暮らしに溶け込むアンティーク。
『アトラス』の世界観とは。

(2014.08.25)
18世紀の手吹きのコンフィチュール (ジャム)・グラス
18世紀の手吹きのコンフィチュール (ジャム)・グラス
日々の暮らしに彩りを添えるアンティークと、
そのアンティークと呼応するアートを扱うギャラリー『ATLAS(アトラス)』。
オーナーの飯村弦太さんと知香子さん夫妻が
すてきな笑顔で迎えてくれる特別な場所です。
アンティークやアート、音楽にいたるまでのアトラスのもの選びについて、
ゆっくりとお話を伺いすることができました。
暮らしに取り入れたいアンティーク。

ひとつ一つ少しずつ形の違う気泡に味わいのあるグラス、重ねるといろいろな白の表情が見えるお皿、使い込んで少しグレーがかった目の細かいリネン……。『アトラス』のアンティークはどれも、毎日の暮らしの中で使えるものばかり。使いやすいデザインと状態の良さ、温かみを持っています。どれも100年以上の時を経たものばかりなのに「キャンドルホルダーの下に敷こうかしら」「朝ごはんのフルーツを入れようかな」などと食器棚に気軽に置いておける親しみのあるものが多いのです。

飯村弦太さんが『アトラス』を始めたのは2009年。それまでの3年間、アール・ヌーヴォーやアール・デコを中心とした西洋美術の会社で過ごしていたそうです。「アンティークに興味があったので、きちっと勉強したいという思いがあり、西洋美術の会社で働き始めたんです。とても有意義な3年間でした」。飯村さんはその理由を、高名な作家やその工房の作品を扱うことで、当時の工房がいかにして技術を磨いていったのか、どのように職人を育成していたのかなど、18世紀末から20世紀初頭までのガラスや陶磁器の工房の背景を知ることができたからだと言います。

「たとえばガレの工房は、作家であり化学者でもあったガレの実験工房のような場で、ヴェネツィアやサンルイから優秀な職人を引き抜いて発明ともいえる色のガラスがつくられていたんです。一番の発明はガラスの層の中に金箔を挟み込んだ作品です」と楽しそうに話す飯村さん、一つのアンティークの周りにある物語にはいつも感心し、技術的な要素を知ることを楽しんでいたのだそう。ところがその一方で、美術品のような骨董と毎日接するうちに、それとは違う自分の好みが浮き彫りになってきて、本当に好きな骨董はそういう美術品ではないという確信を得ることになったという。

「最初から好みのアンティークを扱うことをしていたら、本当に好きなものに気づくのが遅れたかもしれないし、ハイクラスなアンティークを知ることは自分の中の物選びの基準を築くためにもとても大切なことだったと思います」。その会社で3年をへたころ、このままこの会社に居続けていいんだろうかと自問し始め、ふと「本当に好きなアンティークを扱うことを始めよう」と意を決して、フランスに買い付けにでかけました。

  • ヨーロッパ各地の陶器の皿や上質なリネン布
    ヨーロッパ各地の陶器の皿や上質なリネン布
  • 同じ工房から出てきた手吹きのグラス¥8.500
    同じ工房から出てきた手吹きのグラス¥8.500
  • オーバルの食器は食卓に映える
    オーバルの食器は食卓に映える
  • プロヴァンスの伝統、100年前の手縫いキルト
    プロヴァンスの伝統、100年前の手縫いキルト
  • 19世紀のシルバープレート・スプーン 各¥1.500〜
    19世紀のシルバープレート・スプーン 各¥1.500〜
買い付けにフランスへでかけて。

数多くのフランスの美術品的アンティークに触れてきたものの自分で買い付けにいくのはそのときが初めて。ネットワークも持たずにパリの蚤の市を目指しました。「ヴァンヴとかクリニャンクールとか、一般の人も買い付けにいくような蚤の市を周って好きなものを探しました。そのときはなかなかいいものに出会えず、価格も高く、とても苦労したのですが本当に好きなものだけを選ぶことができました。5年経ったいまそのとき買い付けてきたものを改めて思い返すと、基本的な路線は変わっていないなと思います」。

