from パリ(たなか) – 47 - 裏通りアルル歩いて春うらら。《南仏旅行2》

(2010.03.29)
青空あっての南仏。

アルルはローマ時代から栄えた古い街で、地中海にそそぐローヌ河口の広大な三角州の頂点に位置する。カマルグと呼ばれるこの三角州では古代から塩田で塩を作ったそうだし、馬や牛を放牧したり、近年では米作も盛んらしい。海に近い湿地にはアフリカからピンクのフラミンゴが渡ってくるそうだ……、とミシュランガイドを千分の一に要約。今回の旅の目的に、このカマルグ自然公園見物があったので、私は国際運転免許証もしっかり持参して臨んだのだが、朝目覚めて窓の外を見るとパッとしない天気だ。

ホテルでクロワッサンとカフェのプチ・デジュネを済ませ、とりあえず散歩だ。小雨だったので帽子を被って出かける。傘なんか持って本降りになると悔しいし。昨晩は気がつかなかったが、明るい時に見ると意外と小さな街だと実感する。迷路のようなクランクだらけの狭い裏通りを、広場の方向を目指してジグザグに進む。ゆるやかな坂道には、所々階段があったりして。日曜の朝とは言え人が住んでいる気配がない。閉じた窓の板戸がニュアンスのある青や緑、ピンクや黄色に塗られて、空は重いが気分は軽い。アヴィニョンよりも鄙びた印象が旅行者の私には好ましい。

散歩しながらローヌ河沿いにあるレアチュ美術館へ向かうが、開館の少し前に着いてしまった。雨宿りして10時まで待つ。中世のマルタ騎士団(世界史で習ったなあ、何だっけ)の修道院だった建物が美術館として蘇ったそうだ。18世紀の画家レアチュの作品と、イタリア、オランダ、フランスの絵画コレクションが展示されているが、注目すべきは近代の作品。なかでもピカソが寄贈したプロヴァンス時代の絵がいい。闘牛のデッサンで構成された作品は、劇画の見開きページを見るようなグラフィック処理がすごく現代的。写真作品も多数あるのは、アルルには国立高等写真学校があり、毎年夏に国際フォトフェスティバルが開催される土地柄からか。

元修道院の小部屋を繋いで展示室にしているのだが、壁や天井には中世の歴史を残しながら、作品のイメージに合わせて部屋別にモダンにリフォームされている。特筆すべきは床の絨毯。アルル出身のクリスチャン・ラクロワがデザインしたそうだ。部屋ごとに、色、模様が違う。美術館の作品もさることながら、展示室のインテリアセンスの良さには脱帽、これだけでも見る価値あり。20ぐらいの部屋を1時間ほどかけて見て回ったが大満足!! しかし、雨は止まない。

美術館へ行く前に寄った時はまだ門が閉じられていたサン・トロフィーム教会へ戻り、ユネスコ世界遺産にも登録されている美しい彫刻のある僧院の回廊を歩く。不気味なほど静かだ。大学時代に受講した中世キリスト教美術の辻佐保子先生の講義を思い出す。あのときの話が、これだったのだ。しかし、手の届く所に昔のままで、日常の風景としてロマネスクやゴチックの彫刻があるのは、なんだか戸惑う。昨日アヴィニョンへ着いた時から、ローマ時代にタイムトラベルしてるのだな、私たちは。

まるでロメオとジュリエットの舞台のようなレアチュ美術館。中庭の周りを展示室が囲む。
道路の左がレアチュ美術館の元修道院、外からはわかりにくい。道路右に中庭が素敵なホテルがあったが、休業中だ。もう一度来ることがあれば泊まってみたい。
サン・トロフィーム僧院の回廊。右半分がロマネスク、左がゴチック様式。200年近い時間差があるらしい。中庭の大きな夾竹桃の木は何年くらい経つんだろう。
歩きながら、ブルーライト・ヨコハマの歌詞が頭から離れない。“歩いてもー、歩いてもー、小舟のよーおーに わたーしは、ゆれーて、ゆれてあなたの腕のなーか”ってわけで、タイトルの駄洒落俳句が出来た次第。

