from ミュンヘン – 8 - 全ては最高級のカーフレザーのために。

(2010.11.22)

ドイツはご存知のように環境大国です。それゆえ国内メーカーは高い環境基準への対応が求められています。先日、革産業の現状や水環境への対策などを伺うためにミュンヘン近郊にあるタンナー(革なめし工場)の「ペリンガー社(Ludwig Perlinger GmbH)」を訪れ ました。迎えてくれたのは5代目社長のUlrich Perlinger(ウルリッヒ・ペリンガー)さん。今回はこの社長さんの「カーフレザー」へ掛ける熱い思いをレポートしたいと思います。
 

5代目社長のUlrichさん、年内には敷地内に新オフィスができると嬉しそうに話していました。

 

現在のヨーロッパの革産業をとりまく環境。

1900年代にドイツではカーフ(生後6カ月以内の子牛の革)のタンナーが120~130社ほどあったのですが、その多くは1960年代に廃業していったそうで、今ではペリンガー社の1社だけ(注1)となっています。今年の3月にも仏大手のタンナーが行政監督下での民事再生手続きが開始されましたが、残念なことにこういった危機的状況はドイツだけではなくフランスやイタリアなど欧州の革産業全体でも見られます。

Ulrichさんは「素材の仕入れ値の上昇が各社の経営を苦しくしている。これは小規模な酪農家の廃業など環境変化に伴い子牛の原皮が手に入りにくくなっているからだ。それに革のなめしには長年のノウハウの蓄積が大切なため、新たにタンナーを始めることはとても難しい。」と話す。ペリンガー社も例外でなく、1990年代に一時的だが連邦政府から補助金を受けたことがあると言い、ヨーロッパのなめし産業を取り巻く環境は風向きが良いとは決していえない。

(注1:カーフでない成牛革を製造するタンナーは現在でも20社ほどある。ワインハイマー社(Weinheimer)も良質なカーフタンナーで有名だが、現在は製造がポーランドとなっているため、ドイツで生産された革という定義ではペリンガー社のみとなる。)

 

最高級のカーフレザーの工程。

今回伺ったペリンガー社のなめしの工程を簡単にご紹介しましょう。

1.仕入れ
1864年に創業したこのタンナーで作られるカーフはフランスの某有名メゾンへ納入していることもあり世界最高峰のクオリティを誇ります。高いクオリティを保つために、南ドイツを含むアルプス地方で育てられた赤牛の原皮を社長さん自らが一枚ずつ厳選して仕入れているそうです。生後6カ月以内といっても、実際に扱っているのはさらに若いベビーカーフが多いそうで、なめした直後の革の感触はとてもしなやかなものでした。

2.下処理
塩漬けにされた原皮から毛などの表皮、脂肪や汚れなどを取り除く作業。最近は毛が残った原皮から仕入れるタンナーはドイツではほとんどなくなってしまったそうです。「皮は自然のものだから傷や血管のあとなどあって不揃いなので完璧を求めてはいけない。だから私たちがなめす過程では人的なミスでクオリティを下げることは絶対にないように心がけている。」と言います。こういった下処理も革のクオリティを保つために必要な工程です。
 

作業は朝7:30から開始。この下処理で余分な部分が取れる。

 

3.クロムなめし
一般的になめしにはクロムなめしと植物タンニンなめし(注2)があります。ペリンガー社ではクロームなめしを行っています。近年の技術の進歩によって世界的には24~40時間でなめすのが一般的になっていますが、このタンナーでは150時間を掛けてゆっくりなめしているそうです。革は96%のプロテイン(皮革)と4%のクロムの結合でできますが、時間を掛けて休ませながらなめすことでクロムとプロテインがよく定着したしなやかな革ができあがるのです。社長さんは「短時間でなめされた革とのクオリティの違いは表面だけでなく内側にも現れる。長年使うことでその違いを感じてもらうことに価値を置いている」と話す。

(注2:植物タンニンなめしも同様に廃水がでるので、どちらが環境に良いということはない。)

 

ドラムでなめされた革は薄いブルー色をしている。社長自らがさらにアイテムごとに選別をしていく。

 

