速化や効率化って、本当にいいことなのだろうか? そんな疑問をみんな持っているが、競争に勝つためにはそれを無視して生きていかなければならない。矛盾の渦にどっぷりはまってしまう。どっぷりはまりながらそれでも生きていかなければならない。そんな渦から「いちぬ〜けた」と飛び出した男がいる。高坂勝(こうさかまさる)という男だ。

 

客が多いと困る居酒屋

ある日、友人のライターTが面白い店に連れて行ってやると池袋で待ち合わせた。それからトボトボトボトボと髭面のTとどこまでもどこまでも歩いていった。どのくらい歩いたかわからないくらい歩いたが、それでもたどり着かない。

「まだ着かないの?」
「本当はもう着いてもいい頃なんだけど、迷った」
「どんな店なの?」
「たまつきって店なんだ」
「タマツキ?」

プールバーかと思った。グルグル回ってやっと着いた店にはオブジェのような看板に「たまにはTSUKIでも眺めましょ」と書かれていた。

「ウーッス。こんちは」

Tが入っていくと、ひょろっとした男が「どうも」と答える。雰囲気は、ちょっとクールなWコロンのねづっちだ。入っていこうとすると引き留められた。

「靴脱いでください」

なるほど、と思い、靴を脱いで上がる。店の中はちと暗い、しかも狭い。カウンターに六席、四席のテーブルが二つ、それだけ。

「カウンターとテーブルとどちらがいいですか?」

どちらと言われても、どちらも手を伸ばせば届きそうな距離だ。

「ま、テーブルに」と言って座ると、Tが店の奥(と言っても大きな布で仕切られた2mほど先にある棚からなのだが)から「これだねー」と言って本を持ってきた。

「これが高坂さんの書いた本」

暗くてよく見えなかったが、タイトルには『減速して生きる〜ダウンシフターズ』と書かれている。

「へえ、本を書いたんですか」と言いながら目を凝らすと、出版社は幻冬舎だ。帯には村上龍からの推薦の言葉が書かれている。

「減速すれば、景色が鮮明に見える。発見もある。 村上龍」

高坂さんが本を書いたと聞いてすぐに思ったのは自費出版だ。ちょっと粋な居酒屋のおやじならそのくらいするだろう。しかし、幻冬舎から村上龍の推薦の言葉をもらって出版するおやじは滅多にいない。なにそれ?と頭の上で疑問符が踊った。

飲みながら高坂さんの話を聞くとなるほどと思う。大手流通会社を辞めて居酒屋の主人となり、あまり儲けなくてもいいと割り切ることで、とても楽しい人生を送っているというのだ。その詳細が本に書かれている。居酒屋が小さいのは家賃が安くて良いから。一日平均五名の客が来れば回せるという。だから、仕込みの時間も少なくて済むし、余った時間は好きなことに使える。かつてサラリーマンの頃には、楽器をたくさん買ったが、ほとんど弾く暇がなかったそうだ。ところがいまでは客が来ないときにのんびりとギターをかき鳴らす。馴染みの客が来たらそのままライブを始めたりする。客が「なんか食べたい」と言えば、それから調理すればいい。

帰って本を読んだ。高坂勝という男に激しく嫉妬する。ゆる〜く生きながらとても自由で、さらに好きなことを好きなようにやっている。生き方全体がエコなのだ。

僕が幼い頃、母がよく言っていた。

「未来はね、いろんな便利な機械ができて、人はあまり仕事しなくてもよくなるのよ」

バラ色の未来のはずだった。しかし、実際にその未来になると、確かにあまり仕事しなくても良くなったのかもしれない。多くの人がしていた仕事は機械やパソコンが取って代わった。回転寿司に行けばしゃりを握るのは機械だし、印刷物はパソコンとプリンターでいくらでも刷れる。その代わり、寿司屋で寿司を握っていた職人はどこに行ったのだろう? あれだけあった印刷会社はいまどうなっているのだろう?

なんでも効率化を求めて、儲けを求めて、高収入を目指して生きていると、競争が激しくて辛い時代なのかもしれない。自分ができることを、できる量と時間で、楽しくやることが大切ということか。

本が出て「たまにはTSUKIでも眺めましょ」は繁盛すると思うのだが、高坂さんは言う。

「暇でいたいからあまり店のことは教えません」

格好いいなぁ。

高坂 勝『減速して生きる〜ダウンシフターズ』(幻冬舎) model / Megumi Higa(比嘉 恵)2011年3月、タイに行き、里親をしている子供に会うのが楽しみ。4月からはオーラソーマの勉強をする。

 

エコなコラム

高坂さんにすっかり感化されて、出張先から帰るときにエコな本でも読もうと思い、本屋に入って目についた本を手にし、そのまま弁当屋に行って弁当を買った。時間ギリギリで新幹線に飛び乗り弁当を開く。

リリー・フランキー『エコラム』(マガジンハウス刊)

のんびり食べてエコなコラムを読もうと思い、さきほどあわてて買った本を袋から取り出す。ダチョウが走っている写真が表紙で、いかにもエコな話が展開されそうだ。タイトルは『エコラム』。著者は『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で大ヒットしたリリー・フランキー。帯に大きな字でこう書かれていた。

「伝説のPOPEYE連載5年分! 遂に単行本化!」

これは本屋で目にしたのだが、その下に小さく書かれていたことにそれまで気がつかなかった。

絵とコラムで綴る、エコとは無関係な108編!

「あれっ」と思った。一瞬頭に血が上った。読まずに捨てようかとも思った。が、それではまったくエコではない。偶然の出会いも大切だと、せっかく買ったので読むことにした。

静かな指定席車両で、必死に笑い声を殺して帰った。僕ひとり、大声で笑っていたら、変な奴だと思われてしまう。「エコ・コラム」と勘違いしたおかげで笑いで泣ける時間が過ごせた。

案外いまは、力を抜けば幸せな時代なのかも。