田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》天気晴朗な日、記念艦「三笠」に登る

(2015.05.29)
マストにはためくZ旗は、もう後がない崖っぷちの決戦
マストにはためくZ旗は、もう後がない崖っぷちの決戦
 
Z旗揚げて

戦後70年になる今年の春、フィリピン沖で沈没した戦艦「武蔵」が発見された。1,000mもある深海で眠るように横たわる船体の映像はインターネットでも公開されている。奇しくも「武蔵」を建造した巨大クレーンが現存する長崎造船所が今年5月に世界遺産としてユネスコに勧告されたのにも何か因縁を感じる。「武蔵」の顔とも言える特徴的な艦橋(ブリッジ)の一部やスクリューなどがライトに照らされ浮かび上がる姿は、まるで幽霊船のようだ。日本の戦艦は大半が沈没するか戦後解体された。唯一現存している戦艦は日露戦争時代に連合艦隊の旗艦だった「三笠」のみで、記念艦として横須賀港の海岸、正確には三笠公園の陸上に保存されている

  • 「三笠」は排水量15,140t、全長122m全幅23m
    「三笠」は排水量15,140t、全長122m全幅23m
  • 1899年にイギリス・ヴィッカース社で起工、1902年就役
    1899年にイギリス・ヴィッカース社で起工、1902年就役
  • 2本のマスト、煙突、吸気ダクトが並ぶ
    2本のマスト、煙突、吸気ダクトが並ぶ
  • 船尾の艦橋から右舷方向
    船尾の艦橋から右舷方向
  • 船首右舷の錨床、前部主砲の奥に艦橋が見える
    船首右舷の錨床、前部主砲の奥に艦橋が見える
敵艦見ユ

明治時代にイギリスで建造された軍艦って、一体どんなものなんだろう。2年前、横須賀の無人島「猿島」へ乗合船で渡る時に三笠公園の桟橋で記念艦「三笠」も見たのだが、陸上から見上げるだけで満足し、甲板まで登ってみようとまでは思わなかった。再度公園を訪れ、「三笠」の船体後部からタラップを伝い甲板へ登る。後部主砲や補助砲、巨大な煙突や吸気ダクトの隙間をくぐり抜けて艦首へ向かって歩いて行くと、気分はすっかり「タイタニック」のディカプリオ。煙突から黒煙が上がり、汽笛でも鳴ればもう最高なのだが……現実の「三笠」に戻り、前部主砲のすぐ後ろにある梯子階段を探す。ここを登ると、艦橋だ。甲板から見上げた時よりも、いざ登ってみると高く感じる。

  • 最上艦橋から巨大な主砲越しに船首を望む
    最上艦橋から巨大な主砲越しに船首を望む
  • 艦橋の右(前部)は操舵室、左は信号旗がある海図室
    艦橋の右(前部)は操舵室、左は信号旗がある海図室
  • 艦橋の操舵室は意外と狭い。中央に羅針盤、天井から伝声管
    艦橋の操舵室は意外と狭い。中央に羅針盤、天井から伝声管
  • 手前の黒い筒は測距儀、敵船までの距離を測定する
    手前の黒い筒は測距儀、敵船までの距離を測定する
  • 最上艦橋の羅針盤はロボットのようで愛嬌がある
    最上艦橋の羅針盤はロボットのようで愛嬌がある
本日天気晴朗ナレドモ波高シ

蒸気機関の導入で船は大型化し、乗員の数も増え、船を安全に航行し的確な指令を出すためにも甲板の高い所に周囲が見渡せる司令・操舵室が必要になった。この部分を艦橋(ブリッジ)と呼ぶ。前方の視界だけでなく、左右両舷の確認も重要なので細長い形状となったらしい。いちおう手摺は付いているが、両舷ぎりぎりまで行ってみると狭くなっていて、船は陸上に固定され揺れないというのに結構怖い。艦橋の中央に4畳半ほどの操舵室があり、その屋上へさらに階段を登ったところが最上艦橋になっていた。羅針盤や伝声管、そして望遠鏡を2本横に倒したような測距儀などの機器が配置されている。今となってはアナログだが、当時としては最新鋭の装備だったに違いない。艦橋につながるようにマストが立ち、さらに高所の見張り台へ登る梯子が続いている。見晴らしは素晴らしいだろうが、私はご遠慮願いたい。(主砲をはじめ、甲板上部の装備は殆ど復元されたレプリカらしいが、経年劣化した雰囲気までもリアルで、とてもよく出来た原寸大模型だ)

