Shibuya Tourbillon ~15~ 命の震えを伝える写真家 A・ダガタ、
日本人を揺さぶるアヴァンギャルド。

(2014.03.19)
『アツコバルー arts drinks talk』で開催中、101年目の植田正治 『軌道回帰』より。©Shoji Ueda office
『アツコバルー arts drinks talk』で開催中、101年目の植田正治 『軌道回帰』より。©Shoji Ueda office

『アツコバルー arts drinks talk』、ライブハウス『サラヴァ東京』のオーナー アツコ・バルーさんが綴るコラム『シブヤ・トゥルビヨン』。3月20日、パリ支店『Galerie Atsuko Barouh』オープン! オープニング展は『TAGAMI』ということで春一番に乗ってアツコさんはパリへ。東京店で開催中の植田正治展、来たるべくアントワーヌ・ダガタ、そしてアツコさんを鼓舞したアヴァンギャルドな展覧会について。

回帰する植田正治

1986年、植田正治は私家版『軌道回帰』という写真集を1,000部限定で作った。監修はデザイナーの植田充、伴侶を失ってがっかりしている父親を励まそうと砂丘モードなどのファッション写真に導いた彼である。今や『軌道回帰』はネットや古本屋で20万から30万円の値段がついている。それだけのお金を払わないと見ることができないものを、今回『アツコバルー』では全部展示してしかもばら売りで12,000円、各1枚きりで買うことができる。

35ミリのポジフイルムとは?

この『軌道回帰』は珍しい本である。当時35ミリのポラロイドフイルムが出た。新し物好きな植田が早速使ってみた結果がこの本だ。しかし、よくある1枚ごとのインスタントフォトではなくて35ミリのポラロイドなので36枚写さないと現像できない。いくら3分で現像できるとはいえ、なぜこんなフィルムを作ったのか、よくわからないが、多分使う人も少なかったとみえて、今は製造中止になっている。植田はこのフィルムがポジフィルムだというところでグラビア風にオフセット印刷で表現してみる。という面白い効果を狙ったのではないか? 製本も不思議で綴じていない、番号も振っていない、だからばらばらになるし上下もわからない、あたかも見る人が好きに並べてくれといわんばかりだ。三色の中表紙で分けて一箱に入っているが、どういうくくりで分けたのか、これまた謎だが、ゆっくり見るとなんとなく、感覚で分けたのだ。と植田のフィーリングがわかった気がするから楽しい。

植田正治のフィーリング 

植田正治はなんとなくの人で筋の通った人。が特徴である。あ。これ面白い、とやっているようなのだが、彼の人生と仕事を見るとそれが実に一貫しているのがわかる。子供を撮り、天気の悪い日には室内で小さいオブジェを組み合わせて撮り、町を撮り、ディテールを撮り、また回帰してくる。彼は七面倒くさいコンセプトや社会との関わりとかを論ずる人ではなく純粋に写真の世界で遊んだ人であった。

絵物語作家『少年ケニヤ』などで一世を風靡した山川惣治の砂丘シリーズも同時に展示する。

誕生より101年目を迎える植田正治の作品は今見ても新しい。


101年目の植田正治 『軌道回帰』
Shoji Ueda, 101 Years On

会期:2014年3月12日(水)~4月7日(月)
会場:『アツコバルー arts drinks talk』
休館日:火

写真は地獄から這い上がる命綱

一方、フランスの写真家 アントワーヌ・ダガタの写真は厳しく激しい。前回の『Shibuya Tourbillon』にも書いたが『アツコバルー arts drinks talk 』ではダガタの写真展を開催する。彼の仕事の集大成といえる今回の展覧会、壁を覆い尽くす画像は、エルサルバドル、メキシコ、カンボジア、リビアなどの麻薬中毒者と娼婦たち、囚人、不法移民、アウシュビッツの壁、ボスニアの空き地に埋められた腐敗死体、美しささえ感じられる冷たい建物群だ。貧しい人々や売春婦を撮る作家は多いが、彼らはファインダーの向こう側にいて被写体とは交わらない。彼は違う。