4.染色
クロムなめしが終わると、注文が入るまでストックします。そして顧客の注文ごとにカラーレシピを変えて染色していきます。この工程では中までしっかり色が入り込んでいるかどうか、そして均一に色が広がっているかが重要になります。黒のボックスカーフ以外にも色鮮やかなカラーのサンプルを見せていただきましたが、オレンジやブルー、パープルなどとても綺麗な発色をしていました。
 

研究室で新たなカラーレシピを何度も試す。ほとんどがドイツ製の塗料を使用している。

 

5.乾燥&仕上げ
染色が終わると革が縮まないように、全方向からクリップで引っ張りながら乾かします。そして、艶を出す場合には専用マシンを使用してアイロンを掛けます。最終的な革の目的に合わせて乾燥方法(マシンや自然乾燥など)を使い分け、最適な状態に仕上げていきます。最後に革の表面を均一にするために何度か仕上げ剤を吹きかけてようやくカーフ革ができあがります。
 

仕上げの段階ではとても美しい艶が見えてきます。

 

ドイツの高い環境基準。

ドイツは欧州の中でも特に環境意識が高い国で、近年は太陽光発電、風力発電などの分野に官民一体で取り組んでいます。水環境への取り組みも例外でなく、1980年代以降、多くのタンナーでは、各州(ペリンガー社の場合はバイエルン州)の監督のもと、365日休むことなく水質管理と報告が義務付けられています。州政府による抜き打ちチェックもよくあるそうです。

ペリンガー社からクロムなめしの過程で出る廃水(注3)は年間で20,000㎥ほど。この廃水処理は小規模の経営であっても大変な負担です。それでも社長さんは、「水処理はタンナーにとって大変な投資だが、私たちは政府の基準よりはるかに低い数値を出している。むしろもっと低い数値を基準とするよう政府に働きかけている。」と言います。ペリンガー社の廃水処理では、はじめにフィルターをかけて漉した後、3~6日間ほど寝かせて沈殿物と水を分離、その後バクテリア分解で浄化しています。さらにこの工程を4回ほど繰り返し行うことで川に戻しても問題のない水質になるとのことでした。

(注3:クロムと聞くと毒性が高いように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、毒性が高いのは六価クロムで、このタンナーで使われている三価クロムに毒性はありません。)

 

地下4mに大きなタンクがある。この槽では上澄みだけを次の槽へ移す。
茶色いのがバクテリア。最終工程では透明な水になる。透明度以外にもPhバランスが大事。

浄化対策は廃水だけでなく端材に対しても行われます。加工の段階で、革は注文に応じた厚さにシェービングされたり、成形のためにカットされたりしますが、それらの端材にもクロームが含まれているため、適切な処理が必要となります。ここではそれらの端材をリサイクルすることで環境に優しいシステムを確立しています。
 

お客さんの注文に応じて均一にシェービング。その誤差わずか1.2m以下!
製品とならない端部分はカットする。集められるとものすごい量となる。

日本との取引。

事務所で25種類ほどのカーフのサンプルを見せてもらいましたが、ボックスカーフやスエードなど同じカーフから作られたとは思えないほどバラエティに富んでいました。ぼくは個人的に色々なタンナーの革を見たことがありますが、クリスペルカーフと呼ばれるボックスカーフは間違いなくトップクラスのクオリティでした。日本ではこのクリスペルカーフのほかに、薬剤で表面を縮めたジャーマンシュリンク(シュランケンカーフ)などに人気があると思いますが、社長さんは「顧客によって要望が異なってくるので、どの種類の革を特別に薦めるということはない。日本は私たちにとって大切なマーケットで年1回ほど訪問しているが、少量多品種での注文が多いので商社にとりまとめてもらっている」と話していました。
 

仕上げの工程を担当されていた従業員の方と社長を囲んで。従業員は全員ドイツ人だそう。
クリスペルカーフ、見事な光沢をしている。

社長さんには小学生の息子さんがいらっしゃるそうですが、次代を継がせるかは息子さんの判断に任せるといいます。ぼくの勝手な願いですが、是非ともこの息子さんにこういった最高峰の技術を途切れさせることなく受け継いでもらいたいです。

 

ペリンガー社HP:http://www.perlinger-leder.de/