  • 戦艦「三笠」の精巧な模型は金属製、船尾方向から
    戦艦「三笠」の精巧な模型は金属製、船尾方向から
  • ロシア艦隊を日本海で迎え撃つ連合艦隊の、動くジオラマ
    ロシア艦隊を日本海で迎え撃つ連合艦隊の、動くジオラマ
  • 船尾にある長官室の白いドアを開けるとベランダのような歩廊が
    船尾にある長官室の白いドアを開けるとベランダのような歩廊が
  • バス・トイレの床のタイルは当時のものなのか? お洒落だ
    バス・トイレの床のタイルは当時のものなのか? お洒落だ
  • 長官室の歩廊を船外から見ると、手摺が優雅だ
    長官室の歩廊を船外から見ると、手摺が優雅だ
英国育ちの「三笠」

甲板の下(中甲板)には展示室があり、日本海軍歴代の軍艦プラモデルから、医療船「氷川丸」、戦艦「三笠」などの精巧な金属製模型が陳列されていて軍艦マニアは必見。日本海でバルチック艦隊を撃破した連合艦隊の動くジオラマもあって、この装置のアナログ感がたまらない。だが、私がいちばん興味深かったのは、艦の後部にある指令長官室や参謀長室の重厚なインテリアと家具調度品などだ。船尾の長官室にはスターンウォークというベランダ風の歩廊まで付いていて、装飾的な手摺の優雅なこと、戦争をする船とは思えない。また、浴室はタイル貼りの床に猫足のバスタブ、トイレと洗面台など、クラシックなホテルの一室のようで、さすがにイギリスに発注した軍艦だけあるなあと感心しきり。写真を撮りながら、じっくり見てまわると小一時間は楽しめた。

  • ヨコスカのどぶ板通りは歩道の改装中、タイル貼りになる?
    ヨコスカのどぶ板通りは歩道の改装中、タイル貼りになる?
  • 横須賀名物の三笠焼は黒あんと白あん、焼き上がりが待てない?
    横須賀名物の三笠焼は黒あんと白あん、焼き上がりが待てない?
  • 来た時は海上自衛隊の、普通の護衛艦が停泊していたのだが
    来た時は海上自衛隊の、普通の護衛艦が停泊していたのだが
  • 夕方帰る時に見ると、最新鋭の護衛艦「いずも」に変わっていた
    夕方帰る時に見ると、最新鋭の護衛艦「いずも」に変わっていた
  • ヨコスカ海軍カレーは、また今度来た時にでも
    ヨコスカ海軍カレーは、また今度来た時にでも
ヴェルニー公園のバラ

JR横須賀駅へぶらぶら歩いて戻る途中、どぶ板通り近くの甘味屋で焼きたての三笠焼を購入。焼き印に「三笠」のシルエットが見える横須賀名物だ。バラが満開のヴェルニー公園までアツアツを持ち歩き、空いたベンチを探して海を見ながら一口食べる。半分食べた所で桟橋をよく眺めると、来た時とは景色が違う。3月に就航したばかりの海上自衛隊の護衛艦「いずも」が停泊していた。空母といおうか、まるで灰色の巨大なビルディングのようだ。ヘリコプターを9機搭載するという甲板も、海面からは相当な高さだ。古典的な戦艦「三笠」も相当にデカいと思ったが、もはや比較のしようがないサイズ。砲弾で敵を破壊し人を殺す軍艦をカッコいいと言うのにはオトナとして気が引けるが、「三笠」に感じるある種の「美しさ」のようなものは、もはや「いずも」には微塵も見当たらない。軍艦のデザインも機能の進化に反比例して、時代とともに「美しさ」が消滅していくものなのだろうか?

 

《ひとくち、ふたくち、みくちメモ》
記念艦「三笠」へのアクセスは、JR「横須賀駅」から歩くと約25分(2キロ)、バスなら「大滝町」下車、徒歩7分。 京急「横須賀中央駅」から三笠循環バスで「三笠公園」下車、すぐ。三笠公園には有料駐車場もあり。観覧料金は一般600円、65歳以上500円 観覧時間は4〜9月9:00~17:30

観覧券の裏面から解説文を引用:「三笠」は日露戦争中、東郷平八郎大将が指揮した連合艦隊の旗艦であり、明治38年5月27日の日本海海戦において、ロシアのバルチック艦隊38隻を撃滅する功績を立てて日本の独立と安全を確保し 〜略〜 大正15年記念艦としてこの地に据えられました。「三笠」は英国のヴィクトリー、米国のコンスティチューションとともに世界の三大記念艦と言われています。

ヴェルニー公園はJR横須賀駅の改札を出てすぐ前、海沿いのボードウォークとバラ園が楽しめ、海風を受けながらベンチで休憩できる気持ちのいい公園。横須賀港に停泊している護衛官や潜水艦を間近に見物できる。