from パリ(たなか) – 48 - 山笑ふ 舌も喜ぶプロヴァンス。《南仏旅行3》

(2010.04.05)
丘の麓はヴィルヌーブの町、ローヌ河の向こうにはアヴィニョンが見える。

いま週2回フランス語のレッスンを受けている。先日devoirという、英語のmustにあたる動詞の使い方を習った。授業のときアルルへ行くことをシルヴィ先生に話すと、なぜアルルへ行くの?と聞かれ、私はミモザを見たいから、と簡単に答える。すると、私ミモザ大好きとシルヴィ。そして学習中のdevoir(一人称&二人称単数でdois)を使って、Qu’est-ce que tu dois m’apporter la semaine prochaine?(来週あなたは何を持ってこなくちゃいけないのかな?)と聞かれてしまった。模範解答はJe dois t’apporter du mimosa.(私はミモザを持参せねばなりませぬ)

というわけで、南仏に行ったらミモザを探さないといけないのだった。日本の里山へ行くと梅の花があちこちに咲くように、南仏では道端や野原のあちこちにミモザの木があって、ぼわんぼわんと黄色い花が咲いているもの、とイメージが膨らむ。パリの花屋では1月からProvenceと大書したミモザを売っていたし。

南仏旅行3日目は朝から好天。バスでアルルからアヴィニョンヘ戻り、ローヌ河の対岸にあるヴィルヌーブ・レ・ザヴィニョンへ行くことにした。丘の上に修道院があるそうなので、ミモザもあるだろう、おそらく。ヴィルヌーブとは「新しい町」という意味、と言っても12~3世紀にローヌ河をアヴィニョンの橋で渡れた頃に、アヴィニョンより新しく出来た町ということらしいが。そのアヴィニョンの橋はローヌ河の度重なる洪水で17世紀後半に崩壊したまま、とガイドブックにある。

ヴィルヌーブはアルルよりさらに小さな町だ。広場から丘の上の要塞のような修道院へ坂を上る。と、人家の庭にミモザ発見。南仏で初ミモザ! でもなあ、1本きりじゃ物足りない。世田谷を散歩してもミモザの木の数本は楽に見つかるし。やっぱり、コートダジュールあたりまで行かなきゃダメなのかな。花を探しながら修道院の城門をくぐり中庭へ入ると、桜のようなピンクの花を付けた木があった。桃のような、杏のような……。イナバさんに尋ねたらアマンドだという。よく見ると木の下に、アーモンドの実が落ちていた。春の陽射しに少し汗ばみながら、城壁の中に入り物見塔の薄暗い螺旋階段を登る。ひんやりと気持ちいい。屋上に出ると眩しくて一瞬何も見えない。眼が慣れると薄青く霞んだプロヴァンスの平原が広がっているのがわかる。ローヌ河の向こうに一昨日行ったアヴィニョンの教皇宮殿も見える。俳句に“山笑ふ”という春の季語があって、木々の固い冬芽が春の陽に少し膨らみ、柔らかく色付く様子を言うのだが、まさにそんな景色だった。

小腹が空いたが昼飯の時間にはちょっと早い。丘の下にある別の修道院を見学。南仏はどこも修道院だらけだ。12時も過ぎたし、広場の近くのレストランへ入ると地元っぽい人たちで混んでいた。前菜はタプナード(オリーブの実とアンチョビを練ったもの)、メインは魚料理の2皿12ユーロの定食にする。いつもは、3人それぞれ違うものを注文するのだが、今回は全員揃った。ここんちのメニューで前菜は選べたが、メインの皿は魚poissonsと一行書いてあるのみ。日本だったら金目の煮付けとか、ブリの照り焼きとか、鰈の一夜干しとか、(あ~食べたい)魚には種類と調理法が不可欠だが、フランスでは魚と言えばタラかサーモンのことらしい。イナバさん、大味な“魚”料理だといやだなあと警戒しつつ、謎の魚料理に疑心暗鬼。しばらく待って、アタンシオン! トレショー(アッチッチだよ!)と運ばれて来たのは、熱々のグラタンだった。白身の魚は、たぶんタラかな。でも、これで12ユーロだっタラ上等!
 

