from パリ(田中) – 29 - クリュニー中世美術館の一角獣と兎。

(2009.11.16)

パリの一人暮らしにもだいぶ慣れて、最近ではコンビニ感覚で近くのモノプリ(スーパーマーケット)へ食料品の買い出しに通っている。店の入口はパリによくある古い建物のままで目立たないが、地下の食品売り場は驚くほど奥が広く、新鮮な野菜や果物から食肉、乳製品、加工食品、キッチン用品まで殆ど何でも揃うので助かる。唯一残念なのは鮮魚関係が全く無いことぐらいだが、東京じゃないんだからしょうがないか。ところでこの店とサン・ミッシェル大通りを挟んだ向かい側に、まるで遺跡のような中世美術館がある。行こう行こうと思いながら、あまりにも近くにあるので後回しになっていた。少し郊外まで出かけるにはどんよりとして肌寒く、冬の気配が濃くなった週末、そろそろ頃合いとご近所の美術館へ出かけてみた。

石畳の中庭には古井戸や日時計があって、壁の貝の紋様も中世だ。すごく混んでいるわけでもないのに、チケットを買う行列が出来る。受付の姉さんがテキパキ仕事すれば待たずにすむと思うのだが、お喋りしながらマイペースを遵守して、(私から見ればちんたらやってるので、)なかなか列がはけない。フランス人は待たされるのに慣れているのか、待つことも楽しんでいる風で誰も文句を言わない。私(日本人)はせっかちなのだろうか?
美術館の北側(塀の中)の公園には、ハーブなどを中心にした中世の野菜畑もあるらしい。特設会場でアステリックスというフランスでは子どもに大人気の漫画家(故人)の原画展示をやっていたせいで、親子連れが多かったのかな。

美術館の北側(サン・ジェルマン大通り)には緑濃い公園があって、何度か散歩したことがあるが、入口はこの公園をぐるっと回って反対のパリ大学(ソルボンヌ)側にあった。金曜日の早い午後だというのに、門を入ると長い行列ができている。観光客らしき人は少なく、親子連れが多い。学校が休みなんだろうか? フランスの祝日というものがまだよく判らない。中庭の列に10分ほど並び、8ユーロの入場券を買う。館内はほの暗く、迷路のようだ。中世の装飾品や書物、彫刻、キリスト教美術、家具調度品、甲冑や刀剣、いろいろ見るうちに気分はハリー・ポッター、いやもっと昔だ。子どもが多いのはそのせい? でもないだろうが……。(後でわかったが11月1日の万聖節前後の1週間以上、学校が休みになるらしい、いいな)

この美術館、写真撮影はフラッシュさえ使わなければOKだが、この暗い中でどうやって撮ればいい? 暗いところに強いデジカメとはいえ、ちょっと寄って撮ろうとするとシャッターが2分の1秒。手ぶれしてますが、ご容赦を。

礼拝堂を改装したような展示室をいくつか回り、石棺が安置されている半地下室みたいな通路を抜け、(まるで忍者屋敷みたいだ)隠し廊下みたいな階段を上がると、この美術館の目玉の特別展示室があった。薄暗い展示室を何度も曲がりながら通ってきたので、方向感覚がかなり麻痺している。半円形(に見えた)の展示室は他の部屋よりひときわ暗く、その壁面に5枚のタピスリーが赤く浮かび上がっていた。この「貴婦人と一角獣」を見たかったのだ。想像していたより大きいし、曲面に並べて掛けてあるのも意外だった。モネの睡蓮の絵のような展示スタイル、しかしオランジュリーは近代的で明るいが、ここは暗い中世の修道院みたいな世界だ。目が慣れると部屋の中央に椅子があるのがわかる。しかし私は、しばらく立ち尽くしたまま貴婦人と一角獣の世界に迷い込んでいた。

貴婦人が一角獣の角を握り、触覚を表現しているとされる織物。左上の猿が鎖に繋がれ、ふて腐れているのは何故?
第6番目のタピスリーにはA MON SEUL DESIR(私のただ一つの望み)というタイトルが織り込まれていて、愛とか、欲望とか、理解力など諸説入り乱れて謎とされているようだ。第六感ということかな。

気がつくと背後にもう一枚、合計6枚のタピスリーが掛かっていた。5枚の織物はそれぞれ人間の五感(目、口、鼻、耳、手)のアレゴリーを表現していて、6枚目の感覚は謎とされているそうだが、どの絵(織物)もすごい。時を経て退色しているはずだが、今見ても十分に鮮やかだ。貴婦人は凛々しく、白い一角獣の目は優しく微笑むようで、ライオンの顔は笑ったオヤジみたいだ。周りにはいろんなポーズをとった猿がいたり、鳥や犬もいる。そしてミル・フルールと呼ばれる装飾的な花模様が一面に散りばめられて、ボッティチェルリの春の絵のようだ……と飽きずに眺めていて、突然うさぎが目にとまった。6枚の織物のあちこちに兎が遊んでいる。跳んでるの、立ってるやつ、見つめ合ってるカップル、思案顔なやつ、振り向いてるの、きょとんと驚いた目、……ぴょんぴょん。ちょっとクールなすまし顔の貴婦人よりも、よほど愛嬌があって面白いな、ウサギ。