空が少し明るくなったような気がする。テラスでカフェを飲みながらカマルグ行きの作戦会議。レンタカーは午後からでは半端なので諦める。はるか昔、教習所で運転したきりのマニュアル車はちょっと不安でもあるし、左ハンドル、右側通行では三重苦だ。バス便を検討する。行きはよいが、日曜なので帰りの便が少ない。海岸近くの終点の町まで行って、昼ご飯食べた後、果たして見所があるか? まだ木々の緑が芽吹く前の季節、この天気だし、時間を持て余すリスクが高い。自然公園はやっぱり夏の季節がいいかなと、アルルの市内見物に予定変更。

古代円形劇場跡へ移動し入場券を買う。受付の女性はさっきの美術館の窓口で見た女性だった。アルルの女は働き者だ。発音に南部独特の訛りがあるとイナバさんは言うが、私にはそれ以前の問題で、ちゃんと理解すらできない。野外劇場のすぐ隣りにある闘技場へ入る前に昼ご飯。私は軽めに、トマトとオリーブのサラダに牛肉のカルパッチョ、2皿で13ユーロの定食。イナバさんはアイオリというプロヴァンスの定番郷土料理を注文。アイオリaioliとは、アイユail(ニンニク)をたっぷり擂りおろし、ユイルhuile(オリーブ油)と卵のマヨネーズに混ぜ合わせたソースのことらしい。これをつけて茹でた魚介や野菜を食べる。私も頼めば良かったかな。ちょっと味見したらナチュラルなマヨネーズ風。満腹になり、雨も上がり、店に帽子を忘れたまま出てしまった。向かいの古代闘技場の塔に登る。ようやく青空が広がった。アルルの街中が見渡せる。屋根瓦が春の陽を受けて明るく光る。ローヌ河もすぐそこ。ああ、南仏だ!

ぽかぽか陽気になったので、ゴッホとゴーギャンがよく会った中世の墓地(アリスカン)まで散歩し、公園でペタンクに興じるおじさんたちを見ながらイナバさんにペタンクのルールを講義してもらい、ゴッホが入院した病院の中庭のパンジーを眺め、ゴッホが『La nuit etoilee(星降る夜)』を描いたローヌ河畔で春風に吹かれ、闘技場前のテラスでシトロン・プレッセを飲み、向かいの店でみやげを買って、ホテルへ戻って一休みして、忘れた帽子を取りに戻り、日曜もやってるレストランを探し当て、この晩は3皿で20ユーロの定食を食べたのだった。デザートのクレームキャラメル(プリン)は覚えているのだがメインは何だったか、思い出せない。写真も撮ってないし手帳にも書いてない。レストランからホテルへ帰る途中、闘技場で見上げたプリンのような満月があまりにも美味しそう、いや大きくきれいだったので、直前の記憶が消えたのかもしれない。

闘技場は街のほぼ中央にあり、北西方向のローヌ河まで300メートルもないくらいの小さな街。
ボウルの中がアイオリ。見た目ほど油っこくはない。茹でたタラ、ツブ貝、いんげん、カリフラワー、ジャガイモ、人参、卵。ニンニクはプロヴァンスの特産だ。
闘技場では、夏には闘牛が行われる。1世紀末に出来た頃は2万人以上を収容できたらしい。ってことは東京ドームの半分?
ローヌ河をゴッホの黄色の貨物船が通った。川の水は雪どけ水で茶色く濁っている。釣りには難しそうだな。
ゴッホの星降る夜の絵とはちょっと方角が違うが、意図せず夕焼け空を撮ったら川面の反射が似ていた。この絵、オルセー美術館に数回行って、いつも貸し出し中で、最近見たことがない。今年の夏は六本木へ巡業するらしいから、東京で見るか。
春の月キャラメル色の闘技場