シェアリング・エコノミーと新しい旅のかたち-2-ロンドン五輪でクローズアップ サステナビリティとシェアリング
(2015.04.22)『Airbnb』が注目されたロンドン五輪。サステナビリティとレガシーをテーマに臨んだこの大会はイースト・ロンドンの再開発を掲げたプロジェクトでもありました。それを象徴するのが五輪跡地『クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク』です。その運営とそれに関わるシェアリング・エコノミーについて見てみましょう。
ロンドン五輪が残したもの
『Airbnb』が世界的に注目されるきっかけとなったのは2012年ロンドン五輪。「サステナビリティ」(資源の持続的活用)と「レガシー」(五輪遺産の長期に渡るポジティブな影響)をテーマ掲げ、五輪施設の準備と、それにともなうイースト・ロンドン ストラトフォード地区の再開発を約束した世紀のイベントでした。
この大会では『Airbnb』を筆頭に、経済システムとしてのシェアリング・エコノミーが大きな注目を集めたといいます。それについてロンドン・レガシー開発公社のコミュニティ・ビジネス担当 エマ・フロストさんに話をうかがいました。
ロンドン・レガシー開発公社はロンドン市長が代表を務め、ロンドン五輪の主にハード面の遺産を2030年までの長いスパンで有意義に利用し、ストラトフォード地区のみならずロンドン、イギリスに経済効果を還元することを目的とした組織です。その前身は五輪開催の7年前、2005年にスタートし、オリンピックの基本計画からオリンピック後の展開までを指揮してきました。
「街の再開発を考える時、このシェアリング・エコノミーの果たす役割は大きい。たとえば駐車場を3つの世帯でシェアリングすると、1世帯に1つの駐車場はいらなくなるので、おのずと駐車場の構造もポジティブに変わって来るのです」
五輪観光客の『Airbnb』利用
シェアすることが街や建築のあり方を変えていくというのは、興味深い現象です。それでは、部屋をシェアする『Airbnb』は、ロンドン五輪でどのように利用され、何を変えたのでしょうか?
「五輪では観光客の宿泊施設の不足が懸念されたため、開催の2年前からホテルやB&Bに働きかけ、観光客受け入れの準備を進めました。また当時はそれほど規模の大きなものではありませんでしたが『Airbnb』とも協力。それによりメイン会場のイースト・ロンドンやロンドン中心部だけではなく、電車で20分でもう少し安く滞在ができるケントなど、ロンドン郊外への滞在を促せました。またゲストを受け入れた地元ホストたちのおもてなし、豊かなホスピタリティでも『Airbnb』は注目されました」(エマ・フロストさん)
すでにある物件を活用してステイできる『Airbnb』は、サステナブルであることがテーマのひとつであったロンドン五輪とうまくマッチしたこと。また、情報を共有することが、旅のエリアや滞在日数などの選択肢、人々のコミュニケーションの幅をより広げたともいえるでしょう。
サステナブルな大会を目指したロンドン五輪
会場は『エリザベス・オリンピック・パーク』に変貌
ロンドン五輪のサステナビリティ、メイン会場やその他の施設の利用について、エマさんにお伺いしました。
「ロンドンの東、ストラトフォード地区は、かつてはロンドンの中でも取り残されたエリアといわれていました。それは産業廃棄物処理場や工場が立ち並び、貧しい労働者、移民が多く暮らす危険な所として知られていたからです。ロンドンはこの地域の再開発を公約に掲げ、2012五輪大会の開催地として選出されました。再開発により、観光資源、産業、ビジネスチャンスを作り出し、資本、労働力、観光客を呼び込む。そして、このエリアの変身が、ロンドン全体の発展につながることを目指したのです。
五輪会場としてオリンピック・スタジアム、水