from パリ(田中) – 20 - 地下鉄のモーツアルト。

(2009.09.14)

いつものようにダンフェール・ロシュロー(Denfert-Rochereau)駅で地下鉄を降りて、RER-B線に乗り換えようと地下道を急いでいたら突然モーツァルトが聞こえてきた。音を辿るように細いトンネル状の通路を改札口へ進むと、地下道交差点のような、少し広くなった通路で演奏している10人くらいの弦楽合奏団を発見。なかなか上手い。つい立ち止まって、久しぶりに生のモーツアルトのディベルティメントに聴き入った。2楽章が終わり、こうなれば終楽章まで聞かないと立ち去れない気分。

一昨年の冬だったか、銀座の映画館でオリヴェイラ監督の『夜顔』を見た。その昔のカトリーヌ・ドヌーヴ主演『昼顔』の主人公ふたりが、38年後にパリのコンサート会場で偶然再会するという、とんでもない設定の映画だ。期待の割に肩透かしを食ったが、古き良きパリの街並やホテルの調度などが魅力的で、観光映画として見れば超一級品だった。ああ、パリっていいなと思わせる。その映画の中でドヴォルザークの交響曲8番(第2楽章)が何度も象徴的に流れ、パリにはスラヴ系というか、エスニックな音楽がぴったりだと感心したものだった。

地下鉄構内でモーツアルトを聴き終わり、ヴァイオリンのケースにコインを投げ、改札口へ向かおうとしたら次の曲が始まった。なんとドヴォルザーク。さすがにシンフォニーではなかったが、スラヴ舞曲だ。また足止めされて、聴き入ることになる。東欧の民族音楽のメロディーを聴くと、条件反射的に情をゆさぶられる。日本で聴くよりも10倍ぐらい血が騒ぐ。こんなところでセンチメンタルは演歌チックだなあと思いつつ、後ろ髪を引かれる思いでそこを立ち去った。

パリの地下鉄に乗っていると、流しのジプシーが乗り込んできて演奏を始めることがよくある。間近に聞くとうるさいばかりで、決して上手くもなかったりすることが多い。しかし地下鉄の騒音の中、混んだ車内の離れたところで聞くアコーディオンの音色は心に強くしみ入り、しばらく離れない。