髙野てるみ 表現者たる井浦新の想いは、
温故知新にあり。

(2012.07.30)
『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』、『かぞくのくに』と主演作が立て続けに公開される井浦新さん。©2012 by Peter Brune
『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』、『かぞくのくに』と主演作が立て続けに公開される井浦新さん。©2012 by Peter Brune

モデルから俳優へ、さらにはファッションブランド『エルネスト・クリエイティブ・アクティビティー』の主宰、と多面的なクリエイティビティを見せている井浦新さん。映画『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』で三島由紀夫を、8月公開『かぞくのくに』では、北朝鮮に渡った在日韓国人を演じました。井浦さんの多面的なクリエイティビティの中でも、演じることについての思いがどのようなものかを探ってみました。

■井浦新プロフィール

(いうら・あらた)俳優・クリエイター。学生時代にスカウトされ、ファッションモデルとして活躍。98年に是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』で俳優としてのキャリアをスタート。『ピンポン』(02)、『真夜中の弥次さん喜多さん』(05)、『空気人形』(09)などの話題作に意欲的に出演してきた。若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)『海燕ホテル・ブルー』(12)を経て、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』、『かぞくのくに』と、世界でも評価の高い作品に出演。異なる二つの役柄を演じ高い評価を得た。現在、NHK大河ドラマ『平清盛』、CXドラマ『リッチマン、プアウーマン』に出演中。今後は、『莫逆家族~バクギャクファミーリア』(2012年9月8日)、『千年の愉楽』、(2012年秋)『すーちゃん、まいちゃん、さわ子さん』(2013年春)などの公開を控える。ものづくり集団『ELNEST CREATIVE ACTIVITY』のディレクターを務める。

井浦新演じる三島とは?

かつて三島由紀夫は、ポール・シュレイダー監督、製作総指揮フランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス、主演・緒方拳ほか豪華キャストで『ミシマ ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ(原題Mishima A Life In Four Chapters)』という映画に描かれました。日本では未公開のままですが、85年カンヌ国際映画祭最優秀芸術貢献賞を獲得。

それから27年たった今年のカンヌ映画祭に、再び三島の最期を扱った映画をひっさげて……となると、演じる新さん、かなりのプレッシャーではなかったかと思われます。
 

―今年のカンヌ映画祭ある視点部門で上映というと、思い出されるのが09年に同じ部門にノミネートされた是枝裕和監督作品『空気人形』のこと。そして、同監督の『ワンダフルライフ』で映画初出演でしたね。それにしても、今回の三島由紀夫、いろいろな意味で、演じることのプレッシャーはなかったですか?

「若松監督もおっしゃっていたのですが、まずは「三島由紀夫のモノマネ」にならないよう意識をしました。もちろん、三島の著書や文献資料は読みましたが、割腹自殺を遂げた当時の事件が世代的に風化しつつあるということもあり、また、作品としても三島を真似する必要はないと思いました。海外にも、作家としての三島由紀夫のファンの方が多いので、カンヌでの上映の反応はとても楽しみでした。」


『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』より。新さんは、三島由紀夫本人の真似をしないように意識したという。

自ら作った若松監督との絆。

今回の作品の若松孝二監督作品『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(07)では、赤軍派の坂口弘を演じ印象的だった新さん、次いで、『キャタピラー』(10)出演を経て、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』の主演という、若松組連続出演の大役を果たしたことになります。
 

―カンヌの海岸を前にインタビューに応じる監督と並ぶと、まるで親子のような和やかさでしたが、世代を超えた絆のきっかけづくりはどちらから?

「若松監督は、自分にとってまさに“オジキ”のような存在です。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の映画づくりを知った時、監督の作品に参加させて頂きたくて、自分から若松プロダクションに電話したことが出会いでした。電話には、監督ご自身が出られて、『お前は、誰だ? 聞いたことないな。』という感じでしたが(笑)、それがきっかけでオーディションに呼んで頂いて、出演することになりました。」

パリ・コレのモデルに打って出る時も、ご自身で売り込んだそうですから、見た眼、クール・ビューティの新さんですが、かなりの情熱家、かつ行動派であることがわかってきます。

若松孝二監督と、カンヌの海岸でツー・ショット。
仕事に慣れ合いは禁物。

―では、今回の三島役も、もちろんご自分でオファーなさった?

