鬼頭舞の放課後美術館 – 6 - 都心の美術館で自然をみるということ。森美術館 〜ネイチャー・センス展~

(2010.08.23)

都心の美術館で自然をみるということはどういうことなのだろう。それにこたえてくれるのが現在森美術館で開催されている『ネイチャー・センス』展です。森美術館では先日まで開催されていた『六本木クロッシング 2010』を皮切りに1年を通して「日本を再定義する」をテーマに、現在活躍する日本のアーティストを取り上げています。今回は英語の”Nature”(ネイチャー)と日本語訳の「自然」との間の差異、またそれのみならず広く日本元来の自然観に着眼、吉岡徳仁、篠田太郎、栗林隆の三人が出品しています。

吉岡徳仁『スノー』(2010)

吉岡徳仁の羽毛がガラスのような特殊フィルムケースの中でスノードームのように舞うインスタレーション『snow』は以前、イッセイミヤケのショウウィンドウで吉岡が行ったインスタレーションがもととなっています。吉岡の作品はそうしたファッションブランドのショウウィンドウにもしっくりくる作品でありながら、用いる素材は紙や羽毛といった非常になじみ深いものばかりです。『waterfall』は光学ガラスという最新テクノロジーを用いた作品ですが恣意的に制作時にできた波線を残しています。テクノロジーを駆使した、光り輝くガラスとは裏腹にそれらの波線は一つ一つが微妙に異なり、いびつで有機的な模様を形成しており、制作時につけられた「傷」と呼ぶことすらできそうです。鑑賞者に制作者の息遣いのような不定形のもの、移ろいゆくものを既存の素材でデザインし、形象化していく吉岡の姿勢は一瞬一瞬の光をその内にとどめたかのような『light』という作品にも見ることができるでしょう。

「なぜ自然が人の感情をゆるがすことができるのか」という疑問を持つ吉岡は作品を制作することで自身が自然から受けた感動を還元しているのでしょう。吉岡の作品は風景や景色といった形象としての自然ではなく、自然という概念を露わにしているのです。

篠田太郎『銀河』(2010) 撮影:髙山幸三 写真提供:森美術館

篠田太郎の巨大な箱型の装置のうち3面をスクリーンとして用い、それに映し出される『残響』というビデオ・インスタレーション。映し出される広大な湖やその周辺の山々が全て東京都内の風景だというから驚かされます。それだけでなく篠田は車の行きかう道路やビルの光景もまた自然として提示します。ここで篠田は人為的なものもまた自然として捉えることで自然という概念を拡張しようとしているように思います。3番目のスクリーンに映し出される水路とその上を走る道路は、まるで動脈と静脈のように寄り添うように走り、そして水面には道路とその周りの都市風景が映り込みます。

この光景こそ篠田の呈示する人為が共在するような自然モデルをもっともよく反映したものではないでしょうか。昭和に活躍した造園家、重森三玲に影響を受けた『銀河』では貯まった水の上から滴を垂らすことで、石庭によく見られる水面に多重に重なる同心円を再現しています。まさに作庭という日本の伝統文化こそ人為によって自然を表現する手段だったことを明らかにしてくれます。

栗林隆『ヴァルト・アウス・ヴァルト(林による林)』(2010) 撮影:渡邉修 写真提供:森美術館

栗林隆の『ヴァルト・アウス・ヴァルト(林による林)』という作品はいびつな天井に若冲の絵に開いた穴のようにぽっかりと空いた穴からのぞき見るとそこには林が広がっています。鑑賞者はまるで虫になったような気持ちでこの群生した木々を見ることとなるのですが、これらは紙やパルプ、すなわち木からつくられたものなのです。『インゼルン 2010(島々 2010)』では山という日本人が非常に慣れ親しんだものが実は島と近い存在であること、そして表出しているものはほんのわずかであることがその巨大な土の塊を前に彷彿されます。

