from パリ(石黒) – 9 - パリ、アート散歩。《6》食のアート・パフォーマンス

(2009.11.25)
フード・アートサイエンスの展覧会風景。ここは化学実験で使いそうなオブジェが置かれた展示台。ビーカーのような入れ物に入った色付き水とか、スポイトとか……。ようこそ、キュイジーヌ・モレキュレールの世界へ!

11月21日に発売されたばかりの『ミシュランガイド東京2009』。それによると、日本の3つ星レストランの数は、フランスの10店舗を抜き、11店舗で世界最多。星の合計数でも、261個と、パリの3倍の星の数を獲得なのだとか。2010年2月に発売予定のヨーロッパ版における、日本料理レストランの活躍も楽しみですね。そんなホットな「食」をテーマにしたアート活動が、実はこのところ、とっても熱いんです。

11月初旬、パリでは第1回「フード・フォトフェスティバル(Festival International de la Photographie Culinaire)」が開催されました。「皿の中に演出された世界を永遠に留める写真」を軸に、アートギャラリー、レストラン、食材店、ホテル、料理学校などが、それぞれの特性を生かした、様々なアプローチを提案。

このフェスティバルとリンクする形で、いつも実験的な試みを発信しているLe Laboratoireというアートギャラリーを訪れることに。写真家マチルド・ドゥ・レコテ(Mathilde de L’Ecotais)によるフードフォト展と、 Innovations dans l’air du tempsというフード・アートサイエンスをテーマに、トレンドと革新的コンセプトの紹介展。ちなみにこの展覧会は、Muse Trekというi-Phoneによる新しいマルチメディアガイドを利用できる展覧会の一つ。Muse Trekプロジェクトには、他にも、ギャラリーラファイエット食品館や装飾美術館などが参加しています。

オープニングの日には、ボルドー・ポイヤックの星付きレストラン『Cordeillan Bages (コルディヤン・バージュ)』のシェフ、ティエリー・マルクス(Thierry Marx)によるフードデモンストレーションが開催。ティエリー・マルクスは、ピエール・ガニェール(Pierre Gagnaire)らと共に、フランスにおけるキュイジーヌ・モレキュレールのシェフとして名を知られています。

Cuisine moléculaire(キュイジーヌ・モレキュレール)、あるいはGastronomie moléculaire(ガストロノミー・モレキュレール)とは、分子レベル(moléculaire)での調理法のこと。ここぞとばかりに、シェフにその料理法の定義を尋ねてみると、「家庭料理でも、熱い・冷たいといった温度変化が、既に分子レベルでの調理をしている事になるんだよ」と説明してくれました。確かに料理って、化学変化の連続。煮過ぎないようにとか、日本料理でいわゆる「さしすせそ」の順番で調味料を入れると味が馴染むとか。三ツ星シェフの分子ガストロノミーとは比べ物になりませんが、毎日の家庭料理でも、実はすごく科学的な事を、何気なく実践しているんですよね。そして、調理台の上には、寒天や昆布、柚子胡椒が置かれていたので、シェフに日本の食材について尋ねてみると、新しい食感を求めて、寒天をよく利用するとの答えが。

マチルド・ドゥ・レコテのフードフォト。乾いた素材を撮っていても、全体的に瑞々しい雰囲気が溢れています。
アトリエ部分は、天井が鏡になっていて、遠くからでもシェフの動きを見ることができるようになっています。会場内には沢山の人でしたが、多すぎるということもなく、程よい人加減で、とても良いオープニングパーティでした。
Le Laboratoire の創始者ダヴィッド・エドワード(David Edwards)の発想を、マルク・ブレティオ(Marc Brétillot)がデザインした発明作品、WHAF。上部の器に、ティエリー・マルクスのレシピで作った味のある煙、味覚の雲(nuages de saveurs)が入っていて、そこから煙をすくって味わうマシン。

チョコレートケーキを調理中のティエリー・マルクス。見た目には、中から温かいチョコレートが溶け出てくるいわゆるモエル・オ・ショコラ(moelleux au chocolat)というチョコレートケーキの風貌。ひとたび口に入れてみると、水羊羹のように噛まずに舌の上で溶けていく食感。右の写真が、調理台に置かれていた昆布と寒天。

 
この展覧会で使われているのが、Artscience culinaire(食のアート・サイエンス)という言葉。最先端のテクノロジーを利用した奇抜なアイデアだったり、そのフォルムからは使用法が思いつかないようなユニークな調理器具だったり。チョコレートの粉をシガーを燻らすかのようにして味わうキュイジーヌ・モレキュレールのキット、Whifの展示など。こうした展示を見ていたらふと、子供の頃に遊んだ駄菓子類、 — 白い粉末とシロップを混ぜると、恐ろしいほどのターコイズ色に変化するものとか、口の中にいれると、パチパチはじけるコーラ味のラムネとか ―、を思い出してしまいました。遊び心という点では、駄菓子とキュイジーヌ・モレキュレールは相通じるものがあり?