「いえ、とんでもない! 三島役のオファーを頂いた頃、僕は足を痛めていたんです。撮影までに完治するか不安もあり、一度はお断りしたのですが、『そんなの治して立ち上がれ!』と(笑)。監督からそういわれると、「やってやるぞ!」という気持ちになるのが不思議です。」

―若松監督は、新さんのどのへんを気に入っていらっしゃると思いますか?

「気に入られているとは思っていませんが、監督から「新との仕事はやりやすいんだよ」とおっしゃって頂けるのは嬉しいです。ただ、「慣れ合い」になってしまうのは、一番よくないと思うので。若松監督作品に多く出演していることが「当たり前」だと思わないように常に意識はしています。」

カメラを片手にカンヌの街へ。

さて、カンヌでの新さん。是枝監督の『空気人形』(09)で一度は訪れたカンヌ、愛用のライカを片手に散策。自ら写真撮影をすることに余念がなく、その撮影対象といえば、豪華クルーザーよりは泳ぐ市井の人々。ゴージャスなホテルの海岸沿いの目抜き通りよりは、旧市街の街並みや建物などに注目。自然志向の新さんらしく、気取らない素顔のカンヌのひとコマ、ひとコマに思いを込めて撮影していました。

撮るのと、撮られるのとどちらが楽しいですか? と尋ねると、「もちろん、撮る方です。」との答え。

「すべては写真から始まるという気持ちをいつも持っています。そこからイメージが広がったり、具体的なデザインの発想につながったりして行きますから。」

ご自身のブランド『エルネスト・クリエイティブ・アクティビティー』の服で決めて、カンヌでのオフタイム。
タキシード姿で「ある視点」部門上映会の舞台挨拶に臨んだ新さん。

ARATAから井浦新へ。

映画『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』は、今年のカンヌ国際映画祭にて、昼と夜の二回にわたり上映されましたが、ある視点部門は、舞台挨拶があるので、若松孝二監督、満島真之介さんと共に登壇。
終了後、拍手の中、突然フランス人女性が、監督と新さんのもとに駆け寄り、握手。号泣していました。

割腹自殺の意味が深くはわからなかったフランス人もいたようだと監督も気にしていたようでしたが、ミステリアスでもあった三島由紀夫の生き方が、今の時代に、この映画によって、フランスをはじめ世界の人々に赤裸々に伝えられたことになります。

―この作品『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』のためにARATAという名前も変えたと言うほどのこだわりを持たれたということですが、その後の心境は?

「「親からもらった」という意味で名前の重要性は感じていますが、アーティストネームはある意味、エンターテインメントのひとつだと思っているので、改名についてのこだわりは特にないです。「心機一転」ということではなく、『若松監督が三島由紀夫をその時代への思いを込めて作られた作品に、アルファベット表記は合わないというのが理由のひとつです。」

ヤン・ヨンヒ監督からのオファーに応える。

―なるほど。8月4日公開の『かぞくのくに』では、その新しい名前で、三島とは全く違う役柄を演じられましたね。戦後の1950年代から始まった、在日韓国人が、分断された南北のうち、北朝鮮を新天地として帰国した事業を背景に作られている作品です。その後の南北は未だ統合されず、夢破れたまま北朝鮮に生きる兄と、在日韓国人として日本で今を生きる妹一家が25年ぶりに再開する物語です。その兄ソンホの役を新さんが、妹リエを安藤サクラさんが演じています。脚本も書いた、ヤン・ヨンヒ監督は、自身の体験を初めて映画化する取り組みに成功し、2011年のベルリン映画祭で、みごと、国際アートシアター連盟賞を獲得しました。

こちらは三島のように、誰もが知っているという存在ではありませんが、北朝鮮帰国事業で北朝鮮に渡り、25年ぶりに一時帰国した、在日韓国人の役というのですから、それはそれで、演じるには御苦労があったのでは?



