from パリ(たなか) – 73 - ヴァンダンジュの葡萄ジュースで乾杯。

(2010.09.27)
一年ぶりに使う圧搾機の樽に、実を詰める。簡単な構造だが知恵と文化が。

9月になって、パリは晴れた日が続く。午後は25度くらいまで気温が上がる日もあるが、朝はセーターが欲しかったりする。パリも東京も、今年は異常な夏だったが、それでも季節は巡り、楽しい実りの秋の到来ですね。パリ郊外、バニューにある稲葉さん家の庭の葡萄がほどよく熟したそうなので、週末の午後、摘み取り作業に出かけました。庭のテラスの棚にも可愛い葡萄が実っていて、まあこれを収穫するのだったら観光気分の葡萄狩り。しかし、この日の葡萄摘み(狩り、ではなく)は、家の壁を2階の屋根まで這い上がり、その勢いで隣りのガレージの屋根まで、まるで龍のようにのたうっている大物で、根っこは葡萄の木とは思えない大木。しかるに、2階の窓からガレージの屋根の上に出て、しゃがんで摘み取らなくてはいけない。
 

龍のような葡萄の大木は、壁を斜めに伝って2階の屋根まで登り、さらに……。
テラスの葡萄棚にも赤い葡萄が実っていて、これなら背伸びして一人で出来るかな。

ワイン作りでは葡萄収穫作業のことをヴァンダンジュvendangeと言うそうだ。頃合いを見て、季節労働者なども加勢して、一気に摘み取らなくてはいけないらしい。本日の労働者は、稲葉さん(監督)と、私、細木さん、暁子さんの4名。めいめいが剪定鋏と収穫用の袋を渡されて、いざ屋根の上へ。茂った葉の下を探って、房が付いた小枝ごと切って、剪定も同時にやってしまいましょうと監督の指示。葡萄の実は、その年に伸びた枝に付くそうで、枝を伸ばし放題にしておくと木が弱るらしい。はじめは房の一粒も落とさないように、おそるおそる慎重に、やがて虫が付いた房や熟しすぎた房は、枝ごと捨てるほど大胆に。ときどき口に入れると、甘い! そのうち、手は果汁でべっとり濡れるし、時々起き上がって腰を延ばさないと固まってしまうし、写真も撮らないといけないし。
 

ガレージのスレート屋根の上に黒い葡萄がびっしり。
房は小さめだが味は濃い。今年は豊作らしい。
葉の下に隠れている房を、残さず摘み取る。剪定も同時にやってしまおう。
下の道路を通る人が、時々声をかける。収穫、楽しそうだね。

4人で小一時間ほど摘み取りをして、監督からそろそろ終了の声がかかる。まだ龍のような木の4分の1も摘み取ってないし、だんだん作業にも慣れてきたのでもう少しやりたい、しかし用意した紙袋は葡萄で破れそうにいっぱいだ。収穫した葡萄(重い!)をテラスまで運んで、次は絞りの工程へ行きます。まずは、房から実をほぐす作業。一度手が汚れてしまうと、もう何でも平気というか、子どもの工作の時間みたいな楽しさ。ぺちゃぺちゃ、べたべた、爪の先まで紫色。あたり一面の甘い香りに、ミツバチも寄ってくる。葡萄の房にはテントウ虫とかクモなんかも付いているので、注意深く取り除かなくてはいけません。完熟した柔らかい実の房よりも、ちょっと固めの房の方が実をほぐしやすい。左手で房を掴み、右手を斜め45度に回転させながら、潰さない程度にしごくとホロホロ落ちる。暁子さんは、トウモロコシの実をほぐす時のコツを思い出したそうだ。私はイクラの醤油漬けを作る時に、筋子をぬるま湯でバラす作業を思い出した。この工程を徐梗(じょこう)と言うそうだが、まったく女工哀史だ、今の人はこの駄ジャレわからないか。みんな無口になって黙々とそれぞれの担当の仕事をこなす。いや、熱中しました。
 

桶に3杯と、紙袋に4個、収穫した。置いとくだけで、重みで果汁がしみ出す。
しゃがんで作業するのは堪えるので、椅子に座って。しかしいつ終わることやら。

いつのまにか絞りの工程は自然に分業化が進み、私と暁子さんは椅子に座って房の茎と実をほぐす作業、稲葉さんと細木さんは圧縮機の担当。木の樽にほぐした葡萄の実を入れたら蓋をして、回転棒をゆっくり回して圧搾すると、じゅわーっとジュースがしみ出してくる。茎が付いたままだとうまく圧搾できないし、渋みも混ざるらしい。最初は実を入れすぎて、完全に絞りきれなくてカスが残り過ぎた。一回に絞る量を減らして調整しながら、何度かやるうちに熟練してくる。それにしても、1リットルのジュースを絞り出すのに、なんと多くの廃棄物が出ることか。ジャムでも作りたい気分だが、今はそんなこと言ってる場合じゃない、とにかく実をほぐさないと。作業の途中で、絞りたてジュースで乾杯しました。濃い!うまい!しかし、房はなかなか減らない。こんなに収穫するんじゃなかった。実を摘むのより、絞る方がたいへん。たらいにでも入れて裸足になって踏んじゃおうかなんて思った。でもあれは女性の足でやるからいいのか。
 

蓋をして、ゆっくり絞ると赤い汁がしみ出して、感動の一瞬。
皮と種と実が残る。捨ててしまうのはもったいないから、ジャムにでも……。
絞りたて、無添加。ちょっと緑臭いが糖度は高い。自然はえらい。
何度か絞るうちに、感動も農作業に変る。樽もジュースに染まって葡萄色。

日没前に農作業を終了して、馬乳亭主人(稲葉さん)特製、窮極(究極ではない)のカレーライスをご馳走になりました。和風エスニックなカレーの味がなつかしく、お替わりする。細木さん持参のワインと、暁子さん特製ゴーヤケーキと、私は朝市で買ったアラブ菓子。飲んで食べて、収穫の秋から食欲の秋へといつのまにか突入。ごちそうさまでした。お持ち帰りしたジュース、毎日飲んでいます。牛乳のムース(生チーズみたいな)を食べながら飲むと、なかなかです。醗酵する前に飲んでしまわないと。ちなみに稲葉家の葡萄の品種は不明(レザンコニュles inconnues)だそう。
 

本日の成果はペットボトル5本分と、きょう飲む分。庭のクルミも落ち始めた。
桶に3杯の葡萄が残った。手前には大量の搾りかすが残った。