スペイン大使館の「I’m in love!」へ。

(2009.11.09)

アイムインラブ! そんなテーマを掲げ、スペイン大使館B1階の空間が、フェルトの花々で覆われ、モーブ色のカーペットをかぶり、40点もの新鮮なスパニッシュプロダクツと共にイグナシオ・ヘルマーデ氏のキュレーションにて、今年もハッピーで活気に満ちた空間となって生まれ出でた。

休日のゆるく気持ちの良い風を感じる朝。セキュリティーを抜けるとこんなカラフルな室礼と差し込む光り。スロープの先には今回のキーワードとなる文字が浮かぶ。

 
そもそも、何故そのようなところへ?と、思われるかもしれないが、ご縁というのは、突然にやってくるもので。

遡ること数日、ある秋の夜長、友人の個展を観に行くべく都内某所に出没した。大入り満員のにぎわいぶりに少し嬉しい思いがわき、安堵と共にそのまま帰路へつく予定が、何故か逆方向へ歩き出す私。変? ところが、そんな変な行動のおかげで、オープン前に、店先で汗を流し一心にモップをかける知人と遭遇。(日頃見ることのできない、誠実さを見た)。雑居ビルの脇にあった小さな看板が目にとまり、階段の上へと導かれた。なんとなく入ってみると、背の高い外国人がワイン片手に歓談中。「場違い?」とおじけづいていると、奥から眼鏡をかけた穏やかそうな男性が手招きして「どうぞ」と呼んでくれた。その、親切を受け中に入れば、不思議。ベランダに小さなカフェがあり、手前は本屋。そして、奥にはギャラリーも。

マルチな活動と独自性で、今注目を集めるフィンランドのグラフィックデザインユニット 「KOKORO&moi」の展覧会のオープニングレセプションの最中だった。

天井からぶら下がる無数のグラフィック作品。下からはライトが配された興味深げなインスタレーション。脇にある彼らのデザインの束から自由に紙飛行機を作って遊んで下さいという趣向が、私をそそった。フィンランド人デザイナーに促されたということもあるけれど、先ほどまでの遠慮も遠く彼方。紙飛行機作りを能動的に楽しんだ。と、そこへあらわれたハーフらしき少年。すっかりその子供とも打ち解け遊んでいるところへご両親も合流した。

さて、長かった前置きはここまで、いよいよ本題。そのご両親こそが、今回のデザイナーズウィークの関連イベント「I’m in love!」のグラフィックデザインを担当されたACTAR所属のダヴィド・ロレンテ 氏だったのだ。日本人の可愛らしい奥様は同じ会社の編集者という。今回のカタログの日本語訳を担当し、明後日から始まるイベントのためと里帰りを兼ねての来日だそう。「是非に」ということで、スペイン大使館に伺うことになった。予期せぬ展開はここから始まる。

流れに委ねてみると、こんなに面白いご縁が舞い込んでくる。時折、脳みそを休憩してボーっと道を間違うのもいいのかもしれない。(言い訳?)我もと思ってくれたらお試しあれ。ただし、自分の意図はいつも明確に持っていることはお薦めする。で、あとは御心任せ。これ、我が師の請け負い。いや、なかなかと深い。コツは、ただ、安心をしていることにあり。

そんないきさつでやってきました、スパニッシュデザインの展示会場。休日の午前、大使館の回廊からもれる朝の日差しと休日モードの東京の気配、そしてカラフルな窓が、程よいハーモニーを醸して気分も良好。下り坂のスロープの正面には「I’m in love!」のロゴが浮かぶ。この先に待っているであろう、会場を予感させる趣向は、なんだか日本の茶の湯にも通じる。待ち合い、露地と歩を進めれば亭主のしつらえた茶室に出会えるがごとく、今回のスパニッシュデザインで賑わう会場へと誘われる。

展示会場にいよいよ到着! ピンクにイエロー、パープルとポップカラーの波が出迎えを。そこは花咲く野原のような鮮やかさで溢れていた。決して目にうるさくなく、むしろ、どこか穏やかで肩の力も抜ける感じ。色のトーンが均整とれていることから、安心感があり、幸福感がある。

フラワーポットに椅子に机にと多機能でエコロジカル素材使用の新しい家具のタイポロジー。省エネランプも中に入りワインパーティで夜も楽しめる。ポリカーボネート製の花びらから驚く色彩効果がある照明infioreも。(別会社製)
Eclipse(日食、月食)。伝統的な入れ子からイメージされ、それぞれが互いに引き立て合い形も自由に動かせる。配置する空間との関係性でもその姿は無限に変化。最後は、本当の日食のようにピタリと重なり、一つになる。

マゼンタ色の花で壁は埋め尽くされ、来場者に渡される同素材のオレンジ色の花はシールとなっていて、気に入った作品の後ろにくっつけて帰るというもので、会期の後半ともなれば、ピンクの花がオレンジの花に埋め尽くされる。日々変化を遂げる会場デコレーションは、その時に見た光景が、その時だけのもの、という常に移ろう希少性をも楽しめる企画でもある。皆、童心に返ったように、ぺたんぺたんと投票し、そして来訪者の手により、会場が創り上げられて行く過程がまた面白い。

スペインデザインというもので、まず思い浮かぶのはリアドロのハイメ・アジョンのファンタジー物。出会ったときの衝撃は今でも忘れられない。固い老舗の伝統世界に、なんと豊かな夢の世界を実現させたのだろうと当時は感銘を受けた。彼がその伝統に対して深くリスペクトしていることも重要なポイントとなっているのだろう。