「そうですね。実際にお兄さんが北朝鮮へ行かれているというヨンヒ監督自身の体験を基にした作品で、監督と向き合って、色々と話を伺えたということが、役作りの上でとても大きかったと思います。」


『かぞくのくに』より。©2011 Star Sands, Inc. 脳腫瘍と診断された兄ソンホ(井浦新)は急遽、数人の仲間と共に、日本に帰ってきます。突然の幸せが訪れたかのように胸躍らせた一家。が、その間にも、兄と妹(安藤サクラ)、そして一家は、大きな困難に向き合うことになる。

家族の束の間の歓びや、兄の病気の重大さに恐れをなし、今まで忘れかけていた家族の思い出などを、実に繊細にガラス細工を扱うように映像に捉えているヤン・ヨンヒ監督『かぞくのくに』。その繊細でシンプルな映像に、ひときわ存在感を与えるのが新さん演じる兄ソンホです。
「在日韓国人の兄」という役まわり。

―それにしても、在日韓国人の気持ちに近づくということは、三島由紀夫より難しそうですが?

「例えばNHK大河ドラマ『平清盛』の崇徳上皇は歴史上の人物なので、昔話やファンタジー的な感覚で演じています。一方、『かぞくのくに』は監督の実体験を基にしているので、僕が演じたソンホは、「監督のお兄さん」という実在の人物に近いという点で難しい部分はありました。でも、ヨンヒ監督から家族のこと、お兄さんのこと、そして「どんな思いで生きてきたか」ということを聞き、とにかく監督の心に触れるための時間を作ることに努力しました。北朝鮮や在日韓国人についての資料をたくさん読むこと以上に、目の前に「体験」した本人がいるということが心強かったです。」

監督との理解と戦いを越えて。

―では、三島よりやりやすかったとも言えるんですね。

「いえ。三島とはまた違って、ヤン・ヨンヒ監督の「私の時はこうだった」「お兄さんはこんな感じだった」という言葉に引き寄せられてしまって、演技的な動きが限定されてしまって…。監督の思いが分かれば分かるほど、イメージが絞られていく感覚がありました。それを理解した上で、どうやって監督の想像を良い意味で裏切っていくか、という作業の連続でした。共演者同士でも常に刺激し、模索し合いながら、お互いの距離感を手探りで演じました。監督と向き合い、戦い、だからこそ良い作品ができたのだと思います。」

削ぎ落される部分が持つ空気感。

―その演技も、結果的に半分ぐらいは削られてしまうこともある。役者に託したはずの台詞さえも、最終的にはそぎ落とされていく世界が映画の現場です。新さんは、それでも、それでいいのだと、考えるのですね? そういうことに違和感は感じないのですね?

「現場では、気づかれないような余計な演技もたくさんしています。そういう「余計なこと」が緊張感や空気感を生み出していると思いますし、台詞をそぎ落とすことで、観客の想像力を喚起させることもあると思っています。すべては監督の頭の中にあるので、演じる者はただただ、その素材となるものを作り、あとは監督に仕上げてもらうだけです。

そういう意味では三島を演じたことが、ソンホ役への良い流れを作ってくれたと思っています。いい流れの中で演技ができた、という幸運を喜ぶべきだと気づきました。

三島を演じることは気持ちも意識も、普通の状態でできることではなかったのですが、それでも「普通」の感覚を失わずに三島の熱情をたぎらせ、食らいついていった感覚がありました。

自分がどのような三島像を表現できるか、ということへの挑戦する毎日。その集中力が極端に高まったあとに、三島とは真逆のソンホを演じられることの喜びを実感することができました。もし、三島を演じずに『かぞくのくに』に関わっていたら、演技も、現場で味わった気持ちも違ったでしょう。」

映画に残した自分を熟成する。

―宿命というべき、流れでしょうか?

