from 山形 - 11 - 
2014.09.20-10.19 第1回「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」開催。
この秋、ひと味違う芸術祭、山形ビエンナーレがスタート。

(2014.07.14)
  • トラフ建築設計事務所の「WORLD CUP」。文翔館正面広場に出現するドーナツ型コート。
    トラフ建築設計事務所の「WORLD CUP」。文翔館正面広場に出現するドーナツ型コート。
  • メイン会場となる旧県庁「文翔館」。
    メイン会場となる旧県庁「文翔館」。

この秋から、山形市の東北芸術工科大学主催による新しい芸術祭「山形ビエンナーレ」が始まります。この種の芸術祭において、地方の一美術系大学が主体となること自体が新しい試みと言えますが、震災後の東北を見つめたこの芸術祭のユニークな在り方そのものが注目を集めています。そこで、山形ビエンナーレのプログラムディレクター宮本武典さんに、山形ビエンナーレの全体像についてお話を伺いました。

山形ビエンナーレプログラムディレクター (キュレーター/東北芸術工科大学准教授)
山形ビエンナーレプログラムディレクター (キュレーター/東北芸術工科大学准教授)

石郷岡(以下「石」):宮本さん、よろしくお願いします。まず今年からビエンナーレを開催するに至った経緯と、本芸術祭の目的を教えてください。

宮本(以下「宮」):山形ビエンナーレのメイン会場となる山形市七日町界隈では「山形国際ドキュメンタリー映画祭」が20年以上も隔年開催で続いてきました。せっかくなので映画祭のおこなわれない年も文化イベントで地域を盛り上げようと、山形出身の絵本作家 荒井良二さんと2010年から、やはり隔年開催で「荒井良二と山形じゃあにぃ」 という市民参加型アートフェスを立ち上げ、継続開催してきました。この「山形じゃあにぃ」が、山形ビエンナーレのプロローグにあたります。

「荒井良二の山形じゃあにぃ」を2010年、2012年と継続して開催する間に、東日本大震災が起こり、隣県の宮城と福島が大きな被害をうけました。展覧会の会場にしてきた山形まなび館(山形第一小学校旧校舎)も一時避難所になり、私たちスタッフも石巻や南相馬などの被災地域で復興支援プロジェクトに奔走しました。荒井良二さんをはじめ、今回の山形ビエンナーレに参加しているアーティスト(spoken words project、テニスコーツ、平澤まりこ、七尾旅人、Goma )も、私たちの支援活動に加わってくれました。無我夢中の日々でしたが、被災地でのさまざまな経験を通して、美術や音楽、演劇など芸術表現の可能性を実感することができました。

そこで、3回目の「じゃあにぃ=旅」は、震災の経験もふまえて、山形だけでなく「みちの(お)く」の名をあえて背負って、これからの南東北のあるべき姿についてみんなで考え、ともに創造を楽しむ芸術祭にひろげたいと考えました。「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」では荒井良二さんを芸術監督としてお迎えし、多様なジャンルから、東北に縁あるアーティストに参加してもらっています。

美術大学が主催する芸術祭ですから、観光振興よりも教育振興を主軸においています。「人づくりは街づくり」をモットーに、学生はもちろん、子どもたちから社会人まで、多様な世代に芸術祭の参加プロセスに参加してもらって、このビエンナーレ(2年に1回)の周期を、街づくりの生涯学習のある種の教育機会として定着させたいのです。もちろん、企画運営する私たち自身もセルフラーニングの機会でもありますね。

  • 『荒井良二と山形じゃあにぃ』山形ビエンナーレの基礎となったプロジェクト
    『荒井良二と山形じゃあにぃ』山形ビエンナーレの基礎となったプロジェクト。
  • 19人の山形市民が、イラストレーターの平澤まりことともに、“わたしの街”を旅する本『山形をいく』をつくった。
    19人の山形市民が、イラストレーターの平澤まりことともに、“わたしの街”を旅する本『山形をいく』をつくった。

石:なるほど、教育という視点が根本にあるわけですね。そこは他の芸術祭と一線を画す重要なポイントですね。では、山形ビエンナーレはどのような形態の芸術祭を目指すのでしょうか。

