写真家浅田政志「Tsu family land」展、三重県立美術館にて開催中!

(2010.05.07)

「第34回木村伊兵衛写真賞を受賞した、新進写真家浅田政志」。こんな見出しの記事をよく目にしたのは2009年のこと。そのときは、後に受賞作家当人と出会うことになろうとは思いもせず、写真に興味のあった私は、「浅田家」と題された写真集を手にしながら、興味深く眺めていた。
 

撮る側撮られる側のふれあい、シャッターのきられた瞬間から広がるその先全て作品となる。

 

彼の実家のある三重県を舞台に、全編セルフタイマーで撮りおろしている。(一部セルフ以外のものもあり)それは選挙活動の風景だったり、レーサーに扮していたり、時にロックンロールを奏で、またある時は幼稚園児となり……。小道具をふんだんに用い家族みんなで仮装をし、ウイットに富むコミカルな作品に仕上がっている。最初は驚いた。写真とは、自分でシャッターを押してこそ、作品と成りうると信じていたのだから、セルフタイマーでセットされ、自分も走り込んで画像に入りこむという行為。これもまた、写真作品なのだということを受け入れるには、少し時間を要した。

それらのユニークなパロディ写真は、実に見ていてほのぼのとする。けれども次第にそれだけではない、何かを感じ取るようにもなっている自分にふと気付かされた。このほのぼの感……。これは、単にコミカルに自らの家族を撮ったものだからでなく、そう、もっと遠いどこかから波のように届くものであり、それが、浅田政志というフィルターを通してこそ成り立った独自のものなのだと。

その後、彼とは「偶然」という形で出くわすことが増えていった。それが度重なればじょじょに顔見知りにもなる。このように出会う縁とはいつのときも不思議なのだけれど、最近はこういうものなのだと、問答無用に納得をしてみている。さらに我が親類も彼の生まれ故郷の隣町に住むこと、そんなさらなる偶然も手伝い、親近感はどんどん増していった。

顔を合わす度に投げかけてくれる彼の屈託のない言葉や笑顔。それは作品の醸すあたたかさとも、リンクしているような気がしている。そしてそれだけではない、内に潜む強さも同時に感じていた。

さて、そんな浅田政志の満を持しての展覧会『Tsu family land』が、地元三重県立美術館にて開催され、現在話題をさらっている。(4月17日〜5月30日)私はインフォメーションを事前にもらってから、その日が来ることを日毎楽しみに待っていた。そして、開催初日の到来。私は早速足を運んだのである。

天井から見下ろす兄デザインの「リックくん」。世界の向こうから展覧会を楽しむ人間を観察しているようだ。
「浅田家」「みんな家族」を撮る際に使用した道具の数々が吊るされる。これらがあって作品は成立している。
セルフタイマーでセットされた写真撮影セット。仮装用品で楽しむ子供たちは大騒ぎ!

あちらこちらで耳にする懐かしい三重弁。県民性もあってか、出会う人出会う人が話しかけてくれる。見知らぬ仲なのにも関わらず気さくに繰り広げられる会話が長閑さを運ぶ。会場には、写真集「浅田家」の登場人物が揃って案内役をしてくれているではないか。父も母も(写真作品のまま、実に印象深い素敵な方々)、来場者をもてなし、それもこの展覧会の楽しみの一つとなっていたように思われる。

それと、仕掛けも満載。まるでアミューズメントパークのような会場構成には驚いた。「写真撮影どうぞご自由に」と記され、子供もウェルカムでこんなに開放的な美術展は、私も過去たくさん観てきた方だが、これが初めてのことかもしれない。兄の描いたリックくんなる赤ちゃんにしか見えないという精霊もあちらこちらに顔を見せるファンタジックな会場。そこは、子供のためにと言いつつ、実は大人に一番響いていたようにも見受けられた。「うーん、楽しいな」と、そのコミカルな写真や子供向けの仕掛けについ笑顔をもらっている自分に半分照れる人々と、何度もすれ違ったから。

