田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》逗子・披露山公園の展望台から眺める春の相模湾の水平線。

(2015.04.10)
空飛ぶ円盤の基地か?
空飛ぶ円盤の基地か?
 
格差問題

逗子小坪漁港の海沿いに、古い漁師町特有の網の目のように路地が広がる一帯がある。軒先をかすめ、窓越しに部屋が覗き込めそうな、人ひとりがやっと通れる程の道路というより薄暗い裏道を、迷子にでもなった気分でくねくねと曲がる。生活が匂って来るような空間をドキドキしながら通り抜ける感覚は、昔ナポリの裏町で味わった気分にもどこか似ている。階段を上がり、見上げるのも大変な急な坂道を息を切らせて登りつめること5、6分。そこにはあっと驚く別天地が広がっている。片側2車線はありそうな広い道路、しかしここは住宅地なのでセンターラインの白線も信号も、電柱すらない。あちこちに背の高いフェニックスも見えるゆるやかな斜面は、ナポリでも南仏でもないどこか異国の風景。1区画300坪(1,000㎡!)は猶にありそうな敷地に邸宅が散在する披露山(ひろやま)庭園住宅エリアだ。100mも登っていないのに、この標高差というか、エベレストほどの住宅格差は、彼のピケティ先生にもぜひ見せてあげたい経済不平等の風景だ。

  • 逗子に住むんだったらここがお勧め、勧められても困るか(笑)
    逗子に住むんだったらここがお勧め、勧められても困るか(笑)
  • 春に富士山が見えるのはラッキー
    春に富士山が見えるのはラッキー
鎌倉時代の不動産開発?

ソメイヨシノが咲き誇る晴れた春の朝、ウグイスの囀りを聞きながら行き交う人もいない広く静かな通りを歩いていると、あまりにも豪華な邸宅群はまるでテーマパークか映画のセットのようで、生活感が希薄だ。こんな所に友人でも住んでいれば楽しいのだが、私が目指す先は庭園住宅が広がる台地の端、丘の頂上にある披露山公園だ。『披露(ヒロ)の名は「ひらきあらわす」という、めでたいこと、良いことを公表する意味があり、鎌倉時代将軍に献上物を披露した所、あるいは献上の品物を披露する役人が住んでいた所ともいわれています』と公園の案内板に説明があった。ここは昔から、やんごとないエリアだったのか、なるほど。

  • 一見地味に見える佇まいが、実は豪華だったりして
    一見地味に見える佇まいが、実は豪華だったりして
  • 主のいない庭にムスカリの花
    主のいない庭にムスカリの花
  • ローズマリーの花、誰に見られること無く咲き乱れて
    ローズマリーの花、誰に見られること無く咲き乱れて
  • 浪子不動ハイキングコースを降りる時は足元をしっかり
    浪子不動ハイキングコースを降りる時は足元をしっかり
展望台に登ろう

公園から西を見れば一山向こうはすぐ鎌倉、由比ケ浜から江ノ島も見渡せ、南東には逗子海岸から葉山方面まで、相模湾が180度のパノラマで展開する。晴れて運が良ければ富士山も遠望できるし、もちろん美しい夕焼けも楽しめる。展望台まで登らなくてもこの公園は十分に見晴らしがいいのだが、人には高い所から周りを眺めるDNAが組み込まれているらしく、やっぱり登ってみようか。円形2階建ての、シンプルで開放的なモダニズム建築の見本のような展望台は、今となっては新しくも古くもなく、時間が止まったかのような懐かしさを覚えるデザインだ。威圧的でもなく、かといって媚びた安っぽさもなく、大人しく風景に溶け込んでいる姿に好感が持てる。導かれるように螺旋階段を登ると、海から吹き上げる風が心地よい。眼前にはどこまでも青い空と青い海の、境界となる水平線が無限に広がっている。

  • 右に江ノ島、水平線のさらに向こうは無限の彼方
    右に江ノ島、水平線のさらに向こうは無限の彼方
  • 南側斜面にはヤマザクラが満開、葉山マリーナから森戸海岸方面
    南側斜面にはヤマザクラが満開、葉山マリーナから森戸海岸方面
  • 螺旋階段はどうして人を惹き付けるのだろう
    螺旋階段はどうして人を惹き付けるのだろう
  • 崖の下から見上げると戦時中の高射砲が偲ばれる
    崖の下から見上げると戦時中の高射砲が偲ばれる
3つの円の謎

この公園はミニ動物園にもなっていて、子ども連れのファミリーで賑わう所だ。展望台のすぐ横にある円形の檻の中は猿山になっていて、ニホンザルがのんびり日向ぼっこしている。彼らは海を見ることにもう飽きてしまったのかな。この檻もSFっぽいデザインがなかなか魅力的だ。近くにもう一つ円形の花壇があり、丘の上に3つのサークルが並ぶ。何か怪しい匂いがするので調べてみたら、第二次世界大戦中に高射砲の砲座があった跡地だということが判明。公園が開園したのは戦後の1958年、砲座の円形の窪地をうまくリノベーションして、平和な時代の展望台としてよみがえらせたのだ。

  • 高射砲の台座跡を猿山にリノベーション
    高射砲の台座跡を猿山にリノベーション
  • クジャクだけでなくホロホロチョウやアヒルも
    クジャクだけでなくホロホロチョウやアヒルも
  • 第三のサークルは円形花壇
    第三のサークルは円形花壇
  • 白いテラスのレストハウス
    白いテラスのレストハウス

しばらく休憩していたこのコラム、湘南近辺の見晴らしのいい場所をあちこち探して歩き回りながら、また復活しようと思っています。今後ともご愛読のほど、よろしくお願いします。

 

《ひとくち、ふたくち、みくちメモ》
JR逗子駅前から京急バス・小坪経由鎌倉行きに乗り、披露山入り口下車、登り坂を徒歩15分。バス停そばのフランスパンが美味しいパン屋(パンヤ・コット)でサンドイッチを買い、展望台のベンチで食べるのもおすすめ。漁港から急坂を登る文中のナポリルートは、同バスで小坪下車、徒歩25分。公園は入園無料、広い駐車場(49台・無料)もあるが、庭園住宅を見学しつつ坂道を歩いて登るのがベスト。園内には広いテラスのレストハウスもある。小坪漁港には、安くて旨い魚の定食屋が軒を連ねるので、歩き過ぎて腹が減ったらこちらへ。地元の海岸で作った干し若布も春が旬だ。公園駐車場から浪子不動ハイキングコースで逗子海岸へもすぐに降りられる。この道も急坂で短いが、深山幽谷の趣あり。浪子とは、明治時代にベストセラーとなった徳富蘆花の悲恋ドラマ『不如帰(ほととぎす)』のヒロインの名前で、逗子海岸の海中に不如帰の石碑が建っている。また、逗子駅前の菓子店、三盛楼の浪子最中は黒あんと白あんがあり、絶品。