記念すべき南仏ミモザ1号。丘の中腹の、古い家の門の横でひっそり咲いていた。一枝いただくわけには、やっぱりいかんなあ。
アマンド(アーモンド)の木は、あちこちに雑然と植わっていた。ミモザもこんな風だと思っていたのだが。後は修道院の城壁。
修道院の中庭にはオリーブ、アーモンド、糸杉、こんなところでのんびり昼寝すると気持ちいいだろうな。
修道院の中庭には、クロッカスやデージーみたいな白い花が咲き始めていた。
昼ご飯を食べたレストラン。
前菜のタプナードは緑のオリーブ カシスのアイスクリームが付いていた。今どきのレストランはパリでも田舎に来ても四角い皿を使う。イナバさんも私も丸い普通の皿が好きなんだけど。魚料理は待たされて写真撮るのを忘れてしまった。

再びアヴィニョンへ戻り、元教会、今博物館でギリシャの壷やローマの彫刻を見る。この3日間で一生分の古代・中世美術を見て、理由もなく賢くなったような気分。駅のロッカーに預けた手荷物を引き取り、カフェで一休み。TGVは16時発だ。念のためイナバさんチケットを出して出発駅を確認すると郊外のTGV駅! 慌ててバスに乗って移動する。旧市街にある中央駅からは10分ちょい、郊外の原っぱに突然出来た感じの新駅は魅力的な建築物だった。ゆるやかにカーブしたTGVの高架鉄道に沿った駅舎は、木とガラスで出来た細長い弓形の船のよう。明るく開放的ですごく気持ちいい。横浜の大桟橋を思い出した。日本の新幹線の、コンクリートの固まりみたいな画一的な駅のデザインも少しは見習って欲しい。

ガラス張りの待ち合い通路で、たっぷりした椅子に座って電車を待っていると、マルセイユを20分遅れて出発したというアナウンスが流れる。フランスでは日常茶飯だから驚かないが、フランス語聞き取り能力が未熟な私にとって、一人旅はまだ厳しい現実を思い知る。ところで、TGV の乗車券は座席指定だが、シーズンによって料金が変動するそうだ。さらに乗車時間帯でも違うし、予約のタイミングで早割サービスがあり、もちろんシニア割引などもあるらしい。今回の旅はシーズンオフ、アラ還ご一行様、往きのパリ発は早朝時間、パリへの帰りはなんと一等車にもかかわらず、パリ・アヴィニョン往復お一人さま154.6ユーロ、約19,000円の御会計でした。

アヴィニョンからパリまで、700キロと2000年の隔たりをノンストップで2時間40分、TGVは一気に突っ走る。7時ごろパリ・リヨン駅到着、駅前の中華料理店に入ってシュウマイと牛肉焼きそばを食べる。久しぶりの醤油味が懐かしい。なんだか、最後まで食べてばかりの旅行だったかな。でも楽しかった。イナバさんありがとう。シルヴィへのお土産は、アルルで買ったミモザの刺繍がついたラヴェンダーの匂い袋、ということで。

なお、この旅行の1週間後にフランスを季節外れの寒波が襲い、南仏では10センチもの積雪があった。地球温暖化は間違いだ、という噂が世界中に広がっているようだが……日本も桜が凍えてるとか。

TGVアヴィニョン駅(パリ方面)。右上の屋外がホーム。バリアフリーの床を上って行くと上のホームにつながる。すべてが曲線で構成されていて明るく軽快だ。
空港のロビーのような印象。ベンチや照明器具のデザインもシンプルでいい。ガラスと木と鉄の素材を生かして、質素だが贅沢な空間の演出がうまいなあ。
デッキの床がとってもリゾート気分。ホームは線路に沿ってゆるやかに彎曲している。ガラスの屋根も曲線のせいか遠近感が強調される。雨の日は大変だろうが、オープンカーに乗ったような開放感は素晴らしい。南仏は晴れた日が多いのだろう、きっと。電車は2階建て。