総じて、老若男女、係員も含め、観ているものすべての人々が笑顔になっているということ。それはなんて素晴らしいことなのだろう。ロビーにも、写真集「浅田家」さながらに撮影セットとセルフタイマーの写真機が設置、脇には多彩な仮装セットも準備されている。皆変身しながら、それぞれの家族写真を残してもらえるというもの。子供にせがまれ、撮影するお父さん、自由闊達なアイディアでどんどん仮装を楽しむ子供の笑い声。見ているだけで幸せになっていく、そんな光景だった。

さらに、「浅田本家」と書かれた看板の先には、彼を支持する地元応援者たちの協力のもと、三重県縁の品々に浅田政志の写真がフューチャーされた商品が多彩に並ぶ。伊勢神宮会館の催しなどでも配られる「森の番人」なるミネラルウォーターはラベルに写真が配され、兄デザインの「リックくん」をかたどった秀逸な木工品や、夏に気持ち良さそうな伊勢木綿使用の草履、三重県美杉村名産のこんにゃくや、撮影場所にも提供されたという和菓子店による丹精込められた家族サイズのおまんじゅうもかなり美味!

地元の方々に応援されている様、そして、それに応えるように恩返しする様子がよく伝わってきた。これを機に、彼はより大きく飛躍するのではないかと想像をさせた。

来る者来る者が楽しむ穏やかな会場。それは氏のコンセプト作りの賜物でもあるが、でもやはり、写真作品が放つ深く、そして温かなものが、美術館全部を包み込んでいたからなのだ、と思う。

浅田家にお嫁さんがやってきた。新しい生命が宿り、そして誕生し、家族は少しずつ変貌を遂げていく。近年、全国からの依頼者の家族も撮り貯めている。取材を重ね時間をかけ、丁寧な交流を経て自らがシャッターを押す「みんな家族」シリーズ。(同会場内にも展示)まるで本当の家族のように、それらは愛しさの中でシャッターがきられている。「家族」とはなんなのか、いったいどこからどこまでを「家族」と呼ぶのだろうか……。そんなふとした問いも生まれることもあるという。浅田政志という写真家が撮り続けたその先に、何が見えているのか。いつか話を聞けることを、私はひそかに楽しみにしている。

結婚という形をとり、家を持ち壁で営みを囲う人間独自の習性。家族と名付けたものに、人はよりいっそうの執着を見せる。それは私の中にも同様に見て取れる。もしも……、親とも子供とも、男とも女とも、名付けなければどうなのだろう。どこからどこまでが、「家族」と呼ばれるものなのか。考えれば考えるほど、その境界線は曖昧になっていく。

しかし、執着というもののおかげでそれぞれが多彩なドラマを生むのも一理。往々にして、執着は苦しみを生む、でもだからこその切ない美しさもあり、色とりどりの泡のような物語となっていく、とも言えるかもしれない。彼の作品を通して、今、感じていることの一つでもある。

最後、握手をして別れた。相変わらず、素朴な、温かな手をしていた。最近はそこに強さも加わったように感じるのは、私だけだろうか。

5月1日、浅田政志の新作「NEW LIFE」(赤々舎刊)が本展にて先行発売予定と嬉しい情報も。他、週末毎に多彩なイベントが盛り込まれ、展覧会は勿論、のんびりと穏やかな気質の三重県をも楽しめる企画あり。この機会に是非、一度足を運んでみてはいかがだろうか。浅田家の誰かに出会えるかもしれない。そして、一度足を運んだあなたは、次に誰と訪れたくなるだろうか。

駅から徒歩圏内で利便性に長け、緑も豊かな三重県立美術館。椅子にこしかけぼんやりと時を過ごすのも心地良い。
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伊勢神宮のおかげ横丁内に位置する五十鈴塾でのトークイベントにて語る浅田政志氏。