今日もどこかでおいしいコーヒーを。
旅するカフェCAFE Ryusenkei

(2014.05.16)
撮影/黒澤義教
撮影/黒澤義教

熱々の湯気をたてるお湯がポットから注がれると、ペーパー・ドリップのコーヒーが、まるでふかふかのブラウニーのように膨らんでいきます。グレーのニットに丸眼鏡の合羅智久さんは、立ちのぼるコーヒーの香りを楽しみながら、まるで友人たちにふるまうようにコーヒーを淹れています。8人も入ればいっぱいになってしまう店内はとても親密で、小さな窓からは箱根の陽光が射し込んできます。コーヒーの香りに誘われるように小さな音でアコースティック・ギターを爪弾くシンガー・ソングライターの歌が聴こえてきます。“旅するカフェ”CAFE Ryusenkeiは、今日もどこかの街でおいしいコーヒーをドリップしています。
 

  • 箱根にて
    箱根にて
  • 2月のある日
    2月のある日
朝の陽射しの中で飲む一杯の香り高いコーヒー。日々の暮らしの中で、おいしいコーヒーをハンド・ドリップで淹れると、すこしばかり気持ちが豊かになったような気がします。CAFE Ryusenkeiのオーナーの合羅さんは、毎朝手挽きのコーヒー・ミルをまわすことから1日がスタートします。

もともとコーヒーや喫茶店が好きだった合羅さんは、2004年に1冊の本に出会います。それは日々のコーヒーや、コーヒーとの暮らし方について書かれたエッセイで、合羅さんは、さっそくそこで紹介されていたペーパー・ドリップのセットを購入し、日々自分でコーヒーを淹れるようになりました。そのころ合羅さんは、東京で音楽制作の仕事に携わっていたのですが、いつか自分でカフェを始めたいと思うようになりました。