食をテーマにしたアート関係では、design culinaire(デザイン・キュリネール)という用語を、近頃良く目にします。こちらは、フード・デザインとでも訳しましょうか。そのものずばり、食材で様々なものをデザインする。10年ほど前に、ランスにある美術デザイン高等学校のマルク・ブレティオ(Marc Brétillot)によって提唱されたアートムーブメント。この動きそのものが生まれて間もなく、さらに参加しているのは若いアーティストたち。とのことで、その可能性は無限大。チョコレートで作った床とか彫刻とか、食材をアート制作の素材として使うといったストレートな表現形式から、映像と音によって、新たな食認識を探る試みとか……。前回の「ニュイ・ブランシュ」の記事で少しご紹介したジル・スタッサール(Gilles Stassart)も同じコンセプトに基づいて活動しているアーティストです。

食とアートとの関係といっても、それ自体は、何ら目新しいものではありません。盛り付けの美しさから、さらに広く、テーブルコーディネート(Art de la table)まで、 食を演出するビジュアル美の追求は、国の違いを問わず、日本でもフランスでも、古くから発展してきたもの。食材の扱い方にも歴史がありますし、ある特定の地域が独自の調理技術を展開することもあり、まさに「食」は各文化における技術、アート(技)を結集した分野。しかし、こうした伝統的な文化論を越えたところで、「食」をアート活動として捉える動き、ここ近年特に、パフォーミングアートの手段としての「食」に、注目が集まっています。

10月3日から6日まで、パリの5つ星ホテル、ル・ムーリスで行なわれたのが、Through the looking glassというデザイン・キュリネールの展覧会。『不思議の国のアリス』をテーマとして、アーティストたちが、 冷蔵庫をキャンバスとした作品や、 食にまつわるインスタレーションなどを披露。そして日替わりでアーティストのパフォーマンスも行われ、中日の4日には、日本人アーティスト諏訪綾子が提唱する「感覚で味わう感情のテイスト」のパフォーマンスが行なわれました。感情のテイストを実際に体験することで、招待客がパフォーマンスの主体者となる、非常にユニークなコンセプトは、パリジャンに驚きをもって受け止められ、盛会のうちに終わりました。

諏訪綾子によるパフォーマンス。ゲストは二人一組で、テーブルに向かい合って座り、「驚きの効いた楽しさと隠しきれない嬉しさのテイスト」と「一瞬にして沸き起こる怒りの感情」のフレーバーを味わう。

冷蔵庫をカンヴァスに、アーティストたちが作品を発表。高級ジュエリーが入ったショーケースが常時置かれているホテル・ムーリスのサロンに、突如現れる、いろんな冷蔵庫。日常生活でも、冷蔵庫って人によって詰め方が違って、性格が現れる場所ですよね。

 
パフォーマンスという点から料理を捉えると、もともと日本料理は、非常にパフォーマンス度が高いことに気づかされます。例をとれば、日本のカウンター形式の飲食スタイル。寿司、鉄板焼きなどは、いわばシェフによる創作パフォーマンス。フランス料理で、シェフが最初から最後までテーブルの前で調理風景を見せることは、クレープ・シュゼットのフランベや、トゥール・ダルジャンの鴨さばき名人などの例外を除いて、普通はなかなか考えられませんよね。

3つ星シェフや、アーティストが、食に関するアートサイエンスを推し進めてくれることで、私たち一般の料理レベルも、さらにさらに快適になっていくのでは。食は、人間の生活の最も基本となる活動。だからこそ、ますます楽しく、時には驚きをもって、関わりたい。これからも、どんなアートな切り口が提案されるのか、見逃せません。

 

Innovations dans l’air du temps @ Le Laboratoire
2009年10月9日—2010年1月4日