「宿命、というよりは蓄積だと思います。様々な作品に参加させて頂く中で、自分の中の色々な人物が積み重なってきていることを感じるようになってきました。昔演じた役の感覚や心根は、その時だけのものではなく、何年もたって熟成されたように、その役がなんだったのかが見えてくることがあります。

演技が終わり、作品として完成し、世に羽ばたいてから初めて、冷静にその時の自分を客観的に見ることができるのが映画。だから、その時に演じたことは熟成させることができるし、その後どこかで新たな自分を感じることができるんです。」

―じゃあ、その感覚こそが、もしかしたら、モデルさんでは味わうことができないかもしれない役者さんの醍醐味でしょうか?

「その喜びが、確かにあると思います。」

―それにしても新さん、この二つの作品で演じた人物は、どちらも戦後間もない日本の時代を映し出した存在でもあります。30代の新さんより、もっと若い世代は、朝鮮の問題にしても、三島のことも、ほとんど知りません。で、そういう意味では、新さんが演じることで、少しは関心が持てるようになるのではと期待したいのですが、新さんご自身は、その点は意識していらっしゃいますか?

作品の歯車であり、武器になりたい。

「映画は観ないけれど、テレビは見るという方が、たまたま僕が演じたことをきっかけに三島由紀夫が唱えた日本の心に興味を持ったり、北朝鮮の問題に触れるきっかけになったらいいと思うんです。だから、映画以外でもテレビドラマに参加して、もっとたくさんの方に自分の芝居を観て頂きたいですし、とにかく今は縦横無尽に動き回りたいです。

今回の2作品では、監督の作品の歯車のひとつとなって、作ることに参加できたという気持ちを大切にしたつもりです。作品の使命感は監督に伝えて頂き、僕はあくまで歯車として、そして作品の武器として、自由自在に駆け巡りながら化学反応を起こしたい。最終的に映画で何を感じ、何が心に残るのかは、観る方の自由です。「下手だな」「つまらないな」と思ってもらえるのもありがたいです。観た方によって、薬にも毒にもなることが、今は一番面白いと思っています。」

温故知新の上で、自由を求めて。

―ご自身が生まれていなかった頃の歴史に関心があり、そのほか焼き物の有田焼や、浮世絵、彫刻など、伝統の中で息づいているものに関心をお持ちの様ですが、それらの中に、演じることにも通じる答えがありますか?

「伝統に縛られるからこそ、新しいことができないこともあります。それでもやはり、伝統を学び、それを踏まえた上で今、この時代に自分は何ができるのかを模索し、その気持ちを大切にしているつもりです。

その伝統は歴史でもあり、歴史から学び、今何ができるのかと考えることと同じことだと思っています。だからといって、伝統や歴史を自分が伝えなければいけない、という使命感は持ちたくはないんです。表現というものは自由でなければならないもので、抑圧されてしまうことが一番悔しいですし、不条理を感じるので。

役者もデザイナーも、表現というものを自由に純粋にできることが、一番幸せだと思っています。」

自分の活動は、表現者の立ち回りなのか

―表現するという言い回しが何度か出ましたが、井浦新さんは、「表現者であると見つけたり」と言ったら間違いでしょうか?

「確一番近い言葉は「表現者」なのかもしれません。どんなに様々な活動をして、生み出されるものがそれぞれ違うものであっても、体と心は一つですから。」

Photo by masami kato
カンヌ取材/加藤正美

『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』
2012年6月2日(土)より、 テアトル新宿ほか全国で上映中
出演:井浦新、満島真之介、岩間天嗣ほか
監督:若松孝二



2011年/日本/カラー/1時間59分/日本語
配給:若松プロ ダクション、スコーレ


『かぞくのくに』

2012年
8月4日(土)より、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー

出演:井浦新、安藤サクラ、ヤン・イクチュン、京野ことみほか
監督:ヤン・ヨンヒ

2012年/日本/カラー/1時間40分/日本語
配給: スターサンズ