リブロ・トリニティ – 11 - 『キミに会いたい 動物園と水族館をめぐる旅』吉本由美著

(2009.09.03)

吉本由美著

『キミに会いたい 動物園と水族館をめぐる旅』

『キミに会いたい 動物園と水族館をめぐる旅』
吉本由美著
1,260円


■ 著者より

吉本 由美(よしもと・ゆみ)

1948年熊本市生まれ。セツ・モードセミナー卒後、『anan(アンアン)』、『クロワッサン』、『Olive(オリーブ)』、『ELLE JAPON(エル・ジャポン)』などの女性誌でフリーランスの雑貨・インテリアのスタイリストおよびライターとして活躍。現在は執筆活動に専念。
主な著書は『一人暮らし術 ネコはいいなあ』(晶文社)、『じぶんのスタイル』『かっこよく年をとりたい』(ともに筑摩書房)、『ナチュラルノート』(ブロンズ新社)、『だから猫はやめられない』(ワニ文庫)、村上春樹・都築響一共著『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』(文藝春秋)他。ほぼ日刊イトイ新聞で「みちくさの名前」を連載中。

アムールトラのタイガの短い一生をお知らせします。

昨日(8月26日)の夕方。この文章を書こうと机に向かい、動物園について思いを巡らしていたのだが、何かしら不吉な予感、というか、胸騒ぎのようなものが少し前からちらちらとあって、落ち着かないので居間に行ってテレビを点けた。最近の日本には、たとえば北朝鮮のミサイル、大地震に大洪水、そして新型インフルエンザの蔓延など、不安を募らせる要因がいろいろあるので、ワケの判らない胸騒ぎを感じたら、すぐにテレビを点けることにしているのだ。

すぐに出た画面は某局のイブニング・ニュースだった。選挙や芸能界麻薬汚染のニュースが続いていたので点けたまま机に戻って、何を書こうかあれこれ考え始めたそのとき、アナウンサーの小宮悦子さんの「えー、北海道の釧路市動物園で・・」という声が聞こえた。ぎくりとしてテレビの前に走り寄り、まさかまさか、と唸りながら画面を見ると、慎重な顔つきの小宮さんは「昨日、8月26、午後5時28分。釧路市動物園で飼育されていたアムールトラのタイガが死亡しました」と告げるのだった。「あー」と私は一声叫んでソファに倒れた。

小宮さんの深く切れのいい声はさらに続いている。「タイガは生まれたときから片足が不自由で、その成長を多くの人が見守ってきました。今年5月の1歳の誕生日には肉で作られたバースデーケーキがプレゼントされ、元気な姿を見せていました。関係者によると、昨日まで変わった様子はなく、夕方獣舎で大きな音がしたので駆け付けると倒れていたということです。応急処置が取られましたが死亡しました。現在のところ食事中に肉片を喉に詰まらせたことによる窒息死と思われます。一夜明けた今日、獣舎の前に記帳台が用意され、知らせを聞いた市民たち、支援者たちが朝からお別れの言葉を書きに集まっています」。そして画面は遺憾の意を述べるお別れにきた人たちの顔、顔、顔。「う〜〜ん、やっぱり駄目だったかあ」と私は深い溜息をついた。

タイガは2008年5月24日、釧路市動物園に生まれたアムールトラの三つ子のうちの1頭だ。3頭とも両手足が曲がった状態で生まれ、中の1頭はまもなく死亡。親が育児放棄したため残りの雄雌2頭の命は人間の手に委ねられた。雄はタイガ、雌はココアと名付けられ、障害を抱えた赤ちゃんトラの人工保育という日本で初めての試みがスタートした。その様子は「アムールトラのタイガとココアのページ」というタイトルで、随時釧路市動物園のホームページで公開された。私もときどき訪れて2頭の可愛い写真がふんだんに登場するページを楽しんだ。このページは、たぶん私が知っている動物園のホームページの中で最も充実したものと思う。特別なことがあったときだけではなく、ごく普通の日々の彼らのちょっとしたスケッチが、生まれた日から生後1年と78日となる今年の8月10日まで、営々と継続されているのだから。

飼育員、獣医、スタッフたちの努力で、2頭は足を引きずりながらもすくすく育つ。生後70日目頃に受けた酪農学園大学獣医学部での精密検査で、病は軟骨形成不全症という先天性のものと判る。手足の骨の成長が遅い、あるいは停止するという原因不明の難病で、体重が増えると手足に大きな負担となってしまう。さらにタイガには脊椎の変形による神経の圧迫という不安もあった。けれど日々公開される写真の元気で可愛い姿からそういう深刻な状況を思うのは難しい。ことに市民や支援者からの寄付金で建ったバリアフリーの広々とした新獣舎に移ってからの、成獣の勇姿が重なって見えてくる順調な成長ぶりに、「ああ、もう大丈夫かもしれない」と思った人は多かったろう。

