from ハワイ – 11 - 一大決心、車を買おうと思う。

(2011.03.18)

今乗っているフォードが今年で10年を迎える。2001年の夏、あの忌まわしいセプテンバー11の直前に新車で買った車だ。早いものでもう10年。あの夏の記憶はあせないが車はかなりあせてきた。

週に160kmほど走行するので、そろそろ何かあるんじゃないかと、 細かな振動や異変におびえながら走っている。この大きな車をなんとかしなきゃ、そう思いながら2、3年が過ぎようとしている。

ガソリンの値段は留まるところを知らず上昇し続けている。アメリカではまだまだお高いエコカーにはとても手が届かないから、ここはひとつ低燃費の小型車に乗り換えるしか無い。
 

島では一番大きなフォードの中古車屋さん。冬のクジラの時期には長期滞在のリゾート客が買いあさるのでめぼしい車を見つけるのは難しい。彼らが島を離れる3月、お金持ちが冬の間の滞在用に買った車が市場に出るのが狙いめ。
さすがに最近は見なくなったのがパトカーの中古車。一昔前はPOLICEの文字を消し天井のライトをとり払ってサイドのラインだけ残した車を時々見かけた。写真は本物のハワイ州のパトカー、デザインがとてもアメリカンである。

気がつけば周囲の友達はほとんどがトヨタかホンダの日本ブランドにお乗りである。もちろん日本でステイタスのベンツやBMWにお乗りあそばされる方もオアフにはたくさんいるが、ネイバーアイランドでは俄然数が少ない。

ネイバーにはディーラーが少ないし、ヨーロッパ車は修理や部品の調達が不便だ。

そんなわけでメンテナンスが少なくてすむ日本車は不動の人気を保っている。バッシングめいた今回のリコール騒ぎも自動車メーカーのないハワイではまるでどこ吹く風、リコールなんてアメ車ブランドなら日常茶飯事、誰も騒がないだけで大なり小なりしょっちゅう起きている。

   

太平洋のまん中にあるハワイはかなりの「僻地」だ。いいモノも悪いモノも飛行機か船で運ばなければならない。

ガソリンも自動車も西海岸のシアトルやポートランド、ロングビーチあたりから海をはるばると運ばれてくる。しかもそのハワイ航路はあの有名なMATSON社が昔からほぼ独占状態にあるという。おのずからハワイは物価が高い。

工業製品も食料品も自給できないので何でも高くなる、いや牛乳や卵、自給できるものでさえもなぜか高い。車の値段もロスあたりに比べると断然高い。

よそから移住してきた人達はこれをあきらめ気味にパラダイス・フィーと呼ぶ。ここで生まれ育った人達はただただあきらめている。

飛行機が無い時代にハワイ航路を切り開き大変な成功を収めたマトソン社の有名なポスターやメニューはコレクターズアイテムとして今も大変人気がある。写真はフランク・マッキントッシュの作品の一つ。
ラックで引いて島中に品物を届ける。当然、海が荒れると入荷が遅れる。冬場は小売店の店頭から商品がぽっかり消える事もある。「僻地」と言われる所以。
各島を結ぶ生命線とも言えるヤングブラザースのコンテナー。折しもコナウィンド吹き荒れる雨の日に私の車が届いた。 塩水を思いっきりかぶっているに違いない。 オアフ島のディーラーから取り寄せた車の送料$225なり。

オアフ島に到着した自動車は、その後ネイバーアイランドに別の海運会社によって運ばれる、このインターアイランド海路もYOUNG&BROTHERSという別の会社によるほぼ独占状態だ。

自然とオアフ島とネイバーアイランドでは車の値段なら$1,000ぐらい差がつく。飛行機に乗ってオアフ島に出かけて車を買って船で送る人も多い。手間はかかるが自分で送ったほうが安上がりだからだ。