このように栗林は木や土といったあるがままの自然の素材に自身が介入することで、いつもとは違う視点で自然と向き合うことを鑑賞者に要求します。「山」と「島」といった既存の概念同士の境界を曖昧にすることで、さらに新しい自然に対する視点を創出する栗林。それが形となって実を結んだのが『YATAI TRIP』でしょう。東南アジア地域にならどこにでも見られる屋台を用いたこの作品は、その誰にでも作れるほど簡易にできた屋台を、どこであれ場や空間を創出する装置として捉えたもので、その様子を映像として見ることができます。またそれらが設置されたところからは六本木の高層ビルが林立する都市風景を眺望することができ、それを借景して見るとさらにまた違った見方ができます。

現在も拡張を続ける交通ネットワークは都市と地方をダイレクトに結び、私たちは気軽に田舎の自然という非日常へのアクセスが可能となりました。地方での芸術祭や野外フェスの活性化により一層それは盛んになっています。それでもなお都心の美術館であえて「自然」をテーマにした展示を見るということは「自然」という概念そのものの見つめなおしということになるのでしょう。都市―自然という二項対立にするまでもなく、どこにでも偏在するような概念としての「自然」、古来より日本人はそのように「自然」を捉えてきたのではなったでしょうか。「自然」から派生する環境やエコというようなテーマは今日あらゆる場面で言及されますが、それ以前に「自然」という概念そのものに立ち返ることが必要なのではないか。今一度そのようなことを考えさせなおさせてくれるような展覧会です。

さらに本展には「ネイチャー・ブックラウンジ」が併設されています。『RIBIRTH PROJECT』による空間デザインです。さらに自然に対する興味・関心を引き出してくれることでしょう。同時開催されている世界各国の若手アーティストを取り上げる『MAMロジェクト012:トロマラマ』はインドネシアの3人組アーティストユニット、トロマラマを取り上げています。版木やろうけつ染めによる気の遠くなるような作業を重ねたストップモーションアニメは見ごたえ十分です。六本木駅から直結していて暑い夏でもアクセスが快適な森美術館に出かけてみてはいかがでしょうか。

 

放課後美術館、ちょっと寄り道 – 6 –
クリエイターが手がけたおみやげ充実『六本木ヒルズ アート アンド デザイン ストア』

森美術館の入り口付近にある『六本木ヒルズ アート アンド デザイン ストア』。和書、洋書の品ぞろえはもちろん、日本のクリエイターの手によるアクセサリーやTシャツも取り扱っているのでちょっとしたギフトを選ぶときに利用してみてはどうでしょうか。さらに食いしん坊として見逃せないのがお土産としてのお菓子の充実ぶり。こちらも草間弥生や奈良美智らのアーティストが箱や缶のデザインを手掛けており、見た目にも美味しいお土産です。帰り際に是非足を止めてもらいたいお店です。
 
六本木ヒルズ アート アンド デザイン ストア
六本木ヒルズ ウエストウォーク 3F
(森美術館、東京シティビューチケットカウンター横)
Tel.03-6406-6280
10:00~10:00
無休

 

『ネイチャー・センス展:
吉岡徳仁、篠田太郎、栗林 隆』

Tel:03-5777-8600(ハローダイヤル)
会場:森美術館 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53階
会期:2010年7月24日(土)〜11月7日(日)
開館時間:10:00〜22:00(火曜のみ17:00まで。但し、11/2(火)は22:00まで)
※入館は閉館時間の30分前まで
※会期中無休
入館料(税込):一般1,500円、学生(高校・大学生)1,000円、子供(4歳-中学生)500円
※上記の入館料で同時開催の「MAMプロジェクト012:トロマラマ」および展望台 東京シティビューにもご入館いただけます。ご利用当日のみ有効。
※スカイデッキへは別途料金300がかかります(子供は無料)。
前売りチケット発売中
一般1,200円、学生(高校・大学生) 900円、子供(4歳-中学生)500円
ご購入先:チケットぴあ[Pコード:764-164]にてご購入いただけます。

主催:森美術館
協賛:株式会社大林組、西川産業株式会社、アワガミファクトリー、株式会社九電工、三建設備工業株式会社、東京ガス株式会社、東京電力株式会社、株式会社ファンケル、三井物産株式会社
協力:シャンパーニュ ニコラ・フィアット、ボンベイ・サファイア、リフォジュール株式会社