from パリ(たなか) – 56 - 夜の美術館と絵画泥棒。

(2010.05.31)
オルセー美術館の入口前の行列。行ったことがある人には、どれぐらいの長さだか見当がつくでしょう。
5月15日、パリは冬だった。

5月15日、パリの美術館や博物館は夜になると無料で開放される。La Nuit des Musees(ラ・ニュイ・デ・ミュゼ)という、パリだけでなくヨーロッパ中の美術館が参加する催しらしい。タダで入れるだけではなく、この日のために美術館独自の特別企画もあるそうだ。日が長くなったので(暗くなるのは9時半頃)夜中までアートを楽しもうという、いかにもパリっぽいイベントです。少し前テレビのニュースによく登場した、出来たばかりのポンピドー・センター・メッスへも行きたいなあ、坂茂が設計した帽子のような屋根は、夜になるとどう見えるんだろう。5区にある自然史博物館の動物の剥製とか、ルーヴルの古代エジプトのミイラとか、夜は怖そう、と想像(妄想)は膨らむが、一度にあちこち行けないし、もう少し早く計画を立てるんだったなあと後悔しつつ、結局のところ、深夜でも歩いて帰れるオルセー美術館に落ち着く。

そういえば、オルセーの並びにある造幣局で開催中のウィリー・ロニス(WILLY RONIS)展もまだ見てなかったし、急遽はしご計画を立てた。造幣局へ寄ってみると広い中庭で何やらイベントはやっているものの、ロニス展会場は閉鎖していた。しょうがない、こんな時でないと造幣局には来そうにないし見学してみよう。古い館内にはコインの原型レリーフを制作する道具一式や、鋳造、プレスする機械などが保存してあり、親子連れで賑わっていた。複製品の大量生産という点では版画や印刷と同じだなあと思いながら、意外に面白く勉強しました。

オルセーには6時半から無料で入れるらしく、私が到着したのは7時過ぎ。すでに、長蛇が3匹ほどの列。くじけずに蛇の尻尾に並ぶ。荷物チェックはしているようだが、いつものようにチケットを買う手間がないので、思ったより流れは早い。とはいえ、30分ほど並んで入館する。半年ぶりかなあ、来るのは。いつもの習慣で、地上階にあるクールベの森の絵の中を散歩し、次にミレーやシスレーの静かな田舎の風景を見て、ゴッホ、ゴーギャンでは村で生活する人々を見て、マネとルノワールの都会の美しい女性の肖像画を見て、このあたりでほぼ満足し、ドガのパステル画は美味しいデザートを味わうような。しかし、いつ見てもドガの描くバレリーナは今にも動き出しそうだ。初めて見るような絵があったけど、気のせいかな。その後、中2階のボナールがあるナビ派の部屋を見る頃は、そろそろ疲れたなあ、ポンポンのシロクマの前でちょっと休もう、しかし石のベンチは固くて滑りそう。東京のオルセー美術館展へたくさんの絵たちが出張しているようだが、それでも十分楽しめました。

何度も来た美術館だし、メニューにある料理を順番に味見するような見方ではなく、メインを決めて、それに合わせて前菜とデザートを決めるような、たまにはオトナの鑑賞法が出来ないものか、特にこの日はタダで入れたのだし。しかし、古本屋とか雑貨荒物屋とかに入ると、どうしても端から見て行かないと気が済まない性分はなかなか直らない。最近では体力と集中力が持続できなくなってきたので、流して見ることも出来るようになりましたが、これだって何か潔くないですね。夜の10時半から、特別イベントもあるような案内があったけど、本来ならばこれが目当てなのかもしれないのに、疲れたので帰ることにしました。
 

造幣局の中庭には、無数の星が散りばめられていた。暗くなってから行くべきだったかな。
造幣局入口はセーヌ河岸の通りに面している。ウィリー・ロニス展は残念ながら見られなかった。
シロクマよりも、後の時計に注目。もうすぐ午後10時。
夜10時半過ぎ、まだ入場者の列があった。

ところで! 5月20日、パリ市立近代美術館に深夜、絵画泥棒が侵入し、ピカソやモディリアニ、マチスなど5点の絵が盗難にあったとテレビのニュースを見て驚いた。こんな有名な絵を盗んで、いったいどうするんだろう。何度か行ったことがある大好きな美術館だし、残念だなあ、ここに来ればいつでも見られるのに、わざわざ独り占めするなんて。高い天井の、明るく開放的なスペースが裏目に出たのだろうか? この美術館は企画展以外入場無料で、広い空間でマチスの巨大なダンスの絵を一人で見たのを思い出した。

パリの美術館へ行くと、大好きな絵とこんなに間近に、一人きりで対面していいんだろうかとドキドキしながらも、心配になることが時々ある。見えないところでセキュリティを万全にし、客が自由に鑑賞できるような配慮だろうとパリの太っ腹を好ましく思うのだが。それなのにガラスを割って侵入するなんて不届きなヤツ、絵画泥棒は古い映画に出て来るような前世紀の職業で、すでに絶滅したと思っていたのに、現代の情報社会にもまだ残っていたんだ。

モディリアニの左の絵(扇を持つ女)が盗難に遭い、右側は無事だったらしい。去年行った時に撮った写真です。
市立近代美術館の、レオナルド・フジタの絵がある部屋。いつも静かに見ることができる。
マチスのダンスの絵は、大きすぎて持ち出せなかった?なんて、冗談を言ってる場合じゃありません。