宮:荒井良二芸術監督とは「山形じゃあにぃ」のときから「展覧会をみんなでつくるワークショップ」という共通のイメージをもっていました。ですから山形ビエンナーレも、ひとつの芸術祭をみんなでつくる壮大なワークショップといえます。すでにある地方芸術祭の成功事例を達成目標としてセットするのではなく、アーティスト、学生、市民、スタッフ、観客、参加する一人ひとりが「ともにつくるプロセス」を共有し、変化し、小さくとも成功体験を重ね、それぞれのペースで挑戦し成長していく。そんな有機的な芸術祭のありかたが理想ですね。

山形ビエンナーレでは、学び/成長するために必要な場をさまざまな形態で用意しています。市民がアーティストとともに考え・つくるコミュニティスクール「みちのおくつくるラボ」みちのおくつくるラボでは、現在まで120名が在籍し継続的に学んでいます。また、芸術祭の運営ボランティアとして70名の学生リーダーを育成中です。彼らはアーティストたちの創造の現場で将来クリエイターになるための貴重な経験を積んでいくでしょう。その他、被災地の子どもたちを大学キャンパスに招待するアートキャンプや、ビエンナーレ開催中のスタディツアーやワークショップ、レクチャーなど、「アートを通して、東北から学ぶ」さまざまなプログラムやプロジェクトを展開します。

  • ビエンナーレ開催エリアの子どもたちが通う山形市立第一小学校と、荒井良二芸術監督の母校、山形市立第六中学校で密着撮影をおこなっている梅佳代。
    ビエンナーレ開催エリアの子どもたちが通う山形市立第一小学校と、荒井良二芸術監督の母校、山形市立第六中学校で密着撮影をおこなっている梅佳代。
  • 山形在住の知られざる鬼才、スガノサカエの全貌を紹介する回顧的展示。
    山形在住の知られざる鬼才、スガノサカエの全貌を紹介する回顧的展示。
  • 『詩の礫』で、日本社会に衝撃を与えた福島在住の詩人和合亮一と、ファッションブランドspoken words projectが異色のコラボレーション。
    『詩の礫』で、日本社会に衝撃を与えた福島在住の詩人和合亮一と、ファッションブランドspoken words projectが異色のコラボレーション。

石:既存の地方都市における芸術祭とは、「ともにつくるプロセス」を重要視するというあり方が違う訳ですね。その中で山形ビエンナーレと他の芸術祭との違いは具体的にはどういう部分にあるのでしょうか。

宮:先ほどの回答が、まず第1のお答えになっていると思います。2つ目の特徴としては、あえて「コンパクトな芸術祭」を目指しているということです。私たちの芸術祭に大掛かりなモニュメントやインスタレーション、施設改修などお金がかかるプロジェクトは必要ありません。丁寧に関係を結んでいける範囲の開催エリアを設定し、ハードよりもソフトに、集客よりもエンゲージメントに予算、人材、アイデアを投入していきます。

3つ目としては、アートだけでなく音楽や小説など、多様な領域のクリエイターが参加していることですね。現代美術のトレンドや、地方芸術祭のセオリーに縛られず、可能なかぎりノンジャンルかつ同時代的なクリエイションを体験する場やコミュニティを組織し、みなさんと楽しみたいと思っています。そしてもちろんその「同時代性」とは、「ポスト震災」という名の“いま”ですね。私たちが東北の“いま”をどのように表現するかは、実際に芸術祭の会場にお越しいただいて体感してほしいと思っています。

  • 古代東北の一大霊場として栄えた「瀧山」。いにしえの山々に分け入り、芸能やモノづくりを通して、忘れられた山・自然と人との交わりの復活を夢想する山伏、坂本大三郎の実践を紹介。
    古代東北の一大霊場として栄えた「瀧山」。いにしえの山々に分け入り、芸能やモノづくりを通して、忘れられた山・自然と人との交わりの復活を夢想する山伏、坂本大三郎の実践を紹介。
  • 1200年続く湯治場、大蔵村肘折温泉。約500人が暮し、先祖代々からの霊湯を守っている。「ひじおりの灯」は、東北芸術工科大学と肘折地区が、8年前から続けている灯籠プロジェクト。
    1200年続く湯治場、大蔵村肘折温泉。約500人が暮し、先祖代々からの霊湯を守っている。「ひじおりの灯」は、東北芸術工科大学と肘折地区が、8年前から続けている灯籠プロジェクト。
  • 巨大かつダイナミックな山水画で知られる三瀬夏之介は、山形に居を構え、東北芸術工科大学で後進の指導にあたっている。日本正史の辺境「東北」から描き示すニッポンの“いま”とは?
    巨大かつダイナミックな山水画で知られる三瀬夏之介は、山形に居を構え、東北芸術工科大学で後進の指導にあたっている。日本正史の辺境「東北」から描き示すニッポンの“いま”とは?

