from 香川 – 10 - 瀬戸内国際芸術祭2010 豊島(てしま)編II 美術作家、戸髙千世子さんインタビュー!

(2010.09.02)
豊島(てしま)

人口:約1,000人
面積:14.49㎢
瀬戸内国際芸術祭の豊島のテーマ:「農」と「食」
おもな展示作品:トビアス・レーベルガー『あなたが愛するものは、あなたを泣かせもする』、
安部良『島キッチン』、戸髙千世子『Teshima sens〈豊島の気配〉』、クリスチャン・ボルタンスキー『心臓音のアーカイブ』、塩田千春『遠い記憶』、青木野枝『空の粒子/唐櫃』、大阪芸術大学豊島アートラボ『ノリとたゆたう』、内藤礼/西沢立衛『豊島美術館』、木下晋『101歳の沈黙/100歳の手ほか』、横尾忠則『Aurora/宇宙的狂気愛/紫の胎動ほか』、森万里子『トムナフーリ』、キャメロン・ロビンス『潜在意識下の海の唄』、クレア・ヒーリー&ショーン・コーデイロ『残り物には福がある』、スー・ペドレー『ハーモニカ』、オラファー・エリアソン『ビューティー』、藤浩志『藤島八十郎をつくる』、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー『ストームハウス』など。
トリビア:清水観音の中にある境内に美味しい「唐櫃の清水」が湧くことで知らており、昔から稲作も盛ん。縄文時代の遺跡が点在し壇山に広がる原生林の森「スダジイの森」、海の幸も豊富で、イチゴやミカンも名産物、無農薬栽培の豊島レモンも有名。魅力はなんといっても「人の温かさ」。

 

豊かな自然・水・建築とアーティストと自然の融合

海鳥が舞い、陽光に輝く瀬戸内海。壇山からの恵みの湧き水が広がる棚田。
稲の発育期を迎え、緑色の絨毯で敷き詰められた棚田から臨む風景は、本当に心が穏やかになり、青空と入道雲、緑輝く稲のコントラストがとても眩しい季節です。

前回に引き続き、豊島からお届けします。
人口約1000人、島の面積は14.49㎢。集落を大きく分けると3つあり、家浦(いえうら)、唐櫃(からと)、甲生(こう)に分布する。豊島には、高松港から高速艇で直島(本村)経由、約50分で家浦港に到着です。

 

唐櫃岡(からとおか)

豊島の中央に聳える壇山からの美しい湧き水が豊島の人々を潤し、島に広がる棚田を潤します。豊島の中で最も作品展示数が多いこの「唐櫃岡」には5作品が点在します。
家浦港から、およそ車で10分くらい走ると唐櫃岡に着きます。
唐櫃岡にある明神池に展示してある作品が、戸髙千世子作 『Teshima sens〈豊島の気配〉』です。
戸髙さんのイメージとする「ついていくように。そしてよりそうように」という感覚言語をもとに、国立都城工業高等専門学校技術支援センター/センター長の川崎敬一さんらの協力のもと、豊島のイメージと感覚言語をうまく取り入れながら考案されたのがこちらの作品です。

『Teshima sens〈豊島の気配〉』戸髙千世子 作/協力=独立行政法人国立都城工業高等専門学校 (有)Killifish(撮影は中島勉さん) 壇山から海へと連なる風景の中に作品がある風景。

宮崎県小林市生まれの戸髙千世子さんは、学生時代は、油絵を学び、1990年代前半から陶芸の道へ。活動を広げている美術作家です。鹿児島を拠点とし、海外はドイツ、国内は東は東京、西は九州と数々の個展を開催し、陶作に留まらず、照明、オブジェ、屋外モニュメントなど、枠に捕らわれることのない勇ましく気鋭さがみなぎる反面、繊細さも感じさせられます。越後妻有『大地の芸術祭』での作品は、陶を使用し「静」を表現したのだが、今夏の「瀬戸内国際芸術祭2010」では、豊島を舞台に自然界が生み出す、水上に浮かぶ「動」を現していると言われています。

世界が注目する芸術祭。
初めて訪れた豊島で制作する事に対する戸髙千世子さんの胸中に迫ってみました。

戸髙千世子さん。

 

―瀬戸内国際芸術祭出展への経緯は? 島からはどのようなインスピレーションを受けましたか?

