from パリ(たなか) – 75 - アトリエ開放と、中華街までの遠足。

(2010.10.11)
天井裏まで4層くらいある広大なアトリエ。使い込んだコルビュジェのソファが無造作に並んでいる。作品も立派だった。

パリでは5月と10月頃に、アトリエ開放と呼ばれるイベントがある。アーティストが制作場所である自宅アトリエをオープンにして、近隣の住民や芸術愛好家に作品を見てもらい、即売もしたりする催しで、区ごとに、週末に開催されることが多い。去年の秋には、18区のモンマルトルや、19区のベルヴィル界隈のアトリエ見物に行ったが、なかなか面白かった。今年の秋の第一弾は9月末の日曜日、パリの南、イヴリー・シュル・セーヌ市のアトリエ開放を見学することになった。引率は細木さん、同行は稲葉さんと私、途中で暁子さん合流予定ということで、午後4時に地下鉄7号線終点のメリー・ディヴリー駅付近のギャラリーに集合。

イヴリー・シュル・セーヌ市は、東京で例えると川崎みたいな市だろうか、パリにすぐ近く、工場や広い国鉄操車場などがある典型的な郊外の街。近年の産業構造の変化で、セーヌ沿いに残った小工場跡や倉庫群が無人の廃墟とならないように、市は数年前に建築物をアトリエの集合アパートに改造し、アーティストを呼び込んで芸術村を作り上げたそうだ。アトリエ開放の面白さは、アート作品を見ること以上に、アーティストの制作現場や生活空間を覗き見する誘惑の方が強い。リノベーションされた建物はなおさら興味深い。

工場や倉庫の跡だから、天井は高いし、アトリエに必須の天窓が取れる。版画用の重いプレス機だって余裕で置けるし、彫刻や大画面のペイントなど汚れる作業も問題ない。広いアトリエの隅に洗濯機があったり、キッチンがちょっと見えたり、リビングの壁に出来立ての絵が掛けてあったり、制作中のデッサンが無造作に置いてあったり。アーティストの住まいにずかずかと入って行き、リビングでスナックをつまみ、飲み物もいただいて、作品を見ながらテラスへ通り抜ける不思議な体験。広い庭では主人らしき男性が仲間とワインを飲んでいたり、近所の子どもがワッフルを焼いていたり、ガレージセールがあったり、なんか美大の学園祭という印象かなあ、お祭りみたいに楽しく懐かしい。

肝心の作品だが、プロとしてちゃんと食べて行けるんだろうかと、少し心配になるくらいの、これも美大生プラスαレベルかなあ。スゴいと思った作家は、ひとりふたり、くらい。制作環境が良すぎて、作品の創造意欲がゆるくなりすぎてるんじゃないだろうか……、なんて余計なお世話か。

市の広報が作ったらしい立派な案内地図(A2表裏カラー印刷)を見ながら、元ビスケット工場(細木さんの話)や、ミルク工場、種苗倉庫などを改造した集合アトリエ群を中心に2時間ほど見て回った。申し訳ないけど、作品鑑賞よりもアトリエの居住空間を中心に探検する。部屋は広い、散らかしっぱなし平気、窓は大きい、テラスあり、庭の緑は深い、あちこちに余裕のスペース、建物は古いが質実剛健な鎌倉建築みたいな雰囲気があるし、こんな所に住んで制作できるんだったらアーティストも悪くないかも。(そんな甘いもんじゃありません)実は去年の春に、パリでオフィス兼アパートの賃貸物件を探していた時に、ここのアトリエも候補として見に来たことがあったので、妙な親近感を覚えるのでした。もしかしたら、ここに住んでいたかも。

オープン・アトリエの前庭ではガレージセール。子どもが店番して楽しそう。
地図を片手に、オープンしてるアトリエを巡って行く。
木造レンガ作りの倉庫に外廊下を取り付けて、3階建て校舎のような集合アトリエ群。
きょうは部屋中の椅子をテラスに出して、見物客を迎える。
高い天井の広々とした空間、作品も比例して大きくなる。冬は寒いんだろうな、きっと。
天井に工場の跡が残っている彫刻家のアトリエ。
地下室があったり、石畳には工場時代のレールが残っていたり、雑然とした植栽も居心地がよい。
コンクリートの壁面や丸い窓は、改装したのかなあ。
板壁の羽目板が日本の酒倉みたい。自転車置き場の小屋にも写真作品が展示してあった。

4、5棟の工場アトリエ群を2時間ほど見て回ったあと、駅近くのギャラリーへ戻り、細木さんの友人でもあるアーティストの作品を仕上げに見る。これまで見てきた作品とは全くレイヤーが違う。なんか形而上的と言うか、うーん、現代美術は説明して解るものでもないし、でもスゴい。

ここで暁子さんと合流、美術の授業の次は、家庭科実習、じゃなく中華街まで遠足です。メリー・ディヴリーから北へ、パリの外環道路を超えると13区、トラムが走るポルト・ディヴリーまで30分ほど歩いただろうか。地下鉄2駅ぶんと言うので付いて行ったが、パリ都心の5駅ぶんぐらいはあったよ、騙された。細木さんと稲葉さん、大学でワンゲル部だったそうで、歩くのが早い。私は高校で山岳部、ちょっと遅れ気味。でもパリへ来てから、よく歩くようになった。コレステロール値が下がったのはそのせいかな、これから内蔵系の料理を食べに行くのだが……。

中華街のイヴリー通りをちょっと入ったところにある『天天旺(Chez Dong)』という細木さん推奨の店へようやく到着、腹ぺこ。きょうは4人だから、注文に冒険できるぞと全員メニューを見て意気込む。まずは牛の胃にラー油かけ、ピリ辛だがコリコリと噛むほどに甘みが出る。つぎ、豚の血を固めてスライスしたのとニラ炒め、レバーをあっさりしたような淡白な味と感触、いくらでもいけそう。そして定番、羊肉の串焼き唐辛子まぶし、一人二本じゃ足りなくない? さらに水餃子は噛みごたえむちむち。まだまだ冬瓜と三枚肉の炒めは、さくさく薄味。さて本日のメイン、ウサギ鍋は山椒がぴりり、唐辛子がきーん、キクラゲとエノキも入って、煮立ったらご飯にぶっ掛けます。ロゼとビールとサンペグリーも取って、4人で割り勘22ユーロ! 言うことありませんね。満腹で店を出て、トルビアック通り角のカフェで休んで、美術の復習をして、解散。さすがに帰りは地下鉄で。
 

牛の胃のラー油かけ。見た目ほどエグくはありません。
薄い肉を串に巻き付けるようにして、こんがり焼いてある。
火をつけて10分ほどで煮立ってくる。これで2人前かなあ。
レバーよりあっさり淡白な味。