from パリ(たなか) – 79 - シトロエンDS、50年前のデザイン。

(2010.11.08)
シトロエンDSは55年から75年まで製造。パリでもめったに見ることはないが、爽やかなブルーの車体は動くアクセサリーのように美しい。東京の目黒通りで白いDSに何度か出会ったことがある。

秋のヴァカンスが始まり、長かった年金ストもスッキリしないままひとまず終わった10月最後の週末、サン・ミッシェルのあちこちには収集しきれないゴミの山が残っている。午前中の強い雨も上がったので、店が閉まる前に朝市へ行こうとサンジャック通りを横断していたら、青いシトロエンが目に入った。どちらを見ても不景気で閉塞した世の中に、一服の清涼剤のような美しいブルーのクルマ。思わずポケットからカメラを取り出し、道路の真ん中で写真を撮った。私がシトロエンにサインを送ると助手席の女性もガッツポーズで応えてくれた。よく見たら、2CVが2台つるんで走っている。さすがに大人が4人も乗ると窮屈そうではあったが、みんな楽しそうだ。古いクルマなのに、手入れが行き届いて素敵だった。
 

セーヌを渡ってサンジャック通りを一路南へ、どこまで行くんですか? 雨も上がって楽しそうですね、気をつけて行ってらっしゃい。
2CVは48年から40年間製造されたシンプルなクルマの見本だ。サンジェルマン市場のビストロ前で、このシトロエン、よく見かけるんだけど。

パリの道路は至るところ路駐だらけなので、散歩しながら路上クルマ観察すると面白い。プジョーの3008やシトロエンC3ピカソなど、ピカピカの新型もあるが、プジョー205(東京で少し前によく見かけた206の旧型、といってもデザインに類似性はないが。現在生産中は207)や15年以上前のルノー・トゥインゴなど、二昔ほど前のクルマが普通に駐車している。きれいに使われているちょっと昔の日本車を見つけたりすると、なんだか嬉しくなる。私のフランス語教師シルヴィーは、85年のホンダ・シビック(当時ワンダーシビックと呼ばれ、私が人生で最初に買ったクルマだ!)に今でも乗っていて、走行距離は33万キロだそう。俄には信じがたいが、車検通ったから捨てられない、と。ホンダから表彰状もんで、インサイトくらい貰えるんじゃないだろうか。古くても丁寧に乗ったクルマならいいが、ドアやフェンダーが激しく凹んでいたり、ドアミラーをテープで巻いて固定したり、東京だったら恥ずかしくて外へ出せないようなクルマでも、平気な顔で走っているのがパリ。フランス人の、道具を長く徹底的に使うという美徳は、クルマにも当てはまりそうだ。

曲面処理が流行の最近のクルマの中で、プジョー205の直線的なデザインは単純明快で好ましい。ライオンのエンブレム、どうしたの? 6区ダントン通り。
珍しいなと思って後のマークを見たらカローラだ。こんなハッチバックあったっけ? 悪くないなあ、輸出仕様車? パリ郊外、ブーラレーヌの住宅街で。

少し前、7区のボン・マルシェ前に路駐していたシトロエンC6を見て凄いと思った。クジラのような、ヌーボーとしてちょっとユーモラスな造形、今まで見たどのクルマにも似ていないのに、いつか見たような、レトロフューチャーなデザイン。大胆で繊細、フランスデザインの真骨頂なんて褒めちぎりたくなるほどカッコよく、眺めているだけで楽しいクルマだ。もう少し小さければ欲しいなと思ったが、このビッグサイズでないとこのデザインは成り立たないんだろうな、たぶん。そして別のある日、6区のオデオンあたりで青いシトロエンDSを見た。カッコいい!と、一目でミーハーな気持ちになってしまった。50年前のクルマとは思えないデザイン。新しいC6と形は似てないが共通するものを感じる。クジラというよりイルカ? なんか楽しい未来の予感、そして、もしかするとちょっと変かも?と思わせる、微笑みを誘うような楽天的(ラテン的と掛けたんだけど、、、)造形美。
 

サンジェルマン・デプレ教会の裏に停まっている緑のミニ、絵になり過ぎで、写真撮るのが恥ずかしいくらい。小さいと縦列駐車も余裕でらくらく。
ミラノで、チンクェチェントに大人3人、子ども2人で乗ったことがある。エンジンルームにいるような騒音と振動、リアルな体験だった。8区クールセル通り、後のルノー・トゥインゴより二回り小さい。
ピニンファリーナの、アルファロメオ・ジュリエッタ・スパイダー、軽やかだなあ。オープンで走る時は仲良くしないとね、みんなに丸見えだから。
日本でも少なくなった初代ロードスター。能面がモチーフだとされるフロントマスク、千と千尋のカオナシ? いや、カッコいい! 再認識。ブーラレーヌで。

ニュービートルあたりを手始めに、往年の名車を再デビューさせるのが近年の流行だ。ミニがBMWで再生され、フィアット500も蘇った。ミニもチンクェチェントも先代が超小型だったので、やっと普通の小型車に成長した印象のデザインは好ましく見える。ビートルは先代(初代)の方が百倍くらい魅力的だったと、これは個人的な意見ですが。3車とも戦後復興期の大衆車(今どきこんな言い方は変か)で、シンプルな機能に絞った大量生産品という共通点を持つ。いろんな工業製品が進化を遂げ終わって目標を見失っているような現代、初心に戻ってシンプルなもの作りをするのは簡単なようで難しいことだと思う。快適で便利な道具に慣れてしまった私たちが今さら初心に戻るのは、不便に戻ることでもあるし。

10年以上ちゃんと使えて、飽きも来ないプロダクトデザインは探せば色々あるが、メーカーが製造を継続するのに困難な問題もありそうだ。50年経ったシトロエンDSは今でも古びていない(ように見える)デザインで、しかも動いているから驚きだ。時代が一周り(二周り?)したのかもしれない。このクルマの凄い所は、デザイン以上に機能にあるらしい。金属バネを使わないエアサスや、ステアリングなどを油圧で制御する独創的なシステム。空力抵抗を小さくするという物理的な目的からあの流線型が生まれたそうだが、デザイナーは2CVもデザインしたベルトーニというイタリア人で、彫刻家でもあったらしい。新しいシトロエンC6も10年は十分持つデザインだと思うが、その後の評価は果たしてどうなるのだろう。西欧や日本のクルマ先進国では、実用としての道具から嗜好品へと変りつつあると思う。省エネ・ハイブリッド車ばかりがもてはやされる今の日本が私は好きじゃない。もっと、乗る楽しさやデザインの個性で選んでもいいのにと、ちょっとラテンに染まったかな。
 

テレビのニュースで見るフランスの閣僚たちは、ほとんどこのシトロエンC6に乗っている。常識では考えつかないテールランプ、凹んだ曲面のリヤウィンドウ。顔も変だが後ろ姿も特異、一度見たら忘れられない。
シトロエンC3の新型TVCFはアンチレトロがウリ。薄いブルーがなんともいえず、きれい。パリで乗るんだったらこれくらいのサイズかなあ。