from バスク – 5 - サン・セバスティアン国際映画祭。

(2009.10.02)

ほぼ毎月お祭やイベントがあるといわれているサン・セバスティアン。その中でも、1月20日の聖セバスティアンの祭日(Día de San Sebastián)と8月のセマナ・グランデ(Semana Grande)と並んで最も注目の集まるイベントのひとつ、それがサン・セバスティアン国際映画祭です。ゴヤ賞、ことスペインアカデミー賞に次いで、スペインで最も権威のある映画祭のひとつで、今回で57回目を迎えました。今年は世界的な経済危機の影響を受け、例年よりも1日少ない9月18~26日の9日間の開催でした。また、映画に貢献した俳優に贈られるドノスティア賞(サン・セバスティアンのバスク語名ドノスティアに由来する)は、毎年著名な俳優2~3人が呼ばれて注目を集めますが、今年はサー・イアン・マッケラン1人だけという少し寂しいものでした。そういったこともあり、今年の映画祭は開催前から少し不安視されていました。

特設の宣伝ボードが会場前に立てられました。足を止めて映画や広告のポスターをながめている人たちをたくさん見かけました。でも、自転車専用道路の上に立てられたから、自転車としてはちょっと迷惑なんだよなぁ。
授賞式も行われたメイン会場のクルサール(Kursaal)。俳優たちが入り口に車で乗りつけ、溢れんばかりの人と歓声に包まれながらレッドカーペットを歩いて会場入りする様子をテレビでみました。さすがにその人ごみに混じる気にはなれず……。
クルサールが建つ1999年までメイン会場だったビクトリア・エウヘニオ劇場(Teatro Victoria Eugenio)。1912年に建てられ、現在でも多くの演劇やコンサートなどが開かれているサン・セバスティアンのシンボルのひとつ。隣には俳優達が泊まるマリア・クリスティーナホテル(Hotel Maria Cristina)があるので、この地区は常に人でいっぱいでした。

映画は全部で163作品あり、オフィシャル・セレクション、サバルテギ、オリソンテ・ラティノ、メイド・イン・スペインなど8つの部門に分けられました。その中からぼくは7作品を選びました。(でも1作品は遅刻して入場できませんでした…残念)ちなみに、1作品6,60ユーロ。日本の入場券から比べると安いですが、スペインの劇場映画では一般的な値段です。ぼくが観た作品の中で特に気に入ったものは、『パガファンタス(Pagafantas)』、『ノルテアード(Norteado)』、そして『プレシャス(Precious)』です。

『パガファンタス』はスペインのコメディ映画で、タイトルは「友達の域」という意味の(おそらく)造語。主人公のチェマが、アルゼンチンからやって来たカワイイ女の子クラウディアに惚れてしまうが、彼はいつまでたっても友達以上恋人未満の域から抜けられないという話。誰もが持っているお人好しでちょっと情けない部分と、主人公の姿がかぶり、自虐的な笑いを誘っていました。他の観客にまぎれてボクも「ワッハッハ」だの「キャー」だの声をあげながら観られて、とても面白い作品でした。

『ノルテアード』はアメリカ合衆国と国境を接しているメキシコの町ティフアナ(Tijuana)が舞台で、密入国をしようとして失敗した男と、ティフアナでであった女2人との話。静かな映画。BGMはたった6曲。台詞も少ない。でも、台詞が少なくても登場人物たちの心の動きが上手く描かれていました。上映後に、監督や俳優達とのディスカッションが開かれました。そこで、多くの人が手を挙げて質問をし、「私はあの場面についてこう思ったけれど、監督はどういう意図でやったのか?」という意見がたくさんでていました。これに対して監督が「台詞を少なくしたことで、観客にいろいろ考えてもらう余白を残した。観る人それぞれが自由に想像してくれていい」と述べていて、その監督の狙い通り、質問をした人々の考えやぼくの考えは異なり、それぞれの捉え方の違いを感じられた興味深い作品でした。

