from パリ(たなか) – 36 - サン・シュルピスのポンピエ(消防士)と教会のオルガン。

(2010.01.11)
サン・シュルピス教会の左の塔は、長いこと工事中。この写真は、ノエル市の時のもの。

去年の暮れのこと、ビビビーと玄関のベルが鳴った。配達物が届く予定はないし、友人だったら電話ぐらいして来るだろうし、いったい誰かなあ、管理人のおばさんかなあ、それにしても何の用事だろう? いろいろ考えを巡らしていると、もう一度ビビビーッ。古いアパートだから東京のマンションみたいに画像付きのインターホンはないし、しょうがない、開けてみよう。

ドアを開けたら、すらりと背の高いイケメンが立っている。日本人が出たのが彼にとっては意外だったのか、一拍おいて、しっかりした口調で用件を切り出した。もちろん、フランス語で。言っていることの5分の1もわからない。しかし、そこは勘を働かせてあとの5分の1をカバーして、(それでも半分にもならないが)なんとか彼が訪問したコンセプトは理解できた。詳細は不明だが。言葉が不自由だと、まるでクイズの世界だ。
 

6枚綴りの2010年カレンダー。壁掛け式だが、一体どこに掛ける?
1月11日はS.Paulin 、2月14日はもちろん S.Valentin それにしても、消防士のヘルメット、かっこいい。

彼は消防士で、新年度のカレンダーを販売に来たのだった。以前イナバさんから、年末になると消防署や郵便局からカレンダーというよりは、日本の暦みたいな、大安、仏滅の代わりに、365日どんな聖人の日かを記したものを配りに来るので、心付けを渡す習慣があるという話を聞いたことがあった。彼はカレンダーを小脇に抱えていた。体育会系の鍛えた体、キッパリした物言い、消防士に違いないと判断して話を聞くと、少し話の筋がわかる気がした。これは近隣のおつきあいだし、いつ消防のお世話になるとも限らないし(あまりなりたくないが)、これも国際貢献、よし買ってあげようと、共同募金は嫌いな私だが、決心したら余裕で話が聞けた。ところで、いくらなの?と、これは覚えたてのフランス語がちゃんと出た。消防士は、5€でも、6でも、7でも、10でも……あなたが決めてください、みたいなことを言った。

そう言われても相場がわからん。妥当な額はいくらだ? 安すぎるとバカにしてるみたいで、日本人の評判を落とすし、高すぎるのも私の趣味じゃない。最低が5€なのかなあ? こないだ本屋でお土産用に買った小さなカレンダーでも6.6€したし、彼が手にしてる6枚綴りのカレンダーは大きいし、悩むなあ。悩みながら、ちょっと待って、とこれもフランス語で(調子出てきた)言って財布を取りに行き、中を見たらちょうど5€札があったので、咄嗟に彼に渡した。消防士はきちんと挨拶して帰った。

たまたま、消防車が出動した時に撮影したもの。後に付いてるホース巻き取りみたいな道具が、妙にアナクロだ。このあたり、有名ブティックが多い。消防車の陰はアニエス・ベー・オム。

別の日、買い物に行った帰りにレンヌ大通りのサン・シュルピス駅あたりを歩いていたら、街頭でカレンダーを売っている青年がいる。ちらっと手元を見たら、こないだ買ったやつだ。件の消防士ではないと思うが、こんな所でも売ってるんだ。そういえば近くに消防署があったのを思い出した。いざ、って時はここから消防車が来てくれるのかなあ、なんて、私パリ6区の住民だし、カレンダー一枚で親近感を覚えてしまった。パリでは7月14日(革命記念日)の晩に、今でも消防署の中庭でダンスパーティをする習慣が残っているらしい。消防士は女性に人気だ、みたいな話もイナバさん、してたかなあ? そういえば、カレンダーの5€は、どうやら妥当な額らしかった。
 

教会入口の真上にあるパイプオルガン。時計はいつも12時を指している。つまり、止まっている。この教会には、正確な日時計があるらしいので、問題ない?
正面の祭壇。この教会にはドラクロアの絵もあるが、暗いし、黒っぽいし、なんだかよくわからない。

また別の日曜の朝、消防署近くのサン・シュルピス教会へ行った。私は長崎生まれだが、祖父は寺の出だし、キリスト教徒ではないのだが、教会でオルガンの前奏曲に始まる礼拝の儀式を見ていると、なんだか信者になったような錯覚を覚える。後奏曲も終わり信徒たちも大半が帰ってから、オーディションAuditionと呼ぶオルガン独奏が始まった。これを目当てに来たのだが、3曲、20分ほど。フランス人作曲家の近代の曲だった。頭の上から、文字通りシャワーのようにオルガンの壮大な音が降って来る。地鳴りのような低音から、優しい高音まで、音にまみれていい気持ちだ。パイプオルガン1台でこんなに多様な音が出せるなんて素晴らしい。演奏が終わって、つい拍手が出る。ここは教会なのだが。プログラムを見ると、別の日曜日にはバッハのプレリュードもあった。先日のノートルダムのミサ曲と違って、ここは無料だ。毎週日曜の朝、通おうかな。満足して教会を出ると、シベリア寒気団に不意打ちされた。寒い!