from パリ(石黒) – 17 - パリ、アート散歩。《12》バーゼル・アート散歩

(2010.08.19)
アート・バーゼル会場と、横に立つのがエキシビションタワー。上層階はバーゼル随一のラグジュアリーホテル、ラマダホテルが入っている。

前回の記事に引き続き、今回はアート・バーゼルを中心に、バーゼルの町をアート散歩。

バーゼルは、ライン河沿いにあり、ジュネーブ、チューリッヒに次ぐスイス第3の都市。1459年にスイス最古の大学、バーゼル大学がつくられ、古くから学芸や文化の中心地として発展。1671年には、ヨーロッパ初の公共美術館「バーゼル市立美術館」が建てられています。美しい旧市街の歴史的な側面のみならず、近代建築作品や現代美術のギャラリーも見逃せません。プラダ青山店を設計したヘルツォーク&ド・ムーロンの建築家ユニットはこの地の出身。

ドイツ・フランスと国境を接しており、パリの東駅からはTGVで3時間半ほど。国際的な都市として、有名な宝飾時計見本市Basel Worldなどの展示会や国際会議も多く開催されています。世界的な製薬会社ノヴァルティスやロシェの本社所在地としても知られ、経済的にも裕福な街です。

市内には、トラムが縦横無尽に張り巡らされていて、とても便利。バーゼル駅からアート・バーゼルの会場があるMesseplatzまでは10分程度。

41回目を迎えた今年のアート・バーゼルは、フェア創始者の一人で、2010年2月25日に他界したエルンスト・バイエレール(Ernst Beyeler)への記念の回となりました。彼は1945年に自身の画廊をオープンして以来、約60年の間にバーゼルを国際的なアートの主要都市の一つへと牽引した立役者の一人。20世紀の偉大なアーティストのほとんどが、バイエレールのもとで展覧会を開催しています。たとえば、ピカソは彼に、アトリエで自由に絵を選ばせたり、長い間ジャン・ドビュッフェは彼を代理人としていたり、アルベルト・ジャコメエティ財団の設立を可能にしたり…。個人のアートコレクターのみならず、世界中の美術館のコレクション充実のためにも貢献してきました。

1970年に彼は、トルディ・ブルックネー(Trudi Bruckner)とバルツ・ヒルト(Balz Hilt)とともに、アート・バーゼルを立ち上げます。世界中のアーティスト、アート関係者との友情と信頼関係は、瞬く間にこのフェアを世界トップレベルのものへと押し上げたのでした。そんな彼の死は、一つの時代の終焉を告げるものとして、今年のアート・バーゼルは、彼に捧げられました。

 
5日間の会期中、約6万人の入場者を迎え、出展ギャラリーの数は約300にものぼり、モダン&コンテンポラリー・アートのギャラリー、アートエディションが一同に会します。そこで紹介されるアーティストの数は約2500人。アート・バーゼルにスタンドを出展するには、厳しい審査を受けなければなりません。10年来スタンドを出しているからといって、来年も再来年も永遠にスタンドを確保できるとは限りません。300のスタンド数に対し1100の応募があり、画廊もパフォーマンスも、モダン&コンテンポラリーの分野で優れた仕事をしていないと、容赦なく審査で落とされます。この非常に高い選別バー設定が、アート・バーゼルの国際的地位をゆるぎないものにしています。同時に、アート・バーゼルにスタンドを持つということは、規模の大小はあれど、世界に通用するレベルをクリアしているという事。有望な若手アーティストの発掘と、画廊としての確固としたアイデンティティを打ち出せているか、が重要なポイント。

アート・バーゼルに出展するには相当の費用がかかる中、不況がどの程度運営に影響しているかというのも気になるところ。主催者のマーク・スピグレー(Marc Spiegler)によると、昨年と同じ数の応募数があり、昨年出展したギャラリーで、今年もスタンドを確保できたギャラリーの99%が、問題なく出展してきたとのことです。

 

スタンドめぐりで、いくつか気に入った作品。右の写真の床に敷かれたキルトカーペットは、バーゼル地方紙で、アート・バーゼル関連記事の1面も飾っていたもの。ブラジル出身、ロンドンをベースに活動するAlexandre da Cunhaの作品。

