from パリ(石黒) – 12 - パリ、アート散歩。《7》ヴェルサイユ王立オペラ劇場

(2010.02.19)
緞帳には、中央に大きくブルボン王家の紋章と、百合が散りばめられています。ブルーに照らし出され、ノーブルな雰囲気。

約2年間の改修工事を経て、2009年9月にリニューアルオープンしたヴェルサイユ王立オペラ劇場。わずか半年で、既に7000人近くの観客を動員したというそのプログラムは、クラシックなオペラから、ジュリエット・グレコのコンサートと、実に多彩。2010年が明けてすぐの1月10日、待望のバーバラ・ヘンドリックス(Barbara Hendricks)のコンサートへ行ってきました。
 

夜6時過ぎ、雪の降り積もるヴェルサイユ宮殿は、厳かにライトアップされていました。何度訪れても、やはりヴェルサイユ宮殿の正面玄関の迫力には、圧倒されます。
日中は、世界中から訪れる観光客で溢れ、コスモポリットな場所ですが、夜のコンサートは、しっとりと着飾ったパリジャン、ヴェルサイエ(versaillais=ヴェルサイユ住人)たちが集い、シックな雰囲気でした。幕間休憩は、歴代のフランス王の彫刻が並ぶギャラリーで。

王立オペラ劇場は、ルイ14世がヴェルサイユに居を構えた時、既に構想にあったといいます。劇場の図面や構造には長い間検討が重ねられ、1685年に工事が始まりますが、度重なる戦争や宮廷の法外な出費といった要因も合わさって、ルイ15世の治世には、工事は長い期間にわたって、中断されています。しかし、この間にも、次々と新作オペラは生み出され、その上演には、宮殿内の小さな劇場が充てられていました。おおがかりな仕掛け、スペースを要する大型オペラを上演するには、大調馬場内に仮設劇場を築き、祝宴の翌日には取り壊す、という事を繰り返していました。

1745年、ルイ15世の息子、ルイ王太子の結婚の祝賀の際も、この方法が取られましたが、数々の不便を生み出していたので、結局ルイ15世は、オペラ劇場を建設することを決め、王の第一建築士アンジュ=ジャック・ガブリエルにプロジェクトを委ねました。実際の建築が完成するまでには、さらに20年もの年月を要しました。というのも、アンジュ=ジャック・ガブリエルは、その間、イタリアのオペラ、特にヴィチェンツァ、ボローニャ、パルム、トリノの劇場を吟味し、様々なプランを王に提案しますが、どれも採用されませんでした。1768年になり、ルイ15世の孫たちの結婚の祝宴に備えるため、遂に劇場の建設決定が下されます。工事が急ピッチで進められ、1770年5月16日、ルイ16世とマリー=アントワネットの結婚式の日に、王立オペラ劇場は、杮落としを迎えます。演目は、フィリップ・キノー脚本、ジャン=バティスト・リュリ作曲のオペラ「ペルセ」(Persée)でした。
 

会場内は幕間休憩中でも、かなり暗めの照明。建設当時は、電気などあるはずもなく、すべて明かりを蝋燭で取っていたのですから、この光度設定は、時代に忠実な再現なのかも。
この日は2階バルコンに着席しましたが、座席前の幅は約30センチ程度。身長160センチ弱の私でも、着席すると、膝が前の衝立に触れるほど。大柄な人には、2時間の着席はかなり厳しかった様子。

この日から約240年後、真珠の歌声を持つバーバラ・ヘンドリックスが披露したのは、ヘンリ・パーセルとヘンデルのオペラ歌曲。王立オペラ劇場の建設と同時期のバロック音楽。2010年が明けたばかりですが、お正月に加えてさらに「盆と正月がいっぺんに来た」かのような、最高に贅沢な取り合わせでした。それにしても、最近のバロック音楽回帰は、バロック音楽ファンとしては、嬉しい限りです。プログラム終了後も、拍手は鳴り止まず、4回のアンコール。最後の最後に彼女が歌ったのは、アカペラでの黒人霊歌。17-18世紀、植民地政策を行なっていた同時代に建設されたフランスの王立オペラ劇場で、黒人奴隷の連携を歌詞とした歌曲を聴くというのは、240年前には想像にもつかなかった事でしょう。アカペラの迫力に加えて、力強いメッセージが伝わってきました。

カーテンコールでのバーバラ・ヘンドリックス。拍手はいつまでも鳴り止みませんでした。

ヴェルサイユ宮殿は、2008年に物議を醸したジェフ・クーンズ展、2009年にグザヴィエ・ヴェイラン展と、2010年には、村上隆展が予定されていたりと、コンテンポラリーアートとの活発なコラボレーションを行なうと同時に、「鏡の間」の修復を終え、王立オペラ劇場の再オープンを成功させ、さらにこれから王宮の改修プロジェクトや、ラトナの噴水修復を予定…と、根本部分の補修整備にも、精力的に取り組んでいます。2017年までのプロジェクトが数日前、ヴェルサイユ国有地管理庁長官ジャン=ジャック・エラゴンによって、発表されたばかり。プロジェクト数は、1001にも上ります。「継続と大胆さ」-ヴェルサイユの文化プログラムは、その抜群の知名度を生かして、さらなる可能性を追求していくようです。ヴェルサイユ宮殿の経営戦略は、他の文化芸術機関にとって、非常に面白いモデルと言えるでしょう。これからもその活動から、目が離せません。