from 香川 – 12 - 『瀬戸内国際芸術祭2010』男木島編 II 海が記憶している風景。美術家・高橋治希さんの作品に迫る!

(2010.10.12)

前回に引き続き、男木島からお届けしたいと思います。
四国の香川県高松市沖の瀬戸内海に浮かぶ直島諸島の1つである男木島。島の南端の山斜面には、数多く建てられた家々の集落が、重なり合うように密集して立ち並んでいます。その隙間を細い路地が迷路のように張り巡らされ、路地や石垣、空き地や廃屋を利用して現代アートの作品が点在します。

作品に導かれるように、坂道を上って行くと、男木島の風土を生かした作品が次々と目に飛び込んできます。やがて、1軒の民家の入り口にたどり着きました。酷暑が続く毎日ですが、作品を一目見ようと家屋外の路地にまで、多くの人が並んで待っています。

高橋 治希 『SEA VINE』

そこは、高橋治希さんの作品『SEA VINE』が展示されてある場所です。

作品を鑑賞する為に、順番を待ち玄関から靴を脱ぎ家の中へ入ると、そこは別世界です。瀬戸内海を望むと、窓から入ってくる陽光と、海から反射した陽光に照らされキラキラと輝くように見える作品。外の海から連なる連続性を帯びた光景の中に、瀬戸内海の水しぶきが窓を越え、飛び込んで来たかのようにも見えます。室内全体を広く使い天地左右に表現する様は、雄大かつ生命のエネルギーを感じさせます。

 

島でのインスピレーション

2009年12月に、瀬戸内国際芸術祭への出展依頼を受け、構想・制作に取りかかったという高橋さん。

初めて瀬戸内海に浮かぶ男木島に訪れたときの、最初の印象を伺ってみました。

高橋さんは、「男木島に最初に訪れた時、海や風が様々な風景を運んでくるような感覚を受けました。それは、男木島ならではの地形が影響したのではないかと思います。平地が少なく傾斜に集落が重なり合うように密集し、その隙間にある細い路地を上へとのぼっていくと、遠くまで一望できる海が広がる風景と同時に、細い路地が「きゅっ」と空間を閉めているような感覚の連なりの反復が、強さを保ちつつ広がりのある世界を作り出しているように感じました。」

高橋さんが考える『環境』とは、自分と切り離された他者ではなく、自分を含む周り全体の在りようであり、他者の時間や記憶・感情と結びついたものです。訪れた人が呼吸のようにゆるやかに、自分の記憶や感性などと結びついた『環境』にしていく作品にしたいと考えて、作品の制作にあたられたそうです。

 

『SEA VINE』

空家を生かした作品の1つ『SEA VINE』は、家屋内に、海に面して大きな窓が1つあります。瀬戸内海からの波が室内に押し寄せてくる波のような形を表現しており、幅約4m×奥行き約7mの焼き物の形ができています。

1つ1つのパーツは、すべて九谷焼の白磁で、植物の枝葉、花の形でできていて、とても繊細で、絵がすべてのパーツに施されている姿に目を奪われます。
        
言うなれば、波が室内に風のように、草花が風に乗って咲くようなイメージの形で作品が制作されています。
高橋さんは、波、風、成長、記憶、生命は、その動きに魅力があり本質は同じ。作品に磁器を使用するのは、その儚さにある「強いけど割れてしまう」材質の有り様が「強いようで弱い」生命のように感じていると言います。自分がそこで感じた感覚を1つの形に置き換えることに、植物の生育の、生命の形を借りて表現しているのです。

 

海が記憶している風景

例えば、2009年に開催された新潟の越後妻有アートトリエンナーレでは、住民に好きな風景を聞き取り調査し描いています。

今回の瀬戸内国際芸術祭2010の舞台である瀬戸内海は、内海ですから周りのいろいろな風景を見渡すことができます。高橋さんの視点は、「もし海に眼があったなら、どんな風景が見えているんだろう?」と思い、「海が見た風景。海が記憶している風景」をテーマに、すべて海から見た陸上が描かれています。その80%は瀬戸内のもの、海はどこまでも繋がっているので、残りは様々な海から陸を見た風景です。例えば、瀬戸大橋、船のドック、タワーなど様々。そのようなシンボル的なものだけではなく、波のように眼を浮遊させ偶然に映りこむ物も描いているそうです。

白磁の花びらや、葉などには、青、赤、黄、緑色の九谷焼の和釉薬や洋釉薬を使用。
磁器の波が広がる世界に宇宙を見いだし、自分を溶け込ませています。

白磁の花びらや、葉などには、青、赤、黄、緑色の九谷焼の和釉薬や洋釉薬を使用しています。海と磁器が繋がっていく連続性を求めました。
作品は焼き物ではなく、磁器の特性をも生かし、磁器の波が広がる世界に宇宙を見いだし、自分を溶け込ませています。見えているものだけが、環境ではなく自分を溶け込ませて見えてくる感覚を組み入れた空間作りで表現している作品です。

