田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》
ベトナム街歩き3 ホーチミン
サイゴン河の流れのように
悠々たるホテル・マジェスティック 

(2014.06.09)
旧い友とサイゴン河を眺めながら、半世紀前のベトナム反戦デモの思い出話をぽつり、光陰矢の如し。
旧い友とサイゴン河を眺めながら、半世紀前のベトナム反戦デモの思い出話をぽつり、光陰矢の如し。
河沿いの古いホテル

炎天下のホーチミン、ドンコイ通りは、緑が茂る大きな並木の影も頼りにならない。サイゴン河を右に折れるとトンドクタン通り、川風を期待しながら歩いて来たのだが、暑さは全くひるむ気配が無い。とはいえ川沿いの通りに連なる白と薄いクリーム色のコロニアル風アーチに出会うと、目に一服の清涼感を感じる。アールヌーヴォーの美しい飾り窓を持つ、ホテル・マジェスティック・サイゴンだ。名前通りに、マジェスティックな雰囲気に圧倒されそうになるのを抑え、思い切って玄関のドアを開け中へ入るが、一瞬暗くてよく見えない。エアコンが効いて涼しいのが嬉しい。すぐに眼が慣れて室内の全容が見えてきた。白い大理石の床、高い天井からはシャンデリア、ロビー中央には南国の白い花のアレンジメント、フロントの重厚なカウンター、あちこちの窓にはステンドグラス、古いホテルを見ると、泊まってみたくなる気分が突然沸いてくるのは何故だろう。

  • マジェスティックな佇まいに圧倒されてはいけない
    マジェスティックな佇まいに圧倒されてはいけない
  • 壁の白と薄いクリーム、窓の黒と金、配色の妙
    壁の白と薄いクリーム、窓の黒と金、配色の妙
  • 入ってみて、窓の美しさに再度感動する
    入ってみて、窓の美しさに再度感動する
植民地時代から90年の歴史

少し緊張しながらロビーを歩き、エレベーターを探す。ピカピカに磨かれた真鍮の門に囲われたような、それと思しきチークのドアの横に階数を表示するボタンがあったので押して待つ。エレベーターだった、のだが、狭い。大人が3人乗れるかどうか。昔のエレベーターは狭かったのだろうか。アオザイの女性とでも乗り合わせたら…なんて要らぬ心配をしたり。階数の表示はフランス式だ。5階(最上階)のブリーズ・スカイバーまで、エレベーターは時間を遡るようにゆっくりと上がって行く。

ベトナムがフランス植民地だった1925年にマジェスティックはオープンし、フランス人を中心に賑わいを見せた。時は流れ、第二次世界大戦でフランスがドイツに占領されると、仏領インドシナへ日本軍が進駐し日仏共同統治となる。このホテルも日本の配下となり、多くの政府や軍関係者が宿泊したと言われる。さらに時代は下り、ベトナム戦争中には海外特派員の拠点として、ロバート・キャパや沢田教一、開高健たちもここを利用したことで知られる。6階のレストランが北ベトナムのロケット砲攻撃を受けたそうだ。何度かの修理と改装を経て、今では戦争の痕跡はどこにも見当たらないが、二度の戦争に翻弄されながらもしたたかに生き抜いた芯の強さと強運を感じてしまう。

  • 非日常のホテルライフは、こうでなくっちゃ
    非日常のホテルライフは、こうでなくっちゃ
  • 南の国の白い花と、木彫りのカウンターにアオザイの女性
    南の国の白い花と、木彫りのカウンターにアオザイの女性
  • 螺旋階段を見ると気持ちが高揚する
    螺旋階段を見ると気持ちが高揚する
  • 豪華なエレベーターの脇にはエスニックなステンドグラス
    豪華なエレベーターの脇にはエスニックなステンドグラス
 
サイゴン河とコーヒー
5階のスカイバーは奥がオープンテラス風になっていた。サイゴン河が見下ろせる席に座り、私はコーヒーを注文した。ゆるやかに蛇行する大河を、動いているのか止まっているのか、船もゆっくりと行き交う。河の流れにあわせるように、時間もゆっくり流れる。運ばれてきたコーヒーは、苦みと酸味のバランスがマジェスティック!! フルーツのような香りもあって、感動的な美味しさだった。一息ついて、改めて5階を見回すと、バーカウンターの回りには往時を偲ばせる美しいステンドグラスの衝立てがあった。明るいのに薄暗い、南の国のホテル最上階のバー。こんな所で独り、静かな河の流れと過ぎ行く時間に身を任せ、昼間から酒を飲む……下戸の私は勝手にイメージを膨らませてみる。
  • サイゴン河の大看板を見て、ベトナムは社会主義国だと認識
    サイゴン河の大看板を見て、ベトナムは社会主義国だと認識
  • 濃いようで濃くなく、苦いようで苦くなく、マジェスティックな芳香
    濃いようで濃くなく、苦いようで苦くなく、マジェスティックな芳香
  • 行き交う船を目で追っていると、時間の流れも遅くなりそう
    行き交う船を目で追っていると、時間の流れも遅くなりそう
ホテルの愉しみ
去年、この歳になって初めてハワイへ観光旅行をした時に、一生に一度かもと、オーシャンフロントの部屋を奮発した。その時に、ホテルに滞在することが目的の旅があることを知った。旅先の街をあちこちと歩き回ることが好きな私にとって、長らくホテルは快適に休めることと美味しい朝食があれば、それで十分だったのだが、それだけではないホテルの愉しみに最近になって目覚めたというのは、齢を重ねたことの醍醐味?だろうか。今回のベトナム旅行は大学時代の友人と旧交を温める旅で、もう50年近い昔を思い出したり、若い気分に戻ったりしてなかなか楽しかった。ホイアンもホーチミンも好印象で好きな街だ。再び訪れそうな予感がするのだが、その時はマジェスティックのサイゴン河が見える部屋で、などと夢想してみたりするのだった。
  • 最上階のブリーズ・スカイバー
    最上階のブリーズ・スカイバー
  • ガラス越しに見える、もう一つの時間
    ガラス越しに見える、もう一つの時間

HOTEL MAJESTIC SAIGON
住所:01 Dong Khoi Street, District 1 Ho Chi Minh City – Vietnam
TEL:+84-8-38295517
FAX:+84-8-38229744