我々の社会は不適合者を生み出し、それらゴミのように吐き出された人々は劣悪の生活の中で彼らだけで生きるための手段や暴力、繋がりを算段しなければいけない。貧困や社会からの締め出しだけでもつらい。そこにはいつもドラッグがある。ドラッグに助けられながら、そして蝕まれながら、彼らは自分の力だけで生き延びようともがく。そこにぎりぎりの生命感が宿っている。見る者は最初の拒絶感の向こうに、けなげな生命が悲しく光る様子に心を打たれる。

2014年5月23日(金)~『アツコバルー arts drinks talk 』にて開催されるAntoine d'Agata アントワーヌ・ダガタ Anticorps 抗体」より。 © Antoine d’Agata / Magnum Photos
2014年5月23日(金)~『アツコバルー arts drinks talk 』にて開催されるAntoine d'Agata アントワーヌ・ダガタ Anticorps 抗体」より。 © Antoine d’Agata / Magnum Photos

私はここだ。私は彼女で彼女は私だ

ダガタは自分自身もマルセイユの貧しい漁師の家に生まれ、少年時代は政治活動とドラッグにあけくれ、アナーキストの団体で破壊行動中に催涙ガスを目に打ち込まれ片目を失明している。彼は被写体の人々と一体である。彼は私に言った。
「写真を見て美しいとかが問題ではなくて、レンズの後ろ側に私がいる。ということが問題なのだ。」「私はそこにいて、被写体と共に絶望してセックスをしていた。」だから彼は時々被写体の人にカメラを渡して撮らせている。

先に書いたような国を放浪し、ドラッグに溺れる人々と暮らすうちに30歳でぼろぼろになってしまった自分を救ったのがカメラだった。それまで文章も書かず、ひたすら自己破壊のプロセスをたどっていた彼に社会との接点をもたらした。カメラを通じて彼がしたことは、ひとつは政治的メッセージ。こういう人たちがいるんだ。という事実を伝えること、そしてもうひとつはそこに生きる自分を客観視することだった。彼にとってカメラは日記である。書きためた日記を携え彼はフランスのマグナムに戻る。作品に仕上げ、薬を忘れる。また闇が自分に迫ってくるまで。

生きている実感を何よりも強く持ちたい

自分は慈善家ではないし、福祉をする気もない。自分はこの人々の中でしか生きている実感を感じられない。というだけだ。麻薬と言っても彼が使うのはマリファナではない、夢を見たり、リラックスするのには全く興味がないという。いわゆるハードドラッグで、それは感覚を研ぎ澄ませて生きている実感を強める、という。しかしその悦楽は薬が切れた時の激しい鬱状態とのセットだ。知らない国の知らない町で知らない女性と一晩を過ごし、ドラッグに酔った朝、目を覚ますと自分がどこにいるかまったくわからないことがある、という。そういうまったく絆を失った状態の時に彼は激しく生きている実感に満たされるという。

写真といわずアート全体が今、フォーマット化されて、クレバーなもの、完成度の高い商品、あるいは社会性を多分に持った頭でっかちのものになってしまっている。と彼は言う。しかし自分の作品は違う。彼は感動させたいわけでも、驚かせたいわけでもない。自分は生きている。この人たちもその時点では生きている。命の震えを伝えたいのだ。という。

生徒は1100人

彼の写真は世界の多くの人の心を打ち、カンボジアやメキシコ、日本で行うワークショップには多くの若い作家が押し寄せる。彼らもどこかで共感を持ってくれている。彼がすることは自分を真似しろではなくてそれぞれが撮ってくる写真も見て、彼らの気持ちを想像してどうしたらやりたいことに近づけるかアドバイスを与えることだという。自分にも師匠はいない。森山大道など好きだがあえて違うことをしようとする、という。

アントワーヌ・ダガタ「抗体」
会期:2014年5月23日(金)~ 6月30日(月)
会場:『アツコバルー arts drinks talk 』
協力:赤々舎 マグナム・フォト東京支社
後援: 在日フランス大使館 / アンスティ チュ・フランセ日本
水~土 14:00~19:00 500円(ワンドリンク付) 19:00~ 1,500円(ワンドリンク付)、19:30~『AKA ANA』上映(約60分)
『AKA ANA』:ダガタが撮影した日本人女性7人のポートレート。日本では未発表で今回が唯一の機会。
休館日:火