最近はその空路でさえもアロハ航空倒産後ハワイアン航空とGO!エアラインの2社独占状態でハワイ島間を往復するのとアメリカ本土のラスベガス往復がほとんど変わらない値段になってきている。

一歩先がどうなるかわからない、ハワイの経済は実に不安定だと思う。
 

景気絶好調だった4〜5年前までは港周辺の空き地に野ざらしで出番を待つ新車があふれていた。盗難の危険きわまりないアメリカでは考えられないのどかな風景だと思う。もちろん景気がいい時は犯罪も少ない。
ガソリンの値段は1週間に2回ぐらい値上がりし続けている。夏には1ガロン(約3L)$5はかたいだろう。コンテナーのつくオアフ島はそれでもまだ安い。離島はさらに輸送コストがついてガロン40セントぐらい高くなる。

では中古車市場はどうかというと,これがまた台数が少なくて高い。新車との値段があまり変わらないのだ。例を挙げれば2008年モデルのトヨタカローラ34,000マイル走行(54,000km)が$14,500(123万/1$=85円計算)である。100万円を超えるお金を何か事情があったかもしれない車につぎ込めるか? メカニックに自信の無い私のような人には苦悩の新車購入となる。

そもそもディーラーがいくつもありしのぎを削る健康な経済状態のオアフ島と違い、ネイバーアイランドにはディーラーがそれぞれ1店舗ずつぐらいしかないとても不健康な状態だ。欲しい人が多ければ競争が激しくなるのが自由経済だから,ディーラーは「超」がつくほど強気だ。

横綱ホンダ様の目を付けた小型車は、ベーシックモデルが島にたった在庫一台でかれこれ3カ月たっている。 色はもちろん選べないし、試乗されてマイルがどんどん増えている。おまけにセールスマンは次の在庫がいつ入るかわからないとのたまう。ディーラーは同じ型でも高く売れるスポーツモデルを多く並べて売ろうとするので、安いモデルのセールスにはまるで気のりがしないらしい。

ホンダと言えば走り屋さんのお兄ちゃん御用達、彼らと同じモデルなんて滅相もない。ベーシックモデルは希少と言えるぐらい在庫数が少ない。

通う事3回目でやっとベーシックではなくスポーツモデルの試乗に成功。それで値段はいくら?と聞くと、あなた本当に買うの?と聞き返される。買う気がない人には値段は教えないのがアメリカのディーラー、「買う気がないのに試乗すると思う?」と言い返さずにいられなかった。

北の海からまともに吹きつけるトレードウィンドを受けてそろそろ3ヶ月、灼熱の太陽の下にさらされているあのいくらだかわからない車を、売ってもあまり儲からないと不機嫌な顔のディーラーと交渉して定価より$3,000も高い値段で売りつけられるのかと思うと、試乗して高揚した気分が萎えていく。

一方リコールがあっても東の横綱トヨタ様は置いてある車の数が常に少ない。入荷する前から買いたい人は試乗もしないで予約で買ってしまうのだという。

トヨタ様では試乗どころか話を聞くのも完全予約制で、アポ無しでショールームに行って置いてある車にベタベタ指紋を付けまくっても誰も話しかけてはくれない。Halloでさえも聞こえない、セールスマンがいるのかどうかもわからない閑散としたショールームである。

2カ月の間に4回行ってみたが3回目までは誰にも話を聞けなかった。4回目に行った時、私が欲しいパワーウィンドーのついた小型車は「来月入って価格は$700アップ」と、入り口の横のデスクにいた男が教えてくれた。あれはセールスマンだったのか? 試乗なんて滅相も無い。

更にすごいことに我が島のトヨタ様は土日がお休みである。土日しかお休みが取れない人は平日に休みを取るか仕事帰りに来いというのである。誰が仕事帰りに車を買いに行きたい?

