from パリ(たなか) – 18 - 長期ビザ申請までの長い道のり。

(2009.09.01)

一時帰国した東京での第2ラウンドは、フランスで商工業活動を行う為のビザ取得作戦だ。事前に対仏投資庁の担当官から丁寧なアドバイスを受けて準備はしていたものの、フランス大使館に提出する申請書類を積み上げると、山よりも高い富士山ほどある。いやほんとに。長期ビザ申請書やパスポート以外に、フランスでの事業の計画書、私の経歴書と業務に適した能力を示す書類、世田谷区の納税証明書、無破産宣誓書、パリの事務所の賃貸契約書、パリの銀行の当座預金残高証明、会社の定款、決算報告書2年分などなど。会社の総務の援護を受けながら着実に作戦を遂行するのみ。なんだかパリ解放に向かう連合軍の気分だ。

山が崩れるほどの提出書類。日本語の書類はすべてフランス語に翻訳する。A4で30枚以上。それぞれ3部ずつコピーをとるので、全体で150枚ほどの大長編となった。仕分けするのも一苦労だ。大げさでなく4センチ近い厚さがあった。パリに営業拠点を作って活動するためのビザなので当然ではあるが。

書類の山の中には、最終学歴証明書と無犯罪証明書という聞き慣れないものもあった。団塊世代の私は、昭和44年大学紛争真っただ中での卒業。在学した東京教育大学も、当時は封鎖中で卒業式が中止になった。40年も前のことで記憶が曖昧だが、たぶん卒業証書も受け取ってない。卒業後、私は大学院に進学し2年後に中退したが学部卒業の資格はあるはずだろう。しかし、その後大学は筑波移転というかたちで廃校となったので、記録が残っているのか不安だった。会社で調べてもらったら、筑波大学が事務を引き継ぎ、入学年度が分かれば証明書を発行してくれるということで一安心。それにしても紀元前の出来事だ。

もう一つの無犯罪証明書なるものを世田谷警察に問い合わせたら、犯罪証明とカンチガイされた(そんなのあるのか?)。危ない、危ない。詳しく説明して調べてもらったら警視庁が発行することが分かり、桜田門まで行くことに。刑事物ドラマで知ってはいたが、中に入るのは勿論初めての経験。門番にパスポートを見せて入館する(外国でもないのに)。中は見るからに厚そうな壁と小さな窓が中世の城みたいな印象。受付の女性警察官はテキパキと愛想も良い。

案内された渡航課で、フランス大使館から送られてきた書類を提出したあと、係官から照合に必要なので指紋を取る旨を伝えられる。コピー機の上面に両手をかざしてスキャンする。デジタル処理だから指が汚れることはない。指紋採取まで必要なのか頭の隅に疑問は残ったが、フランスへ行く為にはしょうがない。“無”犯罪証明書の手続きに来たのに、何だか犯罪者になったような暗い気分に陥る。警視庁が青山あたりにあって、ガラス張りのお洒落な建築だったら、指紋だって軽〜くヘッチャラ、とはいかないか、やっぱり。

フランス人の長〜いバカンスには及びもつかないが、書類を整えるまでにプチ夏休みを取って八ヶ岳にある友人の山小屋へ行った。途中、北国街道の海野宿に寄って、信州蕎麦を食べる。パリにも蕎麦屋はあるらしいが、やっぱり蕎麦は日本でないとね。朝顔の花と軒下のツバメ、愛らしい日本の猫、露天風呂も存分に楽しんだ。ニッポンのエッセンスを詰め込んだバカンスだ。何事もコンパクトにするのが得意な民族だし。

朝顔の花は、東京で希少種になってはいないだろうか? 小学生のラジオ体操とセットだったはずだが。ところで、パリでも話題になっていた村上春樹の『1Q84』を東京で買って読んだ。これまでになく“オール讀物”的なエンタテインメント小説で、新聞小説を読む勢いでBOOK1を読了。冒頭に出るヤナーチェクのCDが小説の波及効果で売れたことをパリで知ったが、バッハの平均律はどうなんだろう。重要な登場人物のふかえりが好きな曲だし、BOOK1の24章の構成が平均律と同じだし。BOOK2が楽しみだ。私が好きなゴールドベルグ変奏曲も小説にして欲しいな。

 
ようやっと揃えた膨大な書類を抱えて、台風崩れのシャワーのような雨が降る夏の朝、広尾のフランス大使館へ申請手続に行った。無事に審査を通って長期ビザが発給され次第パリへ戻る予定だが、ラテンの国では何が起こっても不思議ではない。予定は未定だ、書類の不足を指摘される不測の事態が起こるやも知れぬ。暦の上では立秋を過ぎたが、秋風が吹く前にパリへ戻って、次は警察署へ滞在許可証の申請をしなくてはいけない。まだまだ先は長いなあ、フランスへの道は遠い。

大学の卒業証明書と、警視庁が発行する無犯罪証明書。受付の大使館職員が開封した中身を後で見たら、犯罪の記録は無し、とあった。身に覚えの無いことだし当然なのだが、警視庁まで足を運んで指紋を採られた身としては、なんだかえらく疲れた証明書だった。
フランス大使館のVISA申請受付所は、入り口横のプレハブ建築だ。お洒落な所をイメージしていたのだが、世田谷警察署の運転免許証更新にでも来たような、いかにも仮の建物の中に両替所みたいな窓口が三つ。私は提出書類が多いので、窓口の狭いカウンターで書類を整理するのが大変だった。大使館のホームページを見ると、書類はオリジナル1部とコピー3部を提出と明記してあるが、コピーの2部のみでよく、オリジナルとコピー1部は返却された(これもラテン式受付スタイル?)。雨の中を重い思いで持ってきたのに、足りないよりはましか。何はともあれ、無事に審査が終わって早くビザが下りるのを祈ろう。