先月、骨董商の友人たちと飯村夫妻の4人で南仏〜イタリアへ買い付け旅行に行ったと聞き、買い付けるものは被ったりしないのかと訊ねると「不思議なことなんですが、4人4様のもの選びになるんです。たとえば同じ蚤の市を見て回ってもそれぞれが違うものを手にしているというような…。蚤の市といえばブースごとにあふれるようにものが積んであるのが普通ですよね。でもそこを見たとき、自分の好きなもの以外は見えなくなる…というか、そのものだけが浮かび上がってくるように見えるんです」と教えてくれた飯村さん。

それを聞いて、10年ほど前アンティークディーラーのパリ郊外蚤の市での買い付けに同行取材をしたとき、骨董品からがらくたまで所狭しと並べられたブースをざっと一覧して、ピンポイントですっと手が伸びてつかんだものを見せて「これいくら?」と聞き、答えを聞くなり値切りもせずに買っているディーラーさんのことを思い浮かべました。アンティークを買い付ける人はみんなそういう特別な眼を持っているのかもしれません。

「最近はテーマを決めて買い付けるということもしています。とはいえあまり明確にテーマ決めすると面白くないので、蚤の市で最初に見つけたものからイメージを広げるようなスタイルです。自分の中に新しい領域に行きたい気持ちもありますし…。コアな部分は変えずにいろいろな幅を持たせる買い付けをしたいと思っているところです」と飯村さん。その新しい領域への変化は、「海で泳いでいるうちに潮に流されて、知らず知らずのうちに自分たちの荷物のある場所から動いていたというような変化にしたい」という。そのときどきの自分の気持ちに素直に買い付けをしたい、これは例えば画家がそのときの気持ちをストレートにカンバスにぶつけて作品を生み出し、年を経るに連れじわじわと作風が変わってくるのと同じかもしれません。いまの気持ちを大切に自分たちが心に響くものだけを扱う飯村さんのピュアな姿勢が伝わってきます。

  • 薬入れと1920年代のプロヴァンス新聞
    薬入れと1920年代のプロヴァンス新聞
  • 子供の洗礼の為のお守りなど
    子供の洗礼の為のお守りなど
  • 細いリネン織りのハンカチ
    細いリネン織りのハンカチ
  • 陶焼きのマスタード・カップ
    陶焼きのマスタード・カップ
  • 19世紀パリ窯の白磁 ¥3.500〜
    19世紀パリ窯の白磁 ¥3.500〜
  • ソーサーと一体になったカップ
    ソーサーと一体になったカップ
音楽、現代アート、そしてアンティーク。

ところで、奥さまの知香子さんとどこで会ったのでしょう、と聞くとなんと飯村さんは西洋美術の会社で働き始める前は、エレクトロニカ音楽のミュージシャンであり、同時にイベントを企画していたという。音楽が好きな知香子さんがスタッフとして参加することで知り合ったのだとか。「そのイベントに参加してくれたアーティストは、いまではちょっと知られるようになっていて、みんながんばっているなと思います」という飯村さん、昨年、福岡の『コクトー』阿比留さんと一緒に「COCTLAS」という共同企画展をする際に、オリジナルのCDを制作。飯村さんが作曲した楽曲に阿比留さんがフランスで録音した街の音を組み合わせてつくったオリジナル音源。静かなアンビエント作品です。

