女性誌編集者がiPadを触って思ったこと。

(2010.04.19)

AppleのiPadの発売が1か月延期になる——そんなニュースが日本中を駆けめぐった2日後、そのiPadを触らせていただくという幸運なお誘いを受けて出かけてきた。

誘ってくださったのはソニー銀行の河原塚徹さん。前日に、同銀行のiPhone向けアプリ「カンタンおこづかいメモ」をリリースしたばかりだ。

iPad(キャスタリアの山脇智志社長所有)をiPhoneのように片手で持ち、さっそく立ち上げてみる。うっ、重い。それが第一印象だった(実際は約680g)。私には片手で持ち続けるのは無理だ。しかし、操作するにはひとまず片手をフリーにしなければならない。というわけで、ひとまず、テーブルの上に置いて操作を開始した。

まず片手で持ってこうやって触ってみたが、この状態を持続するのは難しかった。

ディスプレイが想像より大きく感じる。iPhoneアプリが2倍で表示できるということは、面積としては4倍だ。9.7インチ。だいたいB5サイズと同じくらいといえばわかりやすいだろうか。厚さは13.4ミリ。

iPhoneと比べると大きさはこの通り。右はソニー銀行営業企画部マーケティングオフィサーの河原塚徹さん、左は株式会社デジカル代表取締役社長の香月登さん。

編集者としては、本や雑誌がどのように体験できるのかが一番気になる。そこでまずはiBooksを立ち上げてみる。本棚を模したデザインは視覚的でわかりやすい。サンプルで入っていた本をめくってみると、紙をめくる動作が実際の本同様にグラフィカルに表現される。面白い。文字の大きさも調整可能だ。「iPhoneでは文字が小さすぎて本を読む気はしなかったけれど、これなら読める…」と誰かがつぶやいた。
 

Amazonの電子ブックリーダー、kindleはモノクロの電子ペーパーだが、カラー表示のできるiBooksに魅力を感じる人も多い。一方、バックライト表示で明るい、デバイスが重いなどの理由で長時間読むのは辛い、という意見も。

 
しかし、ページをめくるために指をスライドさせる導線が長いのが気になる。紙の本をめくるのに、ふだん、こんなに労力は必要ない。小さめの手の私にとっては、それくらい9.7インチのディスプレイは広大だ。もしかしたらもっと簡単にページをめくる動作ができるのかもしれないが、この時点では確認できていない(なにしろ、居合わせたすべての人がiPad初心者なのだから!)

とはいえ、iBooksは今のところ米国App Storeのみでの展開。私達が日本語の電子書籍を簡単に買える時はいつになるのやらという状態だ。我が国では様々な問題が立ちはだかっていて、簡単に電子書籍が販売されそうにもないからだが、この話はまた別の機会に譲ろう。

次に、レビュー動画で話題になっていた絵本『Alice for the iPad』を立ち上げてみる。ディスプレイを揺らすと懐中時計が揺れたり、画面の中をマーマレードの便が動き回ったり、アリスが眺めている窓の外の景色がディスプレイを動かすと一緒に動いたり。ワクワクする。

 
この作り方は1995年に発売されたCD-ROM絵本『LULU』にとてもよく似ていると感じた。違うのは、『LULU』は固定されたディスプレイ上で動かすギミックが盛り込まれていたけれど、『Alice』は自由に動かせるiPadのディスプレイの特性を活かしていたことだ。

一番気になっていたのは『TIME』誌。スティーブ・ジョブズの顔写真が表紙の2010年4月12日号は、オンライン雑誌の値付けとしてはかなり強気な4.99ドル。米国でも話題になっている。

カバーストーリーは当然、iPadの関連記事。

実はこの『TIME』を見て、とても興奮した。たとえば、iPadをデフォルトの縦位置に持ち、ページを下にスクロールしていくと、記事をずっと続けて読めるようになっており、最下段に横並びの写真のサムネイルが並んでいる。当然、このサムネイルをタッチするとサイズが大きくなる。
 

『TIME』の誌面をiPadをタテにして見ているところ。記事最下段に写真のサムネイルが横一列に並び、タッチすると大きくなる。

 
面白いのはここからだ。同じページでiPadを横にしてみると、雑誌の見開きページを模したレイアウトに切り替わり、記事の途中に写真が配置されている。つまりまるで紙の雑誌のようなイメージで同じ記事を読むことも可能なのだ。

同じページでiPadをヨコ位置に持ち替えると、このように紙の雑誌のレイアウトに似た画面に切り替わる。

この、縦と横、2つのレイアウトを切り替えて見せるという発想に感嘆した。おもしろい! これまで雑誌業界では、既存の雑誌をどうデジタルで見せるかという方向からの発想しかしてこなかったけれど、これからは、デバイスに特化した雑誌を作るという逆の発想を試していくことができそうだ。楽しみ!