コンテンポラリーアートの作品を引き立たせるために、壁、床すべて白のスタンドが多いなか、独自の雰囲気作りを試みていたのが、このギャラリー。寄木細工仕立ての床に、ところどころ銀箔がはられ、スポットの光がグレーの壁に反射し、効果的な演出が。

アート・バーゼルには、アート・アンリミティッド(Art Unlimited)という実験的な作品を展示するプラットフォームがあります。12000平方メートルの空間を使って、美術館のスケールにも値する、巨大で複数のメディアをクロスさせた作品を展示。2000年に始まったこのプロジェクトは、今年で11回目を迎えましたが、60を超える作品が集結。このマニフェスト独自のカタログも制作されるなど、その意義と影響力の大きさが伺われます。

アート・アンリミティッド会場の巨大な作品群。左がハンガリー出身の建築家Yona Friedmanのville spatiale、中央が中国人アーティストZhang Huanの作品。写真右はスペインはバスク生まれSergio Pregoによる作品で、100メートルくらいある白いビニールチューブの中を実際に観客に歩かせる作品。空気を送り込んで膨らんでいるチューブは、入口と出口で気圧の不思議な感覚を味わい、内部で見る光景は、あまりに白くてある種の恐怖心を抱かせる。

 

Agnès Vardaが自分の作品『アニエスの浜辺/Cabane sur la plage』の横で、ベンチにちょこんと座って、訪れた人たちと歓談中。彼女は、前回記事のカルティエのスタンドのプレビューにも出席していて、独自の存在感を放ってました。

 

毎年12月にマイアミ・ビーチで行われるアート・バーゼル・マイアミ・ビーチは、ファッション、デザイン、建築など、分野を超えた新たなコンセプトの発表の場として2001年から開始。2005年からはバーゼルの会場でも、Design Miami/Baselと題し、使用方法や形態が革新的で、工業製品の作品発表の場がオープン。シャルロット・ペリアンやジャン・プルヴェといったインダストリアルデザインの家具の流れを汲むものに加え、今年2010年は、限定生産品や18世紀の家具師の手になる書斎机なども展示。Design Miami/Baselは、コンテンポラリー・アートへの投資と同じくらいインテリアデザインにも気を配る層の心をうまく掴み、ひとクセあるラグジュアリー家具のフェアとしての地位を築きつつあります。

写真左は、何気ないけど、ツボに入ってしまった作品。かなり可愛い。写真中央は人間の形をした蜜蜂の巣。これも一応、インテリアの一つとしての提案…。赤く見えるのが、蜜の付着した部分。作品設置の際の安全基準とか、大変だったろうなぁと考えてしまう作品。

 

アート・バーゼルは、他にも、非常に多彩なプログラムで構成されています。メッツェ広場に展示される彫刻群アート・ピュブリック(Art Public)、アーティストトークやコンフェランスが開催されるアート・バーゼル・コンバセーションとアートサロン(Art Basel Conversation, Art Salon)、若手アーティストの奨励を目的としたアートステートメント(Art Statement)、アーティスト・ブック(Artistes Books)、アート・フィルム(Art film)…。5日間の会期中、このフェアだけでも大忙しなのですが、さらにOFF SHOW、多彩な美術館での企画展が加わり、まさに街はアート尽くしに。

アート・バーゼルの創始者、エルンスト・バイエレールは、妻のヒルディ(Hildy)と共に、コンテンポラリーアートをもっと多くの人々が身近に感じられる場所を作りたいと、1982年にバイエレール財団を設立します。そして、財団の美術館は1997年に完成。バーゼル市内からは、トラムでとことこ走ること30分程度。のんびり走る車窓からリーヘンの田園風景を眺めていたら、まるで友人の田舎の家を訪問するような気分。レンツォ・ピアノ(Renzo Piano)の設計による建物は、ガラスと石と水とが、緑豊かな長閑な風景に、優しく溶け込んでいます。