石:なるほど、アートだけではない様々な形のクリエイターが参加するというのも、この芸術祭の特徴であり、大きな魅力でもありますね。では、どんなアーティストのどのような展示があるのでしょうか。

宮:「山をひらく」をテーマに、参加するアーティストの数だけプロジェクトが動いています。アーティストたちが山形にアプローチする手法も、スポーツ、本、山のぼり、史跡、保存食、学校などさまざまです。マレビトのように、外から山形にやってきて良い意味で「かき乱す」アーティストもいれば、この地に根を張り、独自の表現世界を開花させているアーティストもいます。また、詩人とファッションデザイナー、画家と小説家、山伏と学生たちの共同制作など、実験的なコラボレーションプロジェクトもあります。イベントも盛りだくさんですし、東京⇄山形の直行便スタディバスツアーも運行します。実施スケジュール含め、詳しくは「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」公式ウェブサイトをご覧ください。

石:先程ビエンナーレのホームページを拝見しましたが、実に多彩な方々のお名前があって期待が膨らみます。ユニークな芸術祭になりそうですね。それでは最後にダカーポの読者にメッセージをいただけますか?

宮:「みちのおくの芸術祭」というタイトルには、「道の奥」とともに「未知の奥」という意味を込めました。この芸術祭のはじまりには東北が抱えている地域課題(超少子高齢化、人口流出、震災からの復興etc.)があります。アートにこれらの深刻な社会問題が解決できるとは、私自身はとても考えられませんが、しかしアートや音楽や詩は、ひとりの人生を変える力をもっている。これは被災地に関わったフランス人アーティストJRが言っていたことなのですが、私自身も実体験を通してこの言葉に深く同意します。良き社会への変革を求める前に、まず私たち一人ひとりが好奇心旺盛に生き、意欲的な学びのなかで柔軟に変化していかなければならないのです。震災からの日々のなかで、アートや音楽はその最良の教材だと実感しているし、信じてもいます。社会の変化は、私たち一人ひとりの変化のひろがりや連鎖の先にあると思うのです。

山形ビエンナーレはちっぽけな美術大学が主催する、手づくりの、非営利の芸術祭ですが、素晴らしいアーティストたちが、これまでお話ししてきた私たちの考えに賛同し、クリエイティヴィティを惜しみなく注いでくれます。ぜひこの秋は「未知のおく」にいらしてください。山形ビエンナーレを入口にした東北各地への旅が、みなさんの人生に良き変化をもたらすことを願っていますし、そのために私たちができる仕事に、このあたらしいお祭りの幕があくまで懸命に取組みたいと思っています

* * *

石:このビエンナーレが「一人ひとりが好奇心旺盛に生きる」ことの契機になれば良いですね。山形県内外を問わず、アートに興味のある方はもちろん、普段アートに接することがない多くの人達にも足を運んで欲しいものです。宮本さん、お忙しい中ありがとうございました。

宮本さんの熱意がひしひしと伝わってくるインタビューでした。

さて、「山形ビエンナーレ2014」は9月20日から10月19日まで、山形県郷土館「文翔館」を中心に、東北芸術工科大学、山形芸術学舎などを会場として開催されます。詳細は公式ウェブサイトでご確認下さい。この秋は、是非山形へ。

2014.09.20-10.19 第1回「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」

「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」facebook

【そのほかの関連リンク】
「山形国際ドキュメンタリー映画祭」
「荒井良二と山形じゃあにぃ」
支援活動

  • 山形ヒエンナーレホスター
    山形ヒエンナーレホスター
  • 山形新聞の読者と、山形ビエンナーレ芸術監督の荒井良二が、「ふるさと山形」を絵と言葉で表現していく旅漫画プロジェクト。
    山形新聞の読者と、山形ビエンナーレ芸術監督の荒井良二が、「ふるさと山形」を絵と言葉で表現していく旅漫画プロジェクト。