from 北海道(道央) – 47 -  建設業の異業種参入。地域に根ざしつつ、世界に羽ばたく「サフォーク」を。

(2011.02.07)
「かわにしの丘 しずお農場」。夏場には、モンゴル「ゲル」の中に羊毛が敷き詰められ、子どもたちが楽しく遊ぶことができる。

こんにちは。
北海道(道央)を担当しているワイン文化史研究家・渡辺幸宏です。
今回は、北海道(道北)のコーナーから、士別で新たな「羊」に関する取組みについて、ご紹介させていただきます。
 
二つの「しべつ」。

北海道には「しべつ」という名称の街が2つ存在します。

旭川市から54km(車(高規格利用)・JR(特急利用)、どちらを利用しても約1時間)北上した地点にある「士別市」。上川管内に位置しています。北海道で「屯田兵制度」が存在した最後の兵村として、1899(明治32)年に約100戸が入植し、1902(明治35)年に「士別村」が生まれました。この「しべつ」という呼称は、アイヌ語の「シベッ」=「大いなる川」によるものと言われています。
 
一方、もう一つの「しべつ」は、道東・根室管内にある鮭の町「標津町」。「しべつ」という呼称は、士別とまったく同じアイヌ語の「シベッ」。1879(明治12)年が町の開基とされることから、道北の「士別」より多少歴史は古いということになります。道東の標津町にはトドワラで有名な「野付半島」があり、北海道内では自分のお気に入りの「景観」を誇る町でもあります。
 
この2つの「しべつ」を区分するため、道北の「士別」は「サムライ士別」、道東の標津は「根室標津」と呼び、放送などでも両者の混同を防ぐようにしています。

士別市の「かわにしの丘」から眺める雪に覆われた景観は、「凍てつく大地」の底知れぬ魅力を我々に伝えてくれる。

 

数ある羊の中の「サフォーク」。

士別市では、1967(昭和42)年に100頭のサフォークがオーストラリアから輸入されたことを契機として、生産農家が誕生しました。それから「羊の町」を標榜していた士別市ですが、多くの農業経営を基幹産業とする町同様、後継者不足の問題から「廃業」を余儀なくされる事態に陥りました。
 
中世にノーフォークホーンの牝とサウスダウンの雄をかけあわせて誕生した、この「サフォーク(Suffolk)」。サフォーク自体、イングランド東部にある行政州(埼玉県とほぼ同じ面積3,801km2)で、このサフォークを原産地としている「羊」。

「羊」には様々な種類があり、最も品質の高い羊毛を提供すると言われる羊は「オーストラリア・メリノ(Australian Merino)」。メリノは食用にも用いられているし、ニュージーランドでは飼育頭数の約90%を占める「ニュージーランド・ロムニー(New Zealand Romney」。調べれば1,000を超える種類の「羊」たちが、世界には存在しています。
 
 北海道での「羊」飼育については、以前の記事「滝川で『羊』料理を召し上がれ!!」に掲載しておりますので、こちらも参考にしてみてください。

ちなみに、当初ロムニー種が主体だった北海道の「羊」ですが、現在はサフォーク種が主流となっています。そのような状況の中、2005(平成17)年7月、士別市は「サフォークランド士別プロジェクト」を立ち上げ、サフォークのブランド化を目指し、飼育技術の研究や販路拡大を進めています。
 

産まれたばかりの子羊が、母羊にお乳をせがむ。
しずお農場で飼育されている「サフォーク羊」たち。「羊が1匹、羊が2匹」と数え始めると、本当に眠気が襲ってくるものだ(笑)。

 

高級牛に匹敵するとの賞賛を受ける。

士別市の建設業で名を馳せる「しずお建設株式会社」さん。

日本全国公共事業の減少によって、建設業は極めて厳しい経営環境にあるようですが、現在社長から会長になった佐藤静男(さとう・しずお)さんの理念は、「ただリストラという名のもとに、安易な人減らしをせず、今まで培ってきた農業土木の技術を最大限活かし」、いわゆる建設業の異業種参入に積極的に取り組まれています。
 