私もそう思った口で、実は先日、この10月に釧路市動物園へ行く計画を立てたばかりだった。タイガとココアの観察を中心に、昨年から今年の春にかけて人々をアッと言わせた“ホッキョクグマ雄雌取り違え事件”に登場のクルミ、ツヨシ、デナリの、釧路市動物園住まいの3頭のホッキョクグマを見に行こう、と。楽しみがグッと膨らんだその矢先のタイガの訃報で、とにかく、何とも、残念で仕方がない。意地の悪い神様でもいて、私の訪問計画が災いを招いたのか。そういう無意味な悔いも生じる。関係者や応援を続けてきた人たちの気持ちを思うとつらい。結局昨日はそれから一文字も書けなかった。

そして一晩明けた本日(8月27日)、この『キミに会いたい 動物園と水族館をめぐる旅』について、どういう気持ちで作ったのかお話ししたいと書き始めたのだけれど、前置きが異様に長くなってしまった。文面がこれ以上続いたらきっと嫌われるだろうから、タイガの短い一生をお知らせすることでメッセージとさせていただきたく思う。

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■書店スタッフより

ブックファースト渋谷文化村通り店 リーダー中禮 友香(ちゅうれい・ゆか)

ブックファースト渋谷文化村通り店にて実用書・児童書・地図ガイドを担当。2ヶ月前に移動になったばかりで、新しいお店にようやく慣れてきたばかりです。都会の人の需要に答えるべく奮闘中です。好きな動物はスローロリス。以前上野動物園で見て、あの無防備な感じにやられました。あんな風にのどかに暮らしたいと思うことまちがいなしです。

9月にはシルバーウィーク。ぜひ、動物園へ!

この夏休みは不況やらETC 1,000円やらで、国内旅行が人気だったようで、売場では肌で感じたけれども、夏休みもなかった自分にとっては遠い国の話のようでした。

この本はガイドブックなのやらエッセイなのやら、とにかくつるつる読め、最後に動物園に行ったのっていつだっけ? というのが最初の感想。で、久しぶりに行きたいなあと思ってしまったのです。出不精でペットも飼ったことのない、動物に縁遠い私が。

写真も多少入っているけれど、とにかく動物に対する吉本さんが面白い。なみなみならぬ愛情はもとより、興味を持ったらとことんといった姿勢はさすが、見習いたいものです。

都合のいいことに、9月にはシルバーウィークなる連休があるらしいので、時間のあるかたは是非動物園(または水族館)に足を運んでみてはいかがでしょう。もしかしたらどこかで吉本さんに会えるかもしれませんね。

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■編集者より

新潮社 金川 功(かながわ・いさお)

和歌山県出身。新潮社に入社以来、出版部(とんぼの本)→芸術新潮編集部→SINRA編集部→とんぼの本編集室、と一貫してビジュアルの書籍や雑誌の編集に携わってきた。現在、出版部企画編集部《とんぼの本》編集室室長。《とんぼの本》を中心に、写真集や画集、ノンフィクション系の単行本を編集している。

吉本さんのあたたかい文章をじっくり読んでいただきたい、普通の単行本に。

この本は雑誌「旅」に連載された「動物園・水族館」の中から20回分を1冊にまとめたものです。北海道から沖縄まで、全24箇所。雑誌連載時には、周辺の観光情報など、もっと「旅」的な要素が含まれていたのですが、単行本化に際し、できるだけたくさんの施設を紹介したかったので、内容を動物園・水族館にぐっとしぼって、再構成しました。

ちょっと古い話になりますが、今から15年前の1994年、私は創刊したばかりの自然雑誌『SINRA(シンラ)』の編集部にいて、この年の5月号の特集「上野動物園物語」を担当しました。ちょうどその頃、上野動物園は「ズーストック計画」に基づいて「ゴリラ・トラの住む森」の構想が実現しつつあった時期で、全国の動物園や水族館が「脱・見世物小屋」化しはじめた時期だったと記憶しています。

その後の動物園や水族館の進化は、旭山動物園や美ら海水族館に代表されるように、目覚しいものがありますが、吉本さんはそうした日本全国の施設の情報に常に耳をそばだて、そのアンテナが感知したら、とにかく現場へ直行、気になる「キミ」に会いに行く。その軽いフットワークから生れたのが、今回の本です。

吉本さんの動物園の楽しみ方は、ちょっと独特。どこに行くにも、必ずターゲットのイメージがまずあって、全部の動物を見ようなどと欲張らずに、まずは「会いたいキミ」のもとへまっしぐら。まるで親戚の子どもの成長を見守っているかのような、親密な視線で動物や魚たちを見つめています。なるほど、こんなふうに動物たちとふれあえば、動物園巡りは楽しいだろうな……さっそく実践してみよう!

私は普段、《とんぼの本》という、ビジュアルブックのシリーズを主に担当しています。(こちらのサイトもぜひご覧下さい)。この本も、《とんぼの本》にしようかと迷ったのですが、写真情報より、吉本さんのあたたかい文章をじっくり読んでいただきたいと考え、普通の単行本の形に仕上げてみました。とはいえ、吉本さんご自身が撮影したかわいい動物たちのポートレイトも満載しています。読めばきっと動物園、水族館の楽しみ方が変わります!

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