広告には動画が貼られ、立体的な見せ方が可能になっている(今回、米国から持ち込んだiPadを日本国内でWiFiで接続することは現行法では違反になるということで、残念ながら繋いで見ることはできなかったが)。この『TIME』では、iPad発売前から既に8号分の広告枠が完売しており、その額は1枠20万ドルだとか。

また、大画面であり、ディスプレイの発色が美しいがゆえに写真がきわめて重要な意味を果たしている と感じた。WEBとデジタルカメラの時代になり、編集者やライターが自ら写真を撮る例も増えたが、今後、電子雑誌 が増えていくと、クオリティの高い写真を撮影するフォトグラファーの出番がまた増えていくかもしれない。それだけのものがユーザから要求されるのではないか…と、これは感覚的な話だけれど。

動画も見てみたが、ディスプレイは映画を楽しむにも十分。スピーカーも内蔵している。今回は繋がなかったが、出先でWEBブラウジングをしたり、WEBサイトを参照しながら打ち合わせをしたりするにも使えるだろう。

その後は、やはり原稿を書くことが生業の身としては気になるソフトウェアキーボードを試してみる。これが、意外と使いやすい。大きさも十分だし、メールやメモにはまったく問題なし、慣れれば議事録を取ることも原稿を書くことも可能だと思う。
 

ヨコ位置にすると下半分がキーボードになる。想像以上に打ちやすい。思わずフリックしそうになるのはご愛敬(フリック入力不可)。
タテ位置にするとキーボードは当然ながら小さくなる。でもこれも慣れの問題かもしれない。

iPadでは従来のiPhoneアプリがそのまま使えることが大きなアドバンテージ。iPhoneアプリがそのままの大きさでも使えるほか、2倍モードでiPadの画面いっぱいに表示することもできる。2倍にして見てみたが、にじみもあまり気にならなかった。今回見たアプリではたまたまそうだっただけなのかもしれないけれど。

さて。そろそろ結論めいたことを書か なくてはならない。

私は働く女性なのでその立場から考えてみると、女性にとってiPadはノートPCの代替としての需要があるのかな、と感じる。今、ある程度の重さにもかかわらずノートPCを持ち歩いて仕事をこなしている女性たちが、軽いiPadを持ち運べば済むならそれに越したことはないと考える可能性はある。少なくとも私はそういう使い方をすると思う。

それ以外のシーンについてはどうだろう? まだ思いつかないというのが正直なところだ。ノートPCを持ち歩く必要のない友人達の顔を思い浮かべてみる。彼女たちの自宅にはPCがある。出かけているときは普通のケータイで事足りる。さて、どこにiPadの出番があるだろうか?

WEBでレシピを検索したらキッチンまでそのまま持って行けるので便利そうだと言った人がいる、と聞いた。なるほど。私とはライフスタイルの違う女性の発想も聞いてみたい。

果たしてiPadはiPhoneのように(一部の人にではあるが)ライフスタイルにイノベーションを起こしてしまうほどのものなのだろうか? まだわからない。「将来、ノートPCはなくなり、すべてタブレット型になっていくのではないか」と感想を言った人がいたが、本当にそうなるのかもしれないし、それもわからない。当然、メーカー各社は既にタブレット型PCをリリースすべく周到に準備を進めている。

もちろん、新しいものが大好きな女性誌編集者としては、 iPadに代表されるタブレットPC時代に「雑誌」を対応させるべく行動していくつもりだけれど。それはきっと、既に「雑誌」を作るという概念ではとらえられないことなのだろう。

しかし、世界のどこかにいる誰かに何かを伝えたい、そしてその人がワクワクしたり何か行動を起こすきっかけになれたら、という意味ではきっと変わりはないのだろうと思う。うん、やはりそれが私の原点だ。

いい大人が昼下がりに集まってこのはしゃぎよう。魅力的なデバイスであることは間違いない! 手前右から反時計回りに、日本オラクル広報室室長の玉川岳郎さん、池田、ソニー銀行営業企画部マーケティング・オフィサーの河原塚徹さん、株式会社デジカル代表取締役社長の香月登さん、同社出版事業部ブックデザイン室ディレクターの玉造能之さん。