from パリ(たなか) – 81 - 寒くなったら、モンドール(MONT D’OR)チーズ。

(2010.11.22)
小学生の頃に缶詰のラベルとかスクラップした時期があったが、こういう性癖は歳を取っても治らないのかなあ、なんか捨てられなくて。

夏の終わりに、細木さんのアトリエでアーティスト仲間の送別会があった。仙谷さんが東京へ帰ることになったので、細木さんは特製のクスクス・メルゲーズ(仔羊のチョリソー)を作り、参加する仲間は何かうまいものを持ち寄ってみんなで一晩楽しもうという趣向だ。

BBQコンロで焼きたてのメルゲーズを、羊と野菜たっぷりのクスクスに乗せて食べる。旨い。長島さん特製の豚足のマリネもよかったなあ。いろいろ食べて飲んでお腹も出来上がったころに、アリーグルだったかの市場で買って来たというチーズが登場した。白カビ系のカマンベール、山羊のシェーヴル、カンタルだったかコンテだったかハードタイプのチーズなど、みんなで6種類もあって、稲葉さん手作りのクェッチ(プラム系)ジャムも開けて、いろんな味のチーズを楽しんだ。仙谷さんは、東京へ帰ったら美味しいチーズが食べられなくなるなあと、しきりに残念がっていた。
 

送別会の時のチーズ三昧。カンタル? コンテ? 言われてもすぐ忘れる。
手前は木の葉で巻いたシェーヴル、奥はカマンベール、黄色いのはなんだっけ?

市場やチーズ専門店でチーズを買うのは、私にはちょっとだけハードルが高い。小さいカマンベールやシェーヴルだったら問題ないが、巨大なハードタイプは切ってもらわないといけないし、種類があり過ぎて味と名前と色や形が覚えきれない。そして最大の関門は店の人とのフランス語会話にある。よく行く八百屋のオヤジでさえ、私の顔を見ると急に仕事を思い出したようにその場を離れ、もう一人の穏やかな爺さんと交代したりする。話の通じにくい外国人でスイマセンね、私も東京で外国人を見たら同じ反応しそうだし、そんなこんなで、勢いエトランジェの私はシュペルマルシェ(スーパーのことです、はい)で一人ゆっくりとチーズを物色することに相成る次第。

ところが近くのモノプリの、白カビ系カマンベール棚だけでも20種類以上あるだろうか、どれにしようか悩む。250gの木箱に入ったのが3~5ユーロくらい、東京で買うチーズの半額以下、安い。あれも良さそう、これも食べたい、どれでもいいような気もするが、パッケージのデザインを見比べてお気に入りを決めるまで、大変だが楽しい時間。その昔、銀座ソニービル地下にあった中古輸入レコード屋(ハンター)でジャケ買いした時のことを思い出す。中身の情報が確認できない場合、外側のデザインが好ましいものは味もいいだろう、いや、いいに決まってるという法則は、フランスでも通じるかな。ちょうどCDサイズの丸い木の箱に、古くさいデザインの紙のラベルが貼ってあり、見ていて飽きない面白さだ。頑固に昔のままのスタイルを守っているようで、こういうの、フランスってえらいなあと思う。チーズは醗酵する生ものだから、美味しく食べるのに自然素材のパッケージが不可欠なのかも知れないが。
 

アントニーの教会前広場に100軒以上の店が並んだチーズ(ワイン)フェア。
ゴーギャンの民族衣装の女性の絵、あれはノルマンディー?

秋になって、パリ郊外のアントニーで恒例のワインとチーズの市があるというので、稲葉さん、暁子さんと駅で待ち合わせて教会の広場へ向かった。マルシェとはひと味違った、地方の物産フェアみたいなローカルな感じが旅行気分。バスクの民族衣装を着た人がアコーディオンを鳴らしながら練り歩いたり、ワインを箱買いする客がカートをガラゴロ引いたり、ポリスが出るほど賑わっていた。あちこちでワインは試飲できるし(私には関係ないが)、チーズも試食できる。ジャムやオリーブ、ソーセージ、フォアグラ、パンにケーキと、もう十分に楽しんで、両手にいっぱい想定外にずっしりと買物してしまった。モンドールというチーズをその時に知って、買ってみた。

カマンベールのような丸いチーズだが、厚さが3倍くらいあり、秋田の曲げワッパみたいな、立派な蓋付きの木箱に入っている。チーズの表面に布目が残る厚い皮にナイフを入れると、中はとろ~りクリーミー。スプーンですくって食べる。箱の内側には杉のような焦げ茶色の樅の木の皮が巻いてあり、チーズには木の香が残る。ブーリー系の牛乳チーズの素直な味で、私にはちょっと物足りないほど。スイスとの国境近くの山脈にあるモンドール(金の山)地方の特産で、秋から春先までの寒い季節限定生産らしい。パンといっしょに軽い昼メシに食べると、いくらでもいけそう。

試飲して気に入ったら交渉、注文。小切手を切る人をよく見かける。
ここでモンドールと、28カ月物のコンテを購入。ジェラ地方の特産だ。
固い山羊のチーズもあるなんて、知らなかった。酸味が消えて濃厚。
昼寝せる妻も叱らず小商い 虚子
コルシカのサラミやハム、味が濃そう。兄さんも濃くてハンサム。
大鍋の中はタルティフィレット(じゃがいものグラタン)。匂いに負けそう。

あるとき細木さんから、田中さんチーズ食べる時に飲み物はどうします?と聞かれて、答えに困ったことがある。ガス入りの水だったり、カフェオレだったり。チーズにピッタリだとは思わないが、私、ワインというかアルコールがだめなので……。舐める程度だったらOKなので、一口だけ飲んで楽しむのだが、確かにチーズを食べて、ワインを飲んで、またチーズを一口、ワイン、チーズつまんで、という無限に循環する極楽が体験できないのは、人生の快楽の重要な部分を棄権したようで、時々くやしく思うことがある。やっぱり、チーズとワインは、セットだよなあ。チーズを選ぶのも楽しいけど、ワインをあーだこーだ言いながら選ぶのはもっと楽しいんだろうな、きっと。うらやましい。

11月になり、モベールの朝市でチーズ屋にモンドールが並んでいた。箱ごと半分にカットして(やることが大胆)、私が一人で食べるのにちょうどいいサイズも売っている。迷わず買った。その足で、モンジュ通りのパン屋へ行き、棚を見渡してパン・オ・ノワ(Pain aux noix)を買った。木の皮に包んだチーズにはクルミが合うだろうと、ワインがだめならパンを選ぶ楽しみくらい下戸の私に許されてもいいはずだ。
 

アントニーで買ったモンドール。クロワッサンにカフェオレで。
モベールで買った半切りモンドール。クルミパンとも相性ぴったり。