越後妻有『大地の芸術祭』の作品を北川フラム総合ディレクターに見ていただき、提案することになりました。
棚田を背景とする豪雪地帯の越後の里山は、人々が土と水と丹念な手仕事で自然と共生する「農」を意識した表現でした。豊島に入り感じたことは、豊かな農村地帯であると同時に発展の光と影を持つ第二次産業の歴史を通じて、人の行方をみつめることのテーマがここに在ると感じました。そして自身がその場所を感受し、どういう反応を示すか試みたいと思いました。

 
-豊島の明神池(貯水池)の選定、作品の構想を教えてください。

豊島の海と島を繫ぐ池の前に立った時、身体の中を心地よい風が吹き抜けました。ものすごい速度で走り抜ける社会、そこからふっと武装解除されるのを体感しました。風や陽光や自然の現象をとらえる装置。この空間に訪れる人々のそれぞれの時間を取り戻すきっかけの場に出来ないかと思いました。

-制作日数はどのくらいかかりましたか?

構想に4年かかり、制作に2年かかりました。

 
-作品完成までにどのような試行錯誤がありましたか?

翼の「優雅な動き」について表現する時、非対称的で非局所的なものをイメージして、海を優雅に泳ぐクラゲやクリオネのようなイメージを感覚的に伝えても、機械工学科の先生や高専の方がたは、「私達にとっての優雅さとは、風力発電のプロペラが何万回転も回ることです。」との理論的見解と感覚言語の違い、効率的、非効率的の違いは大きかったです。まずは、先生方には一旦それらの考え方を捨てていただき、非生産的、非効率的な原初的なものづくりを受け入れていただきました。

 
-制作段階で苦労されたことは何ですか?

様々な自然現象のなかで、安全なものを作ろうとすれば、どんどん屈強なものになっていきます。けれど環境に寄り添い、逞しさと柔軟さをもつオブジェの存在を可能にするためには棚田の稲穂の面倒をみるように、手入れを続け見守り、自然と人間(技術や創意工夫)がどう向き合えるかという表現につながります。なかでも翼の動きは苦労しました。ゆったりと、たおやかに‥メカニカルな動きではなく、非対称的で非局所的な風の力だけで動く機構は、三軸のベアリングのみで動くシンプルな構造です。これは都城高専 津浦氏による、机上で計算されたものではなく、翼の先端に内蔵されたウエイトの重量とシャフトの傾きを微妙な調整で粘り強くたどった結果の賜物です。

左は、作品の一部をイメージ図に現したものです。断面から現したもので、横棒の素材は塩ビ管を浮力体として使用、周囲の球体は、ゴムボールでできており浮力体を支える役割をしています。右は、塩ビ管を支えているのが水中にあるステンレス管、農業用水として現在も使われているものの池に浮かべているので、水面が上下する中での対応策、渇水県として名高い土地柄も含め、水がなくなってしまった時も考慮し、構造体を作品として見せられるように備えています。

翼の部分はFRP(繊維強化プラスチック)使用
翼の表面は、和紙のように見え、質感と軽量化に尽力下さったのがFRP製作者のキリフィシュ代表 西脇氏。ガラス繊維にボリエステル樹脂を含浸させる制作方法で温度や湿度管理が難しく、この度新たな試みであった、半硬化状態で型合わせする技術はかなり高度な手仕事からの実現です。野外作品として、自然災害などから、耐久性を保たれるよう試行錯誤されています。(撮影は中島勉さん)

また、壇山側から瀬戸内海側へ広がる風景、明神池側から壇山側へ広がる作品風景では観る角度により感じ方が異なります。

棚田が広がる中、明神池に突如現れた作品と遙か彼方に見える海へ繋がる連続性を帯びた風景が一体となり、まるで複数の白鷺が舞い降り、羽を広げて戯れているかのようにも見えるし、大きな白い花びらが風のふくまま赴くままに舞っているかのようにも見えるし、妖精が舞い降りて遊んでいる風にも見える作品です。