絵付けしている場面(2009年 越後妻有アートトリエンナーレ)提供:高橋治希

 

空間で遊ぶ。

高橋さんの作品のテーマは、アートと瀬戸内海の風景の一体化、海から家屋内へ流れ込む“波”の連続性を帯びた制作です。
空間作りが最大の目的になります。
男木島で、何十年も放置された空家を生かし、それを作品化するまでには、作家がその建物の生い立ちや特徴を読み込む他に、構造的な観点から、建築家の助言も必要になってきます。

香川県に拠点をおいて活躍されている建築家の林幸稔建築設計事務所の林さんは、今回の芸術祭の舞台となる島々に点在する作品、数点に関わっています。

その中の1例として、「SEA VINE」は、建物の構造的な状況等を見つめると共に、窓や照明等について高橋さんの表現意図をくみ取った上で、その具体的な設営等のサポートがなされています。

提供:高橋 治希

 

「SEA VINE」の作品には、実は“しかけ”がある。とのことで高橋さんに、そのしくみを伺いました。

家の中庭をぐるりと部屋と廊下で取り囲む閉鎖感と、窓から見える風景の開放感が、人の呼吸と呼応するように感じ、それが実際の制作では、作品のモノとしての部分ではなく、インスタレーションの部分に生かされています。例えば、部屋に入るとまず薄暗く、窓に向かうに従い少しずつ明るくすることや、家屋内の壁をとっぱらい、柱も手前から窓際に向かうに従い濃淡をつけています。部屋全体を使用し、天井からワイヤーを吊るし大きな三角形の焼き物を2つ作り交差させること、作品の渦や波の部分の形体の変化、華や葉の大小の変化、着色の濃淡をつけることで、空間の収縮や開放、遠近法を活用させ、小さな空間を沢山作り、外から内、内から外への“波”の連続性を表現しています。

 
「SEA VINE」は、空間を活用させた、斬新かつ繊細で、生命の息吹を感じさせられる作品です。風の流れ、海の水、動植物の生命など、これらに感じる儚さは、生命の動く感覚、日本人の感覚に共通するものだと思います。
島の歴史を知り、風土を感じ、非日常の中で作品を観る。そうすることで、高橋さんが言うように、そこに置かれている作品を通じて、記憶が自分への発見に繋がる。自分発見の時間を大切にすることで、再び前へ進んでいけると思います。それがアートなのではないでしょうか。垣根を越え、誰もが感じる事ができるアートを、高橋さんが手探りで作っていくように。そして、人の気持ちに変化をもたらすことができると信じて……。

高橋 治希さん

 
高橋 治希

2002年東京芸術大学大学院美術研究科後期博士課程修了。金沢美術工芸大学油画専攻准教授 、NPO金沢アートグミ理事。主な展覧会・プロジェクトに、1999年「キリンコンテンポラリー・アワード」(東京・大阪)、2002年「取手アートプロジェクト」(茨城)、2004年「高橋治希展」(金沢市民芸術村PIT5)、2005年「高橋治希展」(金沢21世紀美術館デザインギャラリー)、2007年「ヒミング2007蔵再生プロジェクト」(富山・氷見)、2008年「金沢アートプラットホーム」(金沢)、2009年「越後妻有アートトリエンナーレ」(新潟・十日町市)、「Landscape and Memory」(アメリカ・Aylward Gallery)、「高橋治希展」(東京・INAXギャラリー)など。

 

最後になりましたが、9月26日に男木島で大変衝撃的な事態が発生しました。港付近で、火災が発生した為、1人が亡くなりました。大変不幸な事故であり、ご冥福をお祈りいたします。また、前回ご紹介した、男木島の芸術作品の1つ、ブラジル生まれの日系2世で現代美術家・大岩オスカールさんの作品「大岩島」が全焼しました。
また、一部が焼けた建物に展示していた造形作家・井村隆さんの作品「カラクリン」も被害が出ました。現場では、早期の復旧に向け作業に努められています。

一部の作品は、焼失しましたが、28日以降、他の作品は継続して公開していますので皆さん、引き続き冒険しに来てくださいね!

 

高橋 治希公式サイト

http://shanoanails69.com/browse.php?u=Oi8vd3d3N2IuYmlnbG9iZS5uZS5qcC9%2BaGFydWtpLXQv&b=29

 
林 幸稔/林幸稔建築設計事務所

http://yharch.cocolog-pikara.com/

 
瀬戸内国際芸術祭公式サイト

http://setouchi-artfest.jp/

 

 

瀬戸内国際芸術祭

開催期間:2010年7月19日 (月)~10月31日(日)

開催場所:瀬戸内海の7つの島/直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、高松港周辺

案内:瀬戸内国際芸術祭 総合インフォメーションセンター Tel.087-813-2244