『プレシャス』は1987年のハーレムが舞台のアメリカ映画。16歳の少女プレシャスの家庭や学校での恵まれない環境を描いた話。舞台挨拶に現れた監督が「テーマはシリアスだが、ぜひ笑いながら観てほしい」と言っていたとおり、ユーモアがところどころに散りばめられていました。題材がシリアスな分だけ、そのユーモアや、遊び心のある映像がいいアクセントになっていた作品だと思います。この『プレシャス』は、観客の投票で選ばれる「観客賞」を受賞しました。

他に、サン・セバスティアンの料理学校を舞台にしたバスクのコメディ映画『スカルデ・コントゥアック(Sukalde Kontuak)』も観ましたが、スペイン語の字幕を読むのが追いつかず、いまいち理解できませんでした。後ろの席の家族がゲラゲラ笑っていたのは羨ましかったなぁ。3つ4つの出来事が平行して進みながらも徐々に交差していく映画で、また料理学校を舞台にしているのでアルサックやベラサテギといったバスクの有名な料理人も出演していて、また機会があればゆっくり観てみたいと思っています。

映画祭のスポンサーと放送をしたスペイン国営放送(tve)の広告。サン・セバスティアンの有名なピンチョスで映画のフィルムを表現。なるほど、アンチョビがフィルムで、パイがロールになっているのか。アンチョビがちょっと生々しいけど、このアイディアは素晴らしい!
映画祭グッズの売店。パンフレット、Tシャツ、ポスター、キーホルダー、ライターなどなど。今回のポスターにもなった9色のラインが入ったトートバックが特によく売れていたようで、街中でたくさんの人が持ち歩いていました。
無料の映画特別新聞。ディアリオ・バスコが毎日発行していて、各劇場に山積みされていましたが、早く取らないとすぐになくなってしまいました。内容は、監督や俳優のインタビュー、レッドカーペットの様子、本日の上映作品、「観客賞」の投票の途中経過などが、バスク語、スペイン語、英語で書かれていました。

最優秀映画賞にあたる「ゴールデンコンチャ賞(Premio de Concha de Oro)」に選ばれたのは、中国の作品『City of Life and Death(原題:『南京!南京!』)』でした。地元紙ディアリオ・バスコ(Diario Vasco)には、「LA CONCHA VIAJA A ORIENTE(コンチャが東洋へ旅立つ)」という見出しが大きくでていました。最優秀男優賞と女優賞は、『Yo,También(私も)』というスペインの作品の主演の2人が選ばれました。

しかし、これらの作品や俳優よりももっと注目を集めたのが、『Inglourious Basterds』のPRでやってきたブラッド・ピットでした。ディアリオ・バスコでは、開会式の様子よりも大きく、映画用の別紙で一面から7ページ目までを彼に割き、町中の熱狂ぶりを伝えていました。町のシンボルのひとつでもある太鼓(tambor)にサインをしてもらった人もおり、それも大きな注目を呼びました。開催前の不安視もブラピが吹き飛ばし、コンチャ賞が中国映画に贈られたことも話題を呼び、そしてあっという間に幕を閉じました。

期間中は、首からストラップをかけた関係者が町中にあふれ、旧市街のバルは人だらけ、俳優達の泊まるホテル前も出待ちの人だらけでした。ぼくは始めて映画祭というものに参加したけれど、とてもアットホームな雰囲気が気に入りました。家族や恋人でぷら~っと観に行って、観終わったら映画について「あーでもない」「こーでもない」と楽しそうにしゃべる。まぁしゃべり好きなスペイン人は列に並んでいる時から、映画が始まる直前、いや上映中でもしゃべっているんですけどね。開催前にどれだけ不安を言っていようとも、始まってしまえばやっぱりみんな楽しんでいました。そして、サン・セバスティアンの映画祭が終わったと思ったら、もう次はビアリッツのラテンアメリカ映画祭が開催したようです。