お盆も過ぎ、これから秋に向かうに従いどんどん、日照時間も短くなり、日没も早くなります。
戸髙さんは、島外から来た人だけでなく、豊島の人たちにも楽しんでもらおうと、夜も作品を楽しめるようにしています。明神池のすぐ側に小さな風力発電機を設置し、自然のエネルギーを使って、サーチライトを灯します。予め翼に塗装された蓄光剤(ちっこうざい)は、太陽の光とサーチライトの紫外線を吸収し蓄えて自ら発光します。その光が闇夜になると輝いて見えるしくみになっています。

夕刻の『Teshima sens〈豊島の気配〉』。まるで海中に迷い込んだよう。(撮影は中島勉さん)

夜空に輝く星の中で幻想的な光景が広がり、海ボタルやホタルイカのようにも見えるその様は、まるで海中に迷い込んだ気になるでしょう。自然の力や発想の転換ですべてが蘇る素晴らしさに気付かされました。

大量の産業廃棄物が不法投棄された島内には、多くの人生が関わってきました。住民運動の歴史や産業廃棄物の実態、現在も残されている産業廃棄物の現場を見学案内して「後世へ二度と同じ過ちを犯してはならないぞ!」と強く願い、訴え続けている兒島晴敏さん(72歳)は、貯水池に映し出された作品の陰影を眺めながらこう言いました。
「住民運動に半生を費やし、ふりまわされてきた自分の生き様を表した風景だ」と。
その表情の奥には、熱い涙が浮かんでいました。
「怒・哀」…島の原状回復そして将来への再生を皆が願う中、遠い記憶を手繰り寄せ、自分と向きあう中で、ゆっくりとした時間が流れて行った瞬間だったのでしょう。

戸高さんへのインタビューに戻ります。

-戸髙さんにとって豊島とは? どのような島ですか?

山深く起伏の大きい島の表情のように、島民の個性も豊かでエネルギーに満ちています。豊かさについて考えさせられます。都市の便利で管理の行き届いた社会から間逆にある環境を不便と感じることなく現状を受け止め対応することこそ、生きる知恵を産むものだとしみじみ感じます。彼らは生きる達人です。美術が多様であるように、個々の価値観や心の在り方は様々に共存しあえることを私は信じて、多くの人々に知って頂く繫手の役割を尽くしていきたいと思います。

今回の作品は、豊島の住民の方々やこえび隊の協力なしでは、ここまで来られなかったと語る戸髙さん。多くの人々の支えがあり、やっとここまで来られたのだと。人の温かさ、島の温かさに触れられた貴重な時間。この作品には言葉では伝えきれない情感が凝縮されています。

 
 

島の再生のシンボル、豊島美術館。

内藤礼による豊島美術館。壁や天井が連続した1つの空間からなる水滴をイメージした建物。

戸髙さんの作品がある明神池から棚田が広がる光景を経て瀬戸内海方面を眺めると豊島初の美術館『豊島美術館』が現れます! 10月17日の開館を目前に懸命な準備が進められています。こちらも、豊島再生のシンボルとして設立される美術館です。

建築家の西沢立衛とアーティストの内藤礼とのコラボレーション。敷地面積:9,800㎡、建築面積:2,400㎡、延床面積:2,400㎡、館内は、約60㍍×40㍍の柱のない空間。美術館内の中心部一番高い所:天井の高さ4㍍あります。天井には約10㍍ほどの開口部が2ヵ所あり、光や風も入ってきます。唐櫃から湧き出る豊かな水のように、建築と作品と豊島の自然が一体化する美術館『豊島美術館』が誕生します。こちらの美術館は10月に詳しくお届けしたいと思います。

彫刻家である青木野枝さんの作品は、荒神社の広場にある貯水タンクの周囲に鉄の彫刻を設置しています。
人により感じ方は異なりますが、鉄の円の連続性が、滴が落ちているように感じさせられます。

空の粒子/唐櫃|Particles in the Air/Karato

荒神社横には、清水が豊かに湧き出る「唐櫃の清水」があり、憩いの場として多くの人に親しまれています。
湧き水だけに、この猛暑の中で飲む湧き水は五臓六腑に染み渡ります。

 

唐櫃浜(からとはま)