そんなトヨタ様は残念だが私の島では「Toyota is mean.(癪に障る、不愉快という意味)」というのが定評である。行くたびにお父さんに言いつけたくなる気持ちにさせられる。「いつか日本のトヨタの人に言いつけてやる!」。もちろんトヨタ様のお偉いさんなんて知り合いもいないのだが。

   
 

アメリカでは新車の値段はあってないようなもので、ディーラーとの交渉の末に決まるのが普通だ。どんな車も希望小売価格というのはあるが、値段を聞くとその表示の軽く2000ドルは高い数字が聞こえてくる。高いところから始めるのはセールスの基本だが、あまりにも差がありすぎて希望小売価格の意味さえわからなくなってくる。その上こちらには言葉のハンディキャップもある。

感じがいい、私の幼稚な英語をわかってくれる、などと思って折角選んだセールスマンがただの「ぱしり」に変わり、オフィスの奥深くでとぐろを巻くマネージャーという名の電卓をもった悪魔との間を行ったり来たりして値段は絞り込まれていく。

向こうのデスクにいる別の客も同じ悪魔と交渉しているから、交渉がはじまるとやたら時間がかかる。奥にいるマネージャーと直接話ができれば早いのだが悪魔は最後の最後まで現れない事になっている。

今の車は交渉3時間ぐらい、その前の車は実に5時間以上かかったのを思い出した。車は、買う人によって値段が変わるトルコのグランバザールで買う絨毯のようになっている。根性がないと買えない最も難しい買い物のひとつだ。

最後にお得なサービスで今や大人気のニッサン様もチェック。アメ車ブランドを押しのけて最近はレンタカー市場に大躍進している。こちらは2回目にして試乗成功,最もプロっぽいセールスマンと話ができ大まかだが値段も聞き出せた。

他のブランドに比べると希望小売り価格自体も安く、プロモーションがあれば$2,000キャッシュバックや0%ファイナンス、マイル制限付きだが3年間または5年間保証なんていうすごいプランもあってかなり魅力的だ。車の台数も多くて、なんと3色から選べる。(カタログには6色あったが。)萎えていた私の心もここで癒されたのである。

アメリカでは車のセールスマンはよそから流れてきた人がする仕事というイメージが定着している。 映画にもよくあるように、流れついてきた街でとりあえず職を捜す人がなんとかありつく仕事の一種なのかもしれない。そんなセールスマンは笑顔だが貪欲で話だけ聞くのはとても難しい。

こちらがたどたどしい英語で話すと、よしきた!と言わんばかりに「僕はアラスカから来たばかりなんだよ」と「同じ移住者」ぶりをアピールする。それはそれで移住してきた理由など話しは面白いのだがこういう人は数台売ってお金をつくるとすぐに辞めてしまう。 日本車ディーラーには少ないがアメ車ディーラーは圧倒的にこのタイプが多い。

車を買って乗り出し、不具合が発覚する頃には頼みのセールスマンはいないのである。電話をして「彼は辞めたよ」と言われると、乾いた荒野の一本道を風に転がる草のかたまりが横切って行くのが目に浮かぶ。またどこかに流れて行ったのだろう。親しくなったはずの「買ってあげた」セールスマンは消え、残ったのは電卓をもった悪魔である。

そんな訳で車を買うのは一大決心が必要なのだ。なけなしの英語力とすり減ってきた根性と莫大な時間を使い成し遂げる、一大イベントなのである。 いろんな人に助けてもらいながらも 全てのプロセスを自分で終えられたら、また少しこの国になじんだような気がするのだろう。

クリスマスの話題を何度も書き損じているうちにとうとう年が明けてしまった。今更そんな話題の書きもの誰も読んでくれないだろう。気がつけばもう3月、ドタバタ年末のリカバリーにはなぜか3カ月近くかかってしまうのが何でも事がスローに運ぶハワイの常だ。いつも気がつけば3月になっている。読んでくださっている皆さん遅ればせながらあけましておめでとうございます。