from パリ(たなか) – 71 - 夏の花図鑑・パリ東京。

(2010.09.13)
ネム(合歓)夏に東北へ渓流釣りに行くと、あちこちの山里で見事なネムノキをよく見かける。なかでも福島県昭和村、野尻川と玉川が出会う地点にあるネムノキは大好きな木だ。美しいヤマメに会えることを念じつつ、薄紅の大きな花を見て川へ入り、竿を出す。写真はパリ18区、モンマルトルのネム。回転木馬の屋根に付いた馬が、花の海を駆けるようだ。

モンマルトルの丘の麓にあるアル・サン・ピエール(la Halle Saint-Pierre)美術館で開催中の、『アール・ブリュット ジャポネ展』を見に行った。モンマルトルへはいつも丘の裏側から坂道と階段を登っていたので、南側の正面から丘を見上げるのは初めてだ。天気もよかったし時間もあったので、美術館へ入る前にサクレ・クール寺院まで丘を登ってみることにした。ケーブルカー乗り口がある広場に、2階建ての回転木馬がある。観光客が好きなのか、フランス人が好きなのか、たぶん両方だと思うが、パリの街や公園ではほんとうに回転木馬をよく見かける。
 

2階建ての立派な回転木馬を眺めていたら、その横に背の高いネムノキがあったので……。
古い市場を改装したというアル・サン・ピエール美術館は、鉄の時代の建築物として貴重なものらしい。

写真を撮っていたら、隣に大きなネムノキがあるのに気がついた。日本でよく見かける夏の花だ。てっきりアジアの木だとばかり思っていたのに、こんなところで会えるなんて。夏もそろそろ終わり、花も終わりかけている様子だったが、坂を登って上から眺めると、木の頂あたりにはまだ花が残っていた。ふわふわと毛羽立ったピンクの帽子のような、やさしい花だ。「象潟や雨に西施がねぶの花」と、芭蕉はネムの花を中国いちばんの妖艶な美女に例えた。同時代の「くれなゐの暮れのすがたや合歓の花」という野坡(やば・芭蕉の弟子)の句のほうが、私がネムの花に持つイメージに近い。刻一刻と赤い色を変えながら暮れていく、ターナーの夕焼けの水彩画のような、つかみ所のないはかなさを連想させる。

春には、パリの桜の花に一喜一憂したものだったが、日本で馴染んでいた花に突然異国の街で遭遇すると、ああ君もここで頑張っているんだと、なんだか過剰に感情移入してしまうのは歳のせいだろうか。東京とパリは飛行機で12時間半、朔太郎の時代には「ふらんすはあまりに遠し」だったが、今では旅の時間は格段に短くなった。とはいえ、東京とパリの約1万キロの距離は変らない。日本的な草花を懐かしく思うのは、遠く離れた場所で見るからだろうか? パリの街を散歩していて、ムクゲや、サルスベリ、キョウチクトウなど東京で馴染んだ花を発見すると、つい近寄って声をかけ、頭を撫でてやりたい気持ちになるのは、ちょっとアブナいオヤジかもしれない。

美術館へ戻って、作品を見る。アール・ブリュットを直訳すると、自然のまま、生の芸術という意味だ。素晴らしい展覧会だった。気がついたら1時間半以上、熱中して作品を凝視していた。言葉を無くすほどに。評判を呼んで会期が延長され、年内いっぱい見ることが出来るそうだ。パリにいる人にはぜひ、お薦めです。19世紀の市場を改装したという美術館(la Halle Saint-Pierre)も鉄骨が素晴らしい建築物だ。
 

サルスベリ(百日紅)斎藤茂吉に、「長崎の昼しづかなる唐寺や 思ひいづれば白きさるすべりの花」がある。漢字で書くと百日紅、紅い花が多いが、最近は東京でも白花をよく見かける。小さな丸い葉が秋に美しく紅葉することは、あまり知られてない。写真は18区、モンマルトル、サン・ピエール広場。
サルスベリ(百日紅)。築地の聖路加病院界隈にサルスベリの並木がある。花の色は紅、薄紅、白など様々。枝振りもそれぞれ自由気まま。花の付き方も多いの、少ないの、まちまち。写真のサルスベリは、パリ13区、トルビアック通りから入った裏通り。私がサルスベリだったら、築地の方がいいかな。
ムクゲ(木槿)。パリのムクゲは、日本で見る木より枝振りが華奢で、花は一回り大きく、色は薄青紫やニュアンスのある薄エンジのものが多い。花弁はハイビスカスのように萼の付け根まで裂けている。写真は、5区、サン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会の前庭。
ムクゲ(木槿)。東京世田谷区の緑道では、目隠しの生け垣として剪定されるのが一般的だ。写真のように枝を一本だけ残して球状に仕立てるのは、バラなどでは見かけるが、ムクゲでは例を見ない。八重の痕跡が花芯に残る白花で、蕊も白い。白いスカートの女性はアーチの木陰の中に入るや、キスをした。12区、ドーメニル大通りの高架遊歩道。
ノウゼンカズラ(凌霄花)。東急大井町線の九品仏駅ホームは、電車よりも短いことで有名、でもないが、夏になると自由が丘方面行き側に、見事なノウゼンカズラが咲き誇るのは、この駅の利用客の間では密かに有名。写真は1区、シテ島のヴェール・ギャラン広場、船着き場あたり。
キョウチクトウ(夾竹桃)。首都高湾岸線の大井や、川崎臨海工場から鶴見あたり、キョウチクトウは高速道路の路側帯に不可欠。紅や薄いクリームの花は力強くて美しく、シャープな細い葉の涼しげな深緑色も捨てがたい。写真の花は、シテ島、ヴェール・ギャラン広場。後ろに見えるのはポン・ヌフ。
ダリア(天竺牡丹)。むかし小学校の花壇には必需品で、サツマイモのような球根を植えた記憶がある。園芸植物にも流行があるのか、日本では最近すっかりご無沙汰だ。しかしパリでダリアは定番商品、あちこちの花壇でスター扱い。ポンポンダリアの暗紅色がいかにもパリを感じさせる。12区、リュイリー公園(Jard.de Reuilly)。
ダリア、ベゴニア、ラベンダー、ペチュニア、ヘリオトロープなど。パリの公園の寄せ植えには、いつもながら感心する。花火で言うと、大型スターマイン。見飽きないし、気持ちが高揚してくる。寄せ植えは、日本の生け花にルーツがありそうだが、東京の公園で私はまだ見たことがない。写真はリュクサンブール公園。
イヌキクイモ(犬菊芋)。横浜都筑区の住宅造成地や取り残された畑地に、背丈より高いキクイモがよく群生していた。寂しい風景に、黄色い花がやたら元気だ。この写真は、6区、リュクサンブール公園。膝丈ほどなので、イヌキクイモの園芸種だろうか?
シュウメイギク(秋明菊)。白いコスモスかと思い、近づいてよく見たら違っていた。鎌倉あたりの寺の境内などでよく見かける姿は茶花の風情だが、写真のようにあっけらかんと群れて咲くと、侘び寂びは何処へ行ったのやら。この庭には、白いダリヤと白いバラもいっしょに植えてあり、涼しげだ。もう、パリは秋か。1区、パレ・ロワイヤル庭園。