唐櫃浜は、4作品点在します。唐櫃浜へ向かう展示は大阪芸術大学豊島アートラボ。
大阪芸術大学の『ノリとたゆたう』はかつて海苔工場として使われていた建物内部を使って、波にたゆたう海苔の気持ち(?)を体感させようというものです。屋内には、枯山水にヒントを得た小さな庭と縁側を設置しています。会期中イベントも開催されます。

大阪芸術大学の作品を見学した後は、唐櫃・王子が浜の聖地へ。
松林を越えたどり着いた先にあるもの、それは黒い建物。こちらの建物が、世界的に有名なクリスチャン・ボルタンスキーの今回のテーマである『心臓音のアーカイブ』です。多彩な方法で人間の「生と死と記憶」を表現し続けているフランスを代表とするアーティストです。

豊島|クリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」(参考作品:クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン《最後の教室》/撮影 小林壮)
Teshima| Christian Boltanski “Les Archives du Coeur ” (reference image)

 

リスニングルームで母国であるフランスや日本・他5カ国で収録された心臓音をパソコン上で検索し視聴できます。受付横には、ボルタンスキーの著書も展示即売あり。右はアーカイブを側面からみた写真です。唐櫃特有の石垣、こちらもボルタンスキー発案で、海と建物の間に創ったと言われています。

 

収録された心臓音を聞きながら、瀬戸内海を眺めると、一人一人、心臓の音や鼓動の感覚も違うことに改めて気づかされます。世界中で自分はオンリーワンなんだと。この世に生を授かる前からの自分に辿りつけるような、また逆に、死後の世界での自分を想像できるような感覚に陥り不思
議な世界です。すぐ目の前は青い海、豊島の歴史が集積されているかのような場所に存在します。
唐櫃岡~王子が浜に至るまでに他にも複数の作品もありますので、是非皆さんも、聖域に入って体感しに来てきださい。

 

甲生(こう)

甲生には、7作品点在します。
日本は、世界一の高齢化社会に突入しており、日本の少子高齢化の原因は、出生数が減り、一方で、平均寿命が延びて高齢者が増えているためであり、この豊島においても、現状は避けられない問題です。産業構造の変化や過疎が進み空き家も増えてきています。塩田千春さんの『遠い記憶』は、もとは公民館だった建物の中央部に、多くの空き家や不要となった窓や障子などの建具を用いてトンネルを設置し、通路が創られています。

豊島|塩田千春『遠い記憶』 Teshima|Chiharu Shiota “Farther Memory”

通路の向こうに見えるもの…それは空だったり、田んぼだったり、人々の人生だったりする。アートを通して制作にあたる段階からも、多くの人と人とのつながりのありがたみが分かり、深い作品です。あなたは何を感じ思いますか?

豊島|塩田千春『遠い記憶』 Teshima|Chiharu Shiota “Farther Memory”
同作品。

駆け足でご紹介しました。豊島時間は、急ぎ足の現代から、いつしかの時代へと、タイムスリップしたかのように、穏やかで優しい世界へと導いてくれることでしょう。現代社会が及ぼした島の苦難の歴史を踏まえつつ、現代アートと島の自然が融合する世界で、言葉では伝えきれない何かを見つけに、体感しにきてください。1つとして同じ景色(顔)は見せない瀬戸内海の多島美と島の日常生活に一歩踏み込んでみてください。次回は男木島からお届けしたいと思います~。

 
 

豊島の作品案内

http://setouchi-artfest.jp/artworks/island/island-teshima/

豊島美術館

http://www.benesse-artsite.jp/teshima-artmuseum/

クリスチャン・ボルタンスキー『心臓音のアーカイブ』
http://www.benesse-artsite.jp/boltanski/index.html

 

瀬戸内国際芸術祭公式サイト
http://setouchi-artfest.jp/artworks/island/island-teshima/

 
瀬戸内国際芸術祭 交通アクセス
http://setouchi-artfest.jp/access/

 

瀬戸内国際芸術祭
開催期間:2010年7月19日 (月)~10月31日(日)
開催場所:瀬戸内海の7つの島/直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、高松港周辺
案内:瀬戸内国際芸術祭 総合インフォメーションセンター Tel.087-813-2244