しっとりと雨露に濡れた新緑がとても幻想的だった美術館庭園。そしてレンツォ・ピアノ設計の美術館外観。写真左の美術館に併設のカフェは、テラス席が気持ちよい。アート・バーゼル期間中の慌しさの中で、束の間ののんびり感を味わう。

 

常設展示に加え、開催中だった企画展はバスキア展。アンディ・ウォーホルやキース・ヘリングなどとの交流でも知られるバスキアは、27歳という若さでこの世を去りましたが、彼が生きていれば生誕50周年にあたる今年に、バイエレール財団で大規模な回顧展となりました。爆発するような画風は痛々しいと同時に、独自の華麗な色彩が詩的な世界を作っているように思えます。

バーゼル市立美術館(Kunstmuseum Basel)には、ハンス・ホルバインのコレクションをはじめ、ダダやシュルレアリズムなどの現代美術に至るまで、大充実の常設展が。さらにこの時期は、いくつかの企画展が開催されていましたが、その中でもメキシコ人アーティストのガブリエル・オロツコ(Gabriel Orozco)の回顧展は見ごたえありでした。何気ない日常の風景と、彼の立体作品の間には、「はぐらかされた!」と思うような部分が潜んでいて、単独で作品を見るのとは違い、連続性の中で見ることができた今回の回顧展は、とても印象に残りました。

本館から歩いて10分程度の、ライン河沿いに建つバーゼル市立美術館の別館では、カナダ人アーティストのロドニー・グラハム(Rodney Graham)によるThrough the Forest(森を越えて)展。文学とアートがクロスオーバーする作品が、本、フィルム、写真、デッサン、図面、彫刻と色々な形態によって表現されていく過程をなぞったもので、興味深いものでした。

美術館入口には、フェルナン・レジェのステンドグラス。石造りのひんやりとした雰囲気。中庭に面したテラスカフェで、ロダンの彫刻を見ながらのひと時を。

バーゼルから少し足を伸ばせば、ファーニチャーデザイン会社Vitraによる実験的なキャンパスVitra Campusがあり。1981年に火事で敷地内建造物の大部分を焼失した後、Vitraは著名な建築家たちに設計を依頼し、この地には次々と独創的かつ実験的な建物が作られていきました。世界中の現代建築ファン垂涎のこのキャンパスには、2010年、新たにVitraHausが仲間入り。アート・バーゼル会期中、このVitraHausの特別見学イベントが開催。設計は、先にも挙げたプラダ青山店を設計したヘルツォーク&ド・ムーロンによるもの。12棟の長細い家屋が、マッチ棒のように重なり合った概観は、おもちゃの積木のよう。キャンパス内には19世紀から今日に至るまでのインダストリアルデザインのコレクションを網羅したVitra Design Museumもあり。

VitraHaus内部は階段でそれぞれの棟に連結していて、迷路のような構造に。それぞれの棟、階には、Vitraの家具によるインテリアコーディネートの提案が。この日はあいにくの雨にも関わらず、沢山の人が見学に訪れていました。

上記以外にも、充実の美術館はゆっくりと時間をかけて回りたいもの。とはいえ、アート散歩以外にも、バーゼルにはトラムで市内観光、雄大なライン河、グルメ、そして名門サッカーチームFC Basel…と、新旧の魅力が盛りだくさん。アート・バーゼル期間中は、現地の宿泊確保は困難を極め、主要なホテルでは、アート・バーゼル終了後すぐに、来年の宿泊予約が始まっています。開催期のバーゼルは、パーティーとビジネスとが入り混じった独特の雰囲気。このハイテンションな様子もやはり体験してみる価値あり。フェアの前後にかぶせての滞在で、展示会と普段の穏やかな街並みとの両方を楽しむのも良いかもしれません。

 

【information】

バーゼル観光局http://www.basel.com/fr/welcome.cfm

Fondation Beyelerhttp://www.fondationbeyeler.ch
 Basquiat展は、2010年9月5日まで。

Kunstmuseum Baselhttp://www.kunstmuseumbasel.ch
 Rosemarie Trockel展は2010年9月5日まで。
 Rodney Graham展は2010年9月26日まで。

Vitra Campushttp://www.vitra.com/en-lp/campus/