富士山をのぞむ箱根は、昔から合羅さんが何度も通う大好きな場所でした。鮮やかな風景画のように季節の移り変わりを楽しめるこの街で、ひとつだけ物足りないと感じていたことは自分の好みの喫茶店がないということでした。そんな想いがひとつとなった2012年の初め、合羅さんは仕事をやめてカフェを始める準備にとりかかります。景色のいい箱根の街角に自分のカフェがある姿を想像するのは、ほんとうに胸躍る気持ちでした。久しぶりにたっぷりと時間ができた合羅さんは、これまで行きたかったけれど、なかなか行けなかった場所を旅することにしました。東は北海道や山形、西は福岡、岡山、姫路、京都と、気になるカフェをまわり、多い日には一日に5店もお店をはしごすることもありました。
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旅を続けながら箱根の物件を探す日々が続き、一年が経とうとしていましたが、なかなか希望通りの物件に巡りあうことはできませんでした。半ばあきらめの気持ちで箱根から東京の自宅に戻ろうとしたとき、合羅さんの頭に、あるイメージが浮かんできました。「アメリカ西海岸のトラベル・トレイラーのエアストリームをリフォームして移動できるカフェというのはどうだろう。テイクアウトではなく、その中でコーヒーが飲める居心地のいい空間ができたらきっと気持ちいいだろうな」。合羅さんは居てもたってもいられなくなり、自宅に戻るとさっそくプランを練り始めました。しばらくして、運よく程度のよい67年製のエアストリームがみつかりました。内装は、友人であり、多くの店舗の設計を手掛けるimaの小林恭さんとマナさんにお願いしました。合羅さんのイメージは“移動する現代の茶室”というものでした。自分の好きな北欧のデザインのテイストも織りまぜながら明るい空間ができればと考えたていた合羅さんは、あるときフィンランドを旅していた小林さんたちとヘルシンキで合流しました。旅先でいろいろな話をする中で、お互いのイメージを共有していき、後に小林さんの提案でソファの生地には北欧のファブリックを使うことになりました。さらに、その旅の途中、合羅さんは忘れられない光景を目にするのです。それはヘルシンキのカフェ・アアルトで、ひとりコーヒーを飲む老人の姿でした。自分がイメージする理想の佇まいでコーヒーを飲む人に出会った合羅さんは、とっさに、持っていたカメラにその光景を収めました。それが、CAFE Ryusenkeiのロゴ・マークのシルエットになったのです。
  • 北欧モダンな空間
    北欧モダンな空間
  • ファブリックはフィンランドのテキスタイルデザイナー、ヨハンナ・グリクセン
    ファブリックはフィンランドのテキスタイルデザイナー、ヨハンナ・グリクセン
  • 温度計と湿度計が顔みたい
    温度計と湿度計が顔みたい
  • 元の持ち主のオリジナルインテリアを受け継いだデザイン
    元の持ち主のオリジナルインテリアを受け継いだデザイン
  • imaの小林さんがデザインしたLED照明
    imaの小林さんがデザインしたLED照明
  • コーヒーカップはRIESSのホーロー製
    コーヒーカップはRIESSのホーロー製
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初めてCAFE Ryusenkeiの中に入ったときのことを、僕ははっきりと覚えています。入った瞬間に感じたのは、ふわりと身体が包み込まれるような優しい浮遊感でした。“流線形”のフォルムから生まれるその柔らかな曲線は、肌ざわりのよい布地に包まれたかのような心地よさで、時間の流れまでもがゆっくりと感じられたのです。それは、まさに合羅さんが朝のまぶしい光の中で静かにコーヒーを淹れてくれるあの明るい自宅のダイニングの雰囲気です。ペーパー・ドリップのコーヒーのしずくが落ちるのを眺めながら、芳しい香りをかいでいると、小林さんたちが初めてお店のプランを話してくれた時に見たパステルで描かれたお店のラフスケッチが、その時のイメージのまま目の前に表れていることに気づきました。
2013年11月10日の日曜日、移り住んだ箱根の自宅の前で、CAFE Ryusenkeiのお披露目会が開催されました。霧雨の中、遠くから150人もの友人、知人たちが集まり、たくさんの祝福の中で新しいカフェの扉が開かれました。コーヒー豆は、東京の駒沢で選りすぐりの中米の豆を販売するコーヒー専門店カフェ・テナンゴを開く栢沼さんによるオリジナルのブレンドです。合羅さんが全国のコーヒーを飲み歩いた中で、自分の好みにぴったりだったのが栢沼さんのコーヒーだったのです。コーヒー以外のサイド・メニューには、友人であるTOTOSK KITCHENの中野エリさんのクラムチャウダーやクッキー、他にもパンなどを揃えました。また、少しゆっくりしたいときにはビールやワインなども味わえるので、ちょっとした小さなバールにもなるのです。
  • コーヒーは2種類。グアテマラをベースにしたコクのあるオリジナルブレンドRyusenkei Brend No.01 グアテマラにホンジュラスやコスタリカをブレンドしたすっきりとしたきれいな酸のあるRyusenkei Brend No.03
    コーヒーは2種類。グアテマラをベースにしたコクのあるオリジナルブレンドRyusenkei Brend No.01 グアテマラにホンジュラスやコスタリカをブレンドしたすっきりとしたきれいな酸のあるRyusenkei Brend No.03
  • コーヒー500円。メニューはほかにクラムチャウダー500円、グラスワイン500円など。
    コーヒー500円。メニューはほかにクラムチャウダー500円、グラスワイン500円など。
お店を始めたばかりのころは、なかなかいい場所がみつからなかったため、合羅さんはお店ができそうな場所をいろいろと訪ね歩いて、のんびりとコーヒーを淹れていました。うれしいことに、興味をもって初めてカフェに足を踏み入れてくれるお客さんは、みんなお店を気に入ってくれて、コーヒーやその空間を心から楽しんでくれました。そんな日々を過ごしているうちに、一度来てくださったお客さんの評判などで、少しずつ人のつながりができていきました。そして、北欧家具店のオーナーやオーガニック・ショップから、ぜひ自分の店の前でお店を開きませんか、という話をいただくようになりました。さらに、箱根登山ケーブルカーの終着駅、早雲山の駅前のスペースをベースにお店を開くことができるようになりました。その場所は、箱根の山々の間から遠くに相模湾を見下ろせるほどの絶景のスポットで、合羅さんが大好きな箱根の風景そのものでした。
合羅さんは、「普段自宅で友人にコーヒーを出すのと同じ気持ちでコーヒーを淹れることができて、こんなに楽しいことが仕事なのかと驚きました」と笑います。エアストリームの中にお客さんが入った瞬間、みんなが笑顔になり、時には「わあ」と歓声があがることもあるといいます。ユニークな形のエアストリームのカフェであるだけに、お店に入ってくるのは興味をもった素敵なお客さんばかりだというところも、お店を始める前は想像していなかったことのひとつです。

振り返れば、多くの友人の助けや人のつながりによってCAFE Ryusenkeiは誕生しました。笑顔を添えた1杯のコーヒーがつなぐ人と人の縁。今日も合羅さんの朝は、まばゆい光の中で香り高いハンド・ドリップのコーヒーを淹れることから始まります。

CAFE Ryusenkei
ツイッターやフェイスブック、ホームページでその日のお店の場所をお知らせしています。
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【Café Ryusenkei Event Information】

5/31(土)、6/1(日)、6/2(月・横浜開港記念日)
「ENJOY ZOU-NO-HANA 2014 PORT KICHEN -世界のみなとまちのキッチンから-」
に出店!

期間中は、コーヒー&カフェ・オ・レ(HOT / ICE)に加え、『トトスクキッチン』 (東京・江戸川橋)の中野エリさんがイベントのためにつくった《ポメリー・マスタードをつかったチョコレート・クランベリー・パウンド・ケーキ》《エルブ・ド・プロバンス&シトロン・クリーム・サンドクッキー》《ペリエをつかったジンジャーエール》を販売。
場所:横浜・象の鼻パーク
出店時間:10:00〜17:00(5/31、6/1)、11:00〜20:30(6/2) 

 

設計事務所ima
TOTOSK KITCHEN dacapo連載 ハーブ&スパイス料理レシピと音楽