現在は、娘さんの今井優子(いまい・ゆうこ)さんが会社を率い、御主人である今井裕(いまい・ゆたか)さんが「かわにしの丘しずお農場株式会社」を任され、二人が力を合わせ、プロジェクトがスタートした翌年(2006年)に、地元の農場などから60頭の羊を譲り受け、現在では約700頭の羊を生産するまでに至っています。
 
士別の「しずお農場」は、わずか数年の間に全国に名前を轟かせるに至りました。

しずお農場で生産された「士別サフォークラム」は、昨年(2010年)11月に横浜で開催された「APEC JAPAN」で、アメリカのオバマ大統領、中国の胡錦濤国家主席など、各国首脳に振る舞われ、さらにホテル日航大阪のフランス料理レストラン『レ・セレブリテ』などでも提供され、ANAの海外路線の機内食にも提供されるに至っているほど、まさにその「臭みのない肉質」と「高級牛並みと言われる口どけの食感」が評判を呼んでいるのです。
 

左がモンゴル「ゲル」、写真中央奥には、羊が飼育されている施設などが並ぶ。
温厚な面持ちの今井優子さん。『レストランμ』にて。

  

「地域」とともに歩む。

「地元の皆さん方にも、気楽に「士別サフォークラム」を食べてもらいたい」と、2008年11月には士別・かわにしの丘に『レストランμ(ミュー)』をオープン。

今井優子さんは「最初は私が調理していたのですが、やはりプロの方にお任せすべきと考え、今は旭川出身のシェフに調理をお願いしています。また、自社農園のトマトや野菜類も含めて提供し、地元・士別の魅力を多くの皆さんに知っていただきたい」と、目を輝かせながら語ってくださいました。
 
「羊肉が嫌われる原因の一つとして、“臭い”の問題があると思うのですが、冷凍技術の問題を解決することが必要と考え、CAS(Cells Alive System=キャス)という細胞を生かしたまま冷凍する技術を導入することにより、高級牛肉のような味わいを本州でも提供できるようになったのです」とも。
 
また、現在では「士別サフォークラム」を気軽に食卓で食べていただくことができるよう、「食をテーマにした産学協同」事業として、東京駒込にある栄養女子大学さんと協同し、「しゃぶしゃぶ肉」としての販売もスタートさせました。
 
「地域を大切にする」という気持ち。「父・静男は、町に甜菜の加工工場があるのですが、自社農場の甜菜作付量を増やすことを考えているようですが、TPPの動きによっては、高関税品目でもありブランド化による商品差別化が難しい「砂糖」は厳しい条件に置かれると思うのですが、品目別のTPP導入などどなたが考えていただけるのか……」と、優子さんの心配は尽きない。
 
地域経済を守るということと、世界経済の動向とのバランス。「質の高い製品」を提供しつつも、「地域との調和」を考える姿勢に、北海道の北にある士別において、最後の屯田兵村の「サムライ(侍)精神」を教えていただいたように感じた、今井優子さんとの大変有意義な対談でした。

ランチの前菜。手前から時計回りに、「野菜のグリル」、「パルミットとタコのマリネ」、「ユリ根と鶏肉のテリーヌ」、「羊のハツ」。新鮮なタコの柔らかな食感、初体験の羊のハツなど、これから登場する料理に期待が膨らむ。
押麦入りミネストローネスープ。
滅多にお目にかかることのできない「サフォークのレバー刺し」。癖がなく、2種類のソースでお好みでいただける。
スパゲティ帆立とフレッシュトマト入り大蒜アンチョビーオイルソース。
手打ちパスタ農場ジャガイモ入りサフォークラグーソース。
メインの「サフォークの赤ワイン煮込み野菜添え」。確かに羊肉特有の臭みがなく、とても柔らかに煮込まれていて、絶品。

 

『レストランμ』2階のホテル。供用スペースは、こぢんまりとお洒落に。PCや羊の小さな置物などが置かれていた。
ホテルの「部屋」の一室を拝見。清潔感に溢れ、窓からは満天に煌く星々が、室内へと降り注ぐ。ちなみに、各部屋にはロフトが設置されていて、大人数での宿泊も可能。あくまで「1室料金」ということなので、大人数で宿泊するとリーズナブルに。