「エレクトロニカ音楽をつくっていたこともあり、当時ぼくは現代アートに興味があって、ICCなどに通っていたんです。そこでいろいろなアートや映像作品に触れるうちに、現代アートは最新の技術を駆使してつくられているけれど、モティーフや内容は“ノスタルジックなもの”がとても多いことがわかりました。とくにゲルハルト・リヒターの作品がとても好きだったんですが、ぼくはその中に“アンティーク”を感じたんです。作品の中のアンティークが持つ物語性に惹かれていくという感覚だったんだと思います。それに気づいたときにアンティークを勉強したいという気持ちが現れて西洋美術の会社でで働くことになったんです」。自分が本当に好きなものを少しずつ探りながら、現代アートやハイクラスな美術品を経て、たどり着いたのが『アトラス』の世界観だったようです。

***

『アトラス』ではギャラリーとして作家さんの個展も開催しています。飯村さん曰く「アンティークと絵画はぼくの中では同じ。“好きだ”と感じたものをお店に置きたいんです」。今までに個展を開催したアーティストはふたり。

ひとりはミュージシャンで画家の西脇一弘さん。ずっと以前から別のギャラリーで見て好きだったので、いつか『アトラス』で個展を…と思っていたのが実現したのだという。先月、『アトラス』で2回目になる西脇さんの個展が開催されたばかりです。

春に第2回『COCTLAS展』にお邪魔したとき『アトラス』での西脇さんの個展の案内はがきをいただいて眼が釘づけになったわたしは、個展を見るために初めて『アトラス』を訪問しました。作品は想像を超える大きさで、アンティークのような風合いを持っていて、まわりの古いアイテムと一緒に空間に溶け込み「この絵と一緒に暮らしたい」と思ったほどです。

もう一人のアーティストは藤井麻利絵さん、出店している骨董市にお客さんとして来られて話しているうちに絵を描いていることを知り、作品を見せてもらった飯村さんはすぐに展覧会の開催を薦めて、昨年、初個展を開催することになったんだそう。

「展示の予定はないけれど絵を描いているという麻利絵さんの点描作品を見たとき、美しくて、素晴らしくて、ちょっとおこがましい言い方ですが、『これは世に出さなければ』と思ったんです。西脇さんの絵はもうずっと以前から好きですし、骨董もアートも好きなものだけを扱う、自分の心に響くものだけを紹介していけたらなと思っています」。

飯村さんが好きなアンティークの世界。その世界観を持つ作家、ゲルハルト・リヒター、西脇一弘さん、藤井麻利絵さん。そしてその世界の表現したオリジナルのアンビエント音楽…。『アトラス』とは、「アトラス」感覚を持つものすべてをジャンルに関係なく扱うギャラリーなのかもしれません。いま以上にカジュアルに暮らしに取り入れられるものをセレクトしていきたいという、飯村さん。アンティークもアートもそして音楽も普段の生活に取り入れて一緒に暮らしを楽しんでこそ、という想いがじんわりと伝わってきました。

  • アトラスにはレリーフのついた白いうつわが多い
    アトラスにはレリーフのついた白いうつわが多い
  • ウェッジウッドの刻印
    ウェッジウッドの刻印
  • ジノリ系列LAVENOのレリーフのついたうつわ
    ジノリ系列LAVENOのレリーフのついたうつわ
  • LAVENOの刻印
    LAVENOの刻印
  • ガラスは工房ごとに色味が違う
    ガラスは工房ごとに色味が違う
  • ディテールを見ているだけで楽しいガラス製品¥5.000〜
    ディテールを見ているだけで楽しいガラス製品¥5.000〜

ATLAS
千葉市中央区新宿1-5-29丸新ビル3F Tel. 043-377-0530
営業時間:11:00〜18:00 定休日:水・木曜(買い付けなどにより不定休あり)
 
【今後のイベントスケジュール】
2014 10.3(金)〜5(日) 『秋の食卓風景展』at 西麻布 喫茶R
2014 10.24(金)〜27(火) 藤井 麻利絵 個展 『祈り』at ATLAS
2014 11.14(金)〜25(月) 『カトラリーズ』(仮) at 日々の食と道具の店 364

*日程は変更する場合もありますので、詳しくはアトラスのHPで確認してください。