そんなハイメの作品も数点見ることができた。その他、毎回ミラノサローネでも話題をさらうパトリシア・ウルキオラ等のデザインを含め、ほとんどが日本未発表、初上陸となる。なるべく多くのパターンと素材を扱う技術を知って欲しいと願い厳選された40点が一同に揃った展示会だった。

バルセロナの若手デザイナー、ロジャー・アルケによるコンセプチュアルな鳥の巣箱のプロダクト。それぞれに異なる意味、アイデンティティを持つが、集まれば一つのファミリーになるというメッセージが。
サーカスマジックのように生まれたランプは、ハイメ・アジョンによるもの。金色の鼻が調光器となる。きゅっと触る度にふわりと灯りが変化する様が、心をくすぐる。
ふっくらした袖をイメージの、パトリシア・ウルキオラによるラグ。それぞれのパーツは織りが違いテクスチャーも変化に富む。「manga」袖という名の付く作品。とても温かでキュート! 寝転びたい。

それと、スペイン独自のものなのだろうか、キュレーターの趣向なのだろうか、デザインのラインが実に自由なこと。とりわけ発想の無邪気さは解放感に満たされて気持ちが良い。今回のキュレーター氏も「スペインの楽観主義と情熱を、デザインを通して是非感じて欲しい」と語り、その願いはそれぞれのプロダクツを包む会場構成も手伝い、見事に叶っているのではないかと思われた。使い勝手が実際にまだわからないのだけれど、これらの、デザインの従来の枠にとどまらない、ウィットにも富んだ楽しさは、もしも毎日の暮らしにあったなら、力の抜けたゆとりと元気をもらえそうで、まずは賞賛。

マッシュルームの産地で育つデザイナーはきのこ畑の絨毯をつくり、はく人に合わせて変化する変幻自在なブーツもあり、ピエロの鼻がスイッチになる照明、牛のお乳を模した花瓶、隕石のような形状のアウトドアセットもキュート。ワインやカバ、フィンガーフードのサービスもあって、嬉しいひととき。会場に終始流れるギターの音色はアンダルシアを思い出させた。

活き活きとしたマッシュルーム畑のラグ。地中海地方の人気の行楽、キノコ狩りからインスパイア。奥にはロンドンのデザイン賞にノミネートされている公共空間のモジュールとして想定された日本庭園をイメージしたベンチ。
プライバシースクリーン付きの黄色のチェアはエル・ウルティモ・グリートによるデザイン。左下にはシャビエル・マニョサによる花瓶Cow。代々陶工を営む家に生まれ現在はベルリンに。「牛たちのフリーダムに捧ぐ」。
靴のメーカー「camper」社のユニークな多目的ブーツは、履く人ひとりひとりに合わせて違った形に変形するもの。自由で気軽なイメージと最大限の快適さを実現。信じられないほど柔軟な皮を使用。左は、ハイメ・アジョンによる新作「boxing」。
フィンガーフードにワインのサービス。手前は紫芋など使用のスイートポテト。奥はレバーのシューに、スペインオムレツ。美味しくてとまらなくなったスペイン人も。白ワインやカバはすきっと爽快、赤ワインはフォルテ。

個人的に注目したのは若きデザイナー、ナチョ・カルボネル氏。彼はこう語っている。

「育ったのは言わずと知れた、スペインの田舎。緑があって、陽気で、パエリア食べて。。。今はオランダでアトリエを持っています。仲間と大きな教会を工房にし、そこで作品を制作している。スペイン人らしいデザインと言われればそうかもしれない。その土地で生まれ育った僕の持つエッセンスはどこかしら作品に表れているかもしれないね。でも、今はオランダで、その土地との関係性からまた作品も生まれて、素材によってもまた違い、僕はその素材の声を聞いて、それがなりたいように、そのままであるように、作品を作って行くと言ってもいいかな。今の仲間がいてこそ、できるものもあって、工房代わりの教会があって、なんだか一言で言えないけれど、そんな作品作りをしているよ」。

多種多様な民族や文化が行き交うダイナミックな歴史を通ったスペイン。そこにはいつも変わらずの陽気な太陽もあって、そんな土壌で生まれるものたちというのも、私から見るとなかなかに面白いもので。他の文化も受け入れる柔軟性やこだわりのなさも兼ね備えていて、それが楽観主義に通じるのかもしれず、そして、大きな底力にもなっていると思われた。キュレーター氏はこうも語る。「命と情熱、愛を祝福するものであれば、僕らは何でも受け入れてきたんだ」と。今期は、スペイン建築業界の売上高は過去最高だったとか。

何時か訪ねたアンダルシアの旅に思いを馳せる。バルセロナ辺りとは、人も言葉も全く違うから、また異なるものなのかもしれないが、あの陽気なスペイン人達には、当時良い刺激をもらったものだった。地元の人に連れて行ってもらった炭火で炊かれるパエリアの香ばしさや、昼からオープンのBGMのないシェリー酒場、聖母マリアの昇天を祝う祭りがモヒートとチュロスと共に夜通し続いたことなど。。。

乾いた気候と照りつける太陽は、彼の国の大きな魅力なのだ。このたび出会ったデザインたちにも、そんな香りはやはり漂う。ふと、気付くとこんなにもスペインのことを語っている。この気持ち、そう、あの時のあの気持ち。。。。恋とは、いつも突然に落ちているものなのである。

さて、このわらしべ長者のようなお話には、なんとまだまだ、続きがある。またこの後で予期せぬ方向への出会いと遭遇していた。その話は、機会あらば。

To be continued.