田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》秋の夜、鎌倉宮で薪能を楽しむ

(2014.10.20)
鎌倉薪能は1959年に始まり、半世紀の歴史があるそうだ。
 
台風一過の青い海

10月になって大型の強い台風が二つも週末めがけて日本列島を襲った。この時期の台風は夏が終わり、きっぱりと秋になったことを告げる気象カレンダーのようだ。いささか荒っぽ過ぎるのが問題ではあるが。先に来た18号は湘南を直撃して、鎌倉でも道路が冠水したりする被害があった。次の台風19号襲来の直前(10月11日)、鎌倉宮へ薪能の鑑賞に出かけた。鎌倉駅から鎌倉宮行きの京急バスに乗ると満員、見るからに能の見物客(つまり私ら団塊世代、女性が多い)で貸し切り状態だ。八幡宮を右折して雪ノ下方面へ、岐れ路から住宅街を真っすぐ進み、突き当たった谷間に鎌倉宮(大塔宮)はある。宮の杜に囲まれた境内に特設の能舞台が作られ、好天にも恵まれ800席ある仮設スタンドは満員御礼状態、観光バスで見物にきている客もいた。私はだいぶ前、東京水道橋の能楽堂で能を二三度見たことはあったが、それ以上の興味を持てないまま今日に至る。屋外の、しかも古都鎌倉で薪能を見るのは始めて。期待半分、物珍しさ半分の再トライといったところか。

台風が去り、海の青も空も雲も、すっかり秋。伊豆半島がよく見える。
台風が去り、海の青も空も雲も、すっかり秋。伊豆半島がよく見える。
深い緑の鎌倉宮

舞台で演目が始まる前に、今春流の若い能楽師が能狂言の由来や、当日の演目を易しく面白く解説してくれた。コオロギの声も高く響き、杜に夕闇がせまる5時、開始の太鼓が打たれる。宮内では主催者のお祓いと玉串が奉奠され、(私たち観客も二礼二拍手一礼する)鳥居の下には弁慶のような僧兵が5名立ち並んで法螺貝を吹き、ご神火が薪に灯される神事が厳かに進行する。薪能は私たち一般ピープルが鑑賞する以上に、鎌倉宮の能舞台に来臨される神々へ天下泰平を祈り、舞や謡を奉納するものという本来の歴史を、身をもって体感できた。隣りで見ていた友人は、二度ほど神様が通り過ぎるのを感じたと言ったが、後半では居眠りしていたのでは?

舞台奥の宮内で祝詞の奏上やお祓い、火入れの神事などが執り行われる。
舞台奥の宮内で祝詞の奏上やお祓い、火入れの神事などが執り行われる。
燃える薪の赤い炎

さて、今春流の素謡『翁』が始まる。これも能なのか舞なのか、わからないまま舞台の後ろに控える上下(かみしも)姿の小鼓と大鼓の、強くて柔らかい音色と、深く荘厳な掛け声に私は聞き惚れた。大鼓の方が高く響くことも初めて知った。囃子方と地謡全員の居住まいも簡潔で洗練され、日本的な型の美学だなあと感心する。

続いて、和泉流狂言『磁石』は、室町時代の口語のせいか解りやすく、軽妙な上方漫才のよう。シテ(すっぱ・詐欺師)を演じる野村万作は御齢83歳。声にも張りと艶があり、寝転んだアド(脇役・田舎者)の上を身軽にぴょんぴょん飛び越えたり、でんぐり返しをして見せたり、人間国宝なのにお構いなしの軽い身のこなしはさすが。

日もとっぷり暮れ、秋風に薪の火の粉が舞い上がり、あたりには木の香が立ちこめる。綿のジャケットを羽織って来たが、ダウンにすべきだったと思うほど冷え込んで来た。舞台近くで燃え盛る薪の火に当たりたいと思ったほどだ。

最後の演目は今春流能『野宮』だ。光源氏の恋人だった六条御息所は恋の妄執を断ち切れず、亡霊になってなお火宅の人となる物語、と理解はしていても、シテとワキの台詞や地謡はお経のようで聞き取りにくい。それも囃子方といっしょになった音楽だと割り切って舞台を眺めていると、やがて演者と観客と鎌倉宮が一体となった不思議な雰囲気(神様が降りた?)、幽玄とでも言うのだろうか、能の世界に少しだけ触れたような気がした。それにしても殆ど静止している能楽師たちは芸を究めるのに、一体どのような精進をするのだろう? 豪華な衣裳や面、扇などに目を凝らしていると、わずかに動く瞬間がある。ミクロの所作で、静の中に動を見つけるのが能の醍醐味なのかも知れない。少し前の皆既月食の晩にでも演じたら、宇宙的な交感が生まれたかも。鎌倉では残念なことに観測できなかったが。

舞台の両袖で赤々と薪が燃える。屋外の演劇は古代から神に捧げるもの。
舞台の両袖で赤々と薪が燃える。屋外の演劇は古代から神に捧げるもの。
 
夜店の屋台は三原色

能をフルコースで観て、三連休が明けた14日は台風一過の夏日となった。鎌倉材木座海岸は高波を待つサーファーで賑わっている。浜には白波が次々に押し寄せ、折からの強風に飛沫は激しく舞い上がる。ビーチを散歩するだけでマイナスイオンをたっぷり浴び、サーフボードに乗らなくても気分爽快。

帰りに光明寺へ寄ると、こちらは『お十夜』で賑わっていた。12 日から15日まで三日三晩、寺の本堂で現世安穏、後世安楽を願い念仏を唱えると千日修行をしたことになるそうだ。エボラ出血熱やイスラム国などますます不穏で不確実な世界状況、苦しい時の神頼みは今も昔も変わらないか。鎌倉で一番とも言われる壮大な山門を抜けて本堂へ上がり、お賽銭を入れて平穏な時代が来るようにお祈りした。この日だけは山門の楼上へ登り、材木座海岸から由比ケ浜まで鎌倉の絶景を望む事も出来る。参道に並んだ屋台は夕方でまだ準備中、嵐の前の静けさで、これから暗くなるにつれ沢山の参拝客で大賑わいとなるはずだ。

  • 台風の吹き返しの飛沫が、浜辺ではマイナスイオンのシャワーのようだ。
    台風の吹き返しの飛沫が、浜辺ではマイナスイオンのシャワーのようだ。
  • 光明寺の参道に並ぶ屋台は、夜店の準備に忙しい。
    光明寺の参道に並ぶ屋台は、夜店の準備に忙しい。
  • いつ見ても壮大な山門。この日は幕を張った楼上へ登ることができる。
    いつ見ても壮大な山門。この日は幕を張った楼上へ登ることができる。
  • 白布の綱は、本堂の阿弥陀如来の手まで届いているという。
    白布の綱は、本堂の阿弥陀如来の手まで届いているという。

(注)
◎第56回鎌倉薪能は2014年10月10・11日の両日、鎌倉宮(鎌倉市二階堂154)で開催された。鎌倉市観光協会主催
◎鎌倉光明寺『お十夜』は毎年10月12日から15日に開催。献茶や練行列、雅楽などの催しもある。境内には露店、屋台が並び、夜まで賑わう。光明寺(鎌倉市材木座6-17-19)へは鎌倉駅から逗子行きの京急バス乗車。