from パリ(石黒) - 24 - パリ・アート散歩(14)DYNAMO
動力と芸術的エネルギーの回顧展

(2013.05.01)

自転車のライトが付く仕組みと、アートの関係って?

現在グランパレでは7月22日まで、異色の回顧展DYNAMOが開催されています。DYNAMO(ダイナモ、フランス語ではディナモと発音)とは、メカニックな動きを、磁力を用いて電気エネルギーに変換する発電機のこと。「自転車の車輪にくっついて、ライトを点灯させるバッテリー」といえば、わかりやすいでしょうか。「動力のおかげで、電気エネルギーが発生する」意味を持つ語をタイトルに冠したこの美術展は、「視覚」「空間」「光」「動き」というテーマの作品をフォーカスしていて、その方法が、実にユニーク。レトロスペクティブ展にありがちな、過去から現在へと繋げる展示順序ではなく、今年2013年から1913年までの、1世紀のアートムーブメントを遡ります。

展覧会のタイトルは1913年-2013年の順で記されているで、そのつもりで会場内に入ると、驚かされます。約4000平方メートルにわたるスペースを埋め尽くす作品数、しかも「視覚」のトリックに訴えかけてきたり、強烈な光を放射したりする作品も多く、展覧会中腹部分では、残像が頭と眼に残ったりして、疲れと共に、不思議な覚醒状態に陥ったかのように。

回顧展のみならず一般的に美術展の順路は、過去から現在へと向かうのが主流。過去に逆戻りという展示スタイルは、非常に勇気が要る方法。19世紀に発明された磁力による発電システム「DYNAMO」というタイトルが示すとおり、「光」や「動力」の制御が電気で自由に出来るようになり、「電気で照らす」「電気で動かす」という行為が「アート」として認識されるようになってから、わずか1世紀程度しか経っていないわけで、数千年の歴史を誇る絵画や彫刻とは違って、まさに日進月歩のテクノロジーの申し子とも言えるこのアート領域を、現在から過去へ遡って展示するのは、キュレーターにとって、一種の賭けだったはず。コンテンポラリー作品の最新のテクニックで最初に観客を圧倒してしまった後、どうやって後半で過去の「電気的、動力的に見て化石的」な作品を、素通りさせずに、見せるのでしょうか。


ネオン、蛍光灯、LED…。光素材の進歩で、創造の可能性はますます進化します。

抽象影絵とでもいいましょうか。大きさを変える立方体の影が壁を覆いつくします。

壁を覆いつくすライトが全灯すると強烈な照射で眼を開けていられなくなります。

光の棚がそれぞれに点灯したり消えたりして、全体のフォルムを変化させます。
光、色、奥行き、動線…芸術的エネルギーの発動機

個人的に、この逆行の賭けの意味が見えてきたのは、展覧会終盤。ソト(Jesús-Rafael Soto)やカルダー(Alexander Calder)の彫刻を経て、ソニア・ドローネー(Sonia Delaunay)やクプカ(František Kupka)といったキュビスム時代の作品にまで遡ってくるのですが、これらの作品が、これまでとは全く違う印象に見えて、眼から鱗が落ちたような、心地よい発見と驚き。

ムーブメントを連続した継承/断絶の流れで追っていくのが美術史なので、キュビスムも通常、過去から未来に繋がる通過点/到達点として語られるのが普通ですが、21世紀から遡るこの展覧会終盤に置かれることで、キュビスムが全く違うコンテクストの中で浮かび上がってくる。光やムーブメント、空間を制御・把握するテクニックが、現在ほど発達していない時代にも関わらず、キュビスムのアーティスト達は、平面のデッサンやシンプルな素材を用いた彫刻で、さらりと、現代のライティングアーティストや建築家が最新のテクノロジーを用いて表現しようとしている事を、いや、それ以上のものをキャンバスや彫刻に映し出している事に、気づかされました。通常の歴史的コンテクストなら、キュビスムはそのフォルムや色の配置などの「推し進めた抽象性」が目に付いて、癒されるといった鑑賞法ではないだろうと思うのですが、この回顧展DYNAMOでは、キュビスムでほっこり。

DYNAMO=「動力で電気エネルギーが発生する」という定義そのまんま、光を使った作品から始まって、「動き」で「芸術的なエネルギーが発生する」ことを実感させてくれる美術展。「動き」はメカニックなもののみならず、アートムーブメントとしての「動き」も暗に含んでいたりして…。展覧会最後には、この膨大な作品数を見事に裁ききったキュレーターの力技に脱帽。会場を後にしたのは、20時半過ぎでしたが、春から夏にかけてぐんぐん日が伸びていくのが気持ちよいこの季節。夕刻とはいえまだ日が残るパリの、どこかまどろんだような、でも明るい自然光が、展覧会の強くて儚い光の風景の後に、優しく眼を休めてくれたのでした。


左:白・黒・グレーだけのコンポジション。タケコプターがくるくる回っているよう。
右:動いているような錯覚を与えるオプアート。巨匠ヴァゼルリははずせません。

左:力の変化をテーマとしたセクション。扇風機のヘッドの回転で、膨らみが動きます。
右:大小の透明の吊り輪が上下に移動するシンプルな発想ながら、美しさに魅了された作品。

DYNAMO UN SIECLE DE LUMIERE ET DE MOUVEMENT DANS L’ART 1913-2013
(DYNAMO アートにおける光と運動の1世紀、1913‐2013年)
会期:2013年4月10日 – 7月22日
会場:Grand Palais