from パリ(河) - 19 - パリの夜の夢
幻想的な光に包まれる夜のパリ。

(2011.11.14)

冬時間のパリ

フランスは10月末に冬時間に切り替わり、日が落ちるのがすっかり早くなりました。17時を過ぎると空は暗くなり、頬を打つ風も冷たくなって、家路へ向かう足取りも自然と急ぎ足になってしまいます。でも、ちょっと足を止めて、前かがみになった背中をまっすぐ伸ばしてみると、目の前には、はっとするほど美しくライトアップされたパリの街並みが。

夏時間の間は21時頃まで明るいので気付きにくいのですが、日暮れが早く、空気の澄んだ秋から冬にかけては、夜のパリがより一層幻想的に映る季節です。

路地を照らす街灯も、建物を浮かび上がらせる照明も、全てが蝋燭の炎を連想させる暖色系のライトで統一され、しっとりと落ち着いた、ノスタルジックな光に包まれる夜のパリ。この夜景を見るといつも、フランス人のセンスの良さに感心させられてしまいます。東京のカラフルな眩いネオンが、エネルギッシュで未来的なものだとしたら、どこか懐かしく暖かいパリのイルミネーションは過去へと誘う光と言えるでしょうか。雨がしとしと降る夜に、ひっそりとした石畳の路地を歩いたりすると、古き良きパリにタイムスリップしたような気分になります。


狂乱の時代(les années folles/レ・ザネ・フォル)

タイムスリップといえば、今年のカンヌ映画祭のオープニングを飾った、ウディ・アレンの新作、『Midnight in Paris』は、まさしく、夜のパリの幻想性を見事に映像化した映画でした(カーラ・ブルーニ仏大統領夫人が出演していることでもちょっとした話題に)。オーソン・ウェルズ演じる、小説家を目指すハリウッドの映画脚本家の主人公(ウディ・アレンの化身)が、アメリカ上流階級のフィアンセと、憧れのパリへやって来ることから始まり、パリの街並みに全く興味のない現実主義の彼女を置いて、真夜中のパリの街をひとり彷徨ううちに、彼が心酔してやまない1920年代の「狂乱の時代(les années folles/レ・ザネ・フォル)」へタイムスリップするという空想の世界へ入り込んでしまうというストーリー。

「狂乱の時代」といえば、第一次世界大戦直後、パリのモンパルナス界隈を中心に芸術と文化が開花した黄金時代。主人公はそこで、ヘミングウェイやフィッツジェラルド夫妻、ピカソ、マンレイなどの芸術家と出合い、ガートルード・スタインに自分の小説作品を批評してもらうという夢のような時を過ごすのですが、パリの夜の町並みは、確かに、この映画のような空想を掻き立てる不思議な幻想性を持っています。


ランテルヌ灯からガス灯へ

今は当たり前のように、パリの夜をそぞろ歩くことができますが、17世紀頃までのパリの夜は漆黒の闇に包まれ、犯罪が多く、おいそれと出歩くことのできないほど危険だったと言われています。最初の公共の街灯は、17世紀中頃のランテルヌ灯と言われるもので、蝋燭を灯しただけの乏しいものだったそう。パリの街が画期的に明るくなったはのは、ガス灯が登場した1830年代頃から。この時代から、パリ市民の間で、夜の街を遊歩する楽しみが普及し始めました。ガス灯は、集団酸欠や大火事という難点はあったものの、市民のライフスタイルを画期的に変えた発明だったのです。(*参考文献:『パリ時間旅行』鹿島茂/中公文庫)

現代の街灯は勿論、ガスではなく電気によるものですが、昔の面影が残るスタイルの街灯は、パリの街角に残っていて、これもまた夜のパリをノスタルジックにしている要素のひとつと言えます。