from 金沢(岩本) – 2 - 茶屋街に米の花が咲く。

(2009.03.18)

浅野川のそば、古い街並みの残るひがし茶屋街から一本脇道に入り、路地を進むと見えてくる「みそ」と書かれた木の看板。通り際に垂れ下がる縄のれんも美しい木造の建物は、糀とみそを作りつづけて約200年の老舗、髙木糀商店です。カラカラと引き戸を開ければ、ひんやりとした土間にみそのよい香りが漂い、思わずふかぶかと深呼吸したくなります。土間には床下に釜があり、その上は蒸気を逃がすため吹き抜けで、天井に向かって煙突が伸びる。磨き上げられた土間には朝の仕事を終えた大きな杉桶や籠が裏返しに置かれ、糀蓋(こうじぶた)と呼ばれる曲げわっぱの道具がきれいに積み上がる。この作業場には、何度来てもほれぼれと見とれてしまいます。

建物は金沢市の指定文化財でもあります。まさに「もやしもん」の宝庫
「みそ」の看板やラベルの文字は、京都在住の書家、荒川玄二郎氏によるもの
縄のれんの向こうにはみそと塩。ここから「こんにちはー」と買うのです

現在29歳の高木竜(りょう)さんが、代々続くこの仕事を始めて7年。じっくりとよいものを作ろうという気概のある、職人肌の清々しい青年です。髙木糀商店は、竜さん・真利子さんご夫妻と、ご両親の進さん・篤美さんご夫妻の4人で営まれています。みその原料となるのは糀と大豆と塩。よい素材で昔ながらの道具と製法で作られます。糀は石川県産の米を和釜で蒸して地下の石室で寝かし、大豆は北海道十勝産の丸大豆「秋田」、塩は能登の揚げ浜塩田の塩と沖縄の天然塩を使っています。大豆は、黒目が異物に見えるという理由で敬遠されることも多い黒目大豆。見ためよりも「安全でおいしいこと」を何より優先されています。

床下に火を焚くしくみの和釜。この釜で、米や大豆を蒸します
美しく積み重ねられた糀蓋(こうじぶた)。お米一升分で1折。その1折を1枚と呼ぶ。注文は4分の1枚から。キロ単位でも販売してくれます。梁にぶら下げてあるのは、大豆を潰す道具
そしてこれが、みその原料となる糀と大豆と塩

古式製法で作るには、道具を作る職人の存在も欠かせません。しかし、今では道具を作る職人も減り、手に入れるのが困難になってきました。自然素材の道具を使いつづけたいので、毎日使う分のほか、辞めてしまう店から譲ってもらった道具をストックしてあるとのこと。糀や味噌は発酵食品。作る場所も道具も自然素材であることは、味や質にもかかわるだいじな要素なのです。
5年ほど前に建物を改修したときにも、やはり伝統工法と日本古来の自然素材こだわられたようです。設計したのはすぐそばに設計事務所を開く奥村久美子さん。古い建物や建材を活かして改修・設計するのを得意とする若手建築家です。「改修によって、糀菌が新たな棲みかに移ってくれるように」と、壁は土壁で、木材にも自然塗料である柿渋を塗るなど、人だけでなく糀菌にも住みよい家づくりに工夫を凝らしてあります。

今では使う人の少なくなった糀を、もっと知ってもらい、使ってもらおうと、今年2月には初めてのみそ作り教室も開かれました。昔から「大寒のころに仕込んだみそが一番」と言われます。冬の寒さを越え、梅雨の湿気を経て、おいしくなるのです。昔はどこの家でもふつうにみそを仕込んでいたようですが、今ではみそが何でできているかすら知らない人も多いかもしれません。教室では、若い女性たちが何人も集まって、たのしそうにそれぞれの「手前みそ」を仕込んでいました。(※みそ仕込み教室の写真は田中聡美さん)

まずは、和釜で大豆を蒸します。湯気とともに豆の香りがたちこめます
蒸した大豆を潰します。左が髙木竜さん。体を動かして働く姿って、本当にかっこいい!
ミンチされて出てくるところ。扇風機で大豆を冷ましつつ
大豆に塩と水と糀を順に混ぜ、よくかきまぜます
手でこねて、しっかりと混ぜあわせる
ほっかむりにエプロンで。和気藹々と。
各自の桶や容器にみそを仕込む

こちらで買えるのは糀とみそと甘酒。自分でみそを仕込む「みそ作りキット」なるものもお願いすれば作ってくださいます。甘酒は、ミルクと半々で割って冷蔵庫で一晩寝かせると、とろりとおいしいデザートにもなりますよ。そして、ひそかな人気を誇るのは、冬限定のかぶら寿し。かぶら寿しは、蕪に塩漬けした鰤をはさんで糀で漬けたもので、金沢の冬には欠かせません。最初は素材の味を感じられるあっさりした味で、日ごとに深い味へと変化してゆくのも楽しみのひとつ。ちょっとくせのある食べ物なので県外の人は好き嫌いがあると思うけれど、高木さんちのかぶら寿しなら間違いなし。新鮮で上質な鰤と小さめのかぶをまるまる一つ使った上品な一品です。作れる数は1回の仕込みで約70個のみ、販売期間はおいしい材料が手に入る間だけ、という限定品なので、ご注文はお早めに!

高木家はほんとにすてきな家族。もちろん家内制ならではの苦労があるだろうことは(うちも家内制なだけに)想像に難くないのですが、いつもよい空気が流れているのです。用があってもなくてもふらりと立ち寄っては、お茶を飲みながら話をしていると時間を忘れることもしばしば…。そういえば前にかぶら寿しの季節にお邪魔したとき、髙木ママがかぶを仕込みながら自然にさらっと「おいしくなるよねえ」とかぶに話しかけていたのを盗み見て、ひそかにじーんとしたこともありました。おいしい食べ物には心が宿っていると思う。ついでに言うと髙木家は美男美女揃い。そして高木ママのお肌は真っ白でつるっつる! もしや糀菌効果も…!?

ときどき、髙木パパの企画で作業場をギャラリーとしても使われており、3月20日から22日までは「山ぶどう蔓工芸展」と題した、山ぶどうの蔓で作った籠や小物の展示が、4月には手作り靴の展示販売&受注会や、きもの楽市なるアンティーク着物と小物の展示も行われます。

そして、この3月には初めて東京での物産展に参加されます! 品揃えは、味噌と甘酒と味噌作りキット、そして藍染めのてぬぐい。桐工芸屋の私もなぜかお手伝いの出稼ぎ部として渋谷に参りますので、関東方面の方はぜひとも遊びにいらしてください!

糀と味噌と甘酒、以上。潔い品揃え。みそ作りキットを注文することもできます
熊野工芸工房で染めている本藍染のてぬぐい。柄は杉桶と縄のれんの二種類あります
3月19日(木)〜25日(水)、東急百貨店 渋谷駅・東横店 西館8階「加賀百万石の観光と物産展」

髙木糀商店
●石川県金沢市東山1-9-3
Tel:076-252-7461 元旦のみ休業