松濤で、竹橋で、アバンギャルドがよみがえる

『アツコバルー arts drinks talk』のある渋谷と竹橋でアバンギャルドな展覧会が開催中だ。

フランシス・ベーコンと工藤哲己の違いは何だろう? メジャーとマイナーの違い、値段の違い、新聞社が協賛しているかいないかの違い。あんなに行列だったベーコン展に比べ閑散とした会場である。しかし日本人、特に原発人災後の日本人が今、工藤を見ないでどうするか? と言いたい。それほどこの展覧会『あなたの肖像- 工藤哲巳回顧展』は重要だ。

学芸員が多分愛情を込めて作ったポップなフライヤーにはこんな文章が書かれている;「『あなたの肖像』は、工藤哲己が最も好んで使用した題名のひとつです。「あなた」とは、まさしくこの作品の前のあなたのことです。「そんなこと言っても、これが『わたしの肖像』のはずないじゃないか。」こんな風に感じた、あなた。とっても見る目があります。なぜならそれこそ、工藤哲巳があなたに期待した反応と、ひとまずは言うことができるからです。」(リーフレットより)

今、あなたは平気でいられるのですか?
そうです、工藤にとって作品は「コミュニケーションのだし」である。揺さぶりをかけて私たちから反応を引き出すための手段でしかない。工藤はヨーロッパのヒューマニズムの過ちを正すためにフランスに行ったそうだ。ヨーロッパのヒューマニズムは人間中心主義で自然を破壊し人間の知恵が最も優れて尊いと考えること。そんな考えが基本になって作られたのが今の資本主義社会で消費文化。よりたくさん儲け、より安く、より早く。という不毛な競争にあけくれているのだ。そんな社会に「自分の姿を見ろよ」と叫び続けたのが工藤だ。

ポップで気持ち悪くて、当時は早すぎたのでしょうが今ではばっちり旬の工藤哲巳。ぜひお見逃しなく。

東京国立近代美術館 にて開催中『あなたの肖像- 工藤哲巳回顧展』より。30日(日)まで。工藤哲巳 ハプニング「インポ哲学」 ブーローニュ映画撮影所(パリ)1963年2月  撮影:工藤弘子 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013 
東京国立近代美術館 にて開催中『あなたの肖像- 工藤哲巳回顧展』より。30日(日)まで。工藤哲巳 ハプニング「インポ哲学」 ブーローニュ映画撮影所(パリ)1963年2月 
撮影:工藤弘子 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013 

『あなたの肖像- 工藤哲巳回顧展』
会期:2014年2月4日(火)~3月30日(日)
会場:東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー(千代田区北の丸公園3-1)
時間:10:00~17:00、金曜日は20:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月
料金:一般850円 大学生450円
主催:東京国立近代美術館、国立国際美術館、青森県立美術館

揺さぶれ日本人

同じ時代にやはりハプニングでユーモアのセンスを持って日本人を揺さぶってくれたのがハイレッド・センター。今、松濤美術館でやっている。たくさんの当時の写真が飾られている。あの頃の日本人はおっとりしていたのだろうか、みなポカンとしている。今の渋谷や新宿にハプニングを起こすような連中はいるだろうか? この欺瞞だらけの社会や右傾する政治に揺さぶりをかけるアーチストはいるのか? 出会いたい。彼らの助けになりたい。とアートスペースの主宰者として思う。

渋谷区立松濤美術館で開催中の『「ハイレッド・センター」 直接行動の軌跡』(~3月23日(日)まで)より。『山手線事件』1962年 撮影:村井督侍
渋谷区立松濤美術館で開催中の『「ハイレッド・センター」 直接行動の軌跡』(~3月23日(日)まで)より。『山手線事件』1962年 撮影:村井督侍

『「ハイレッド・センター」 直接行動の軌跡』
会期:開催中~3月23日(日)
会場:渋谷区立松濤美術館(東京都渋谷区松濤2丁目14番14号)
時間:10:00~18:00 (入館は閉館の30分前まで)
*金曜日は19:00まで
入場料:一般 300円、子供 100円

アツコさんのギャラリー『アツコバルー arts drinks talk』

TEL:03-6427-8048
所在地:東京都渋谷区松濤1-29-1 クロスロードビル 5F
営業時間:イベントによって異なるのでホームページで確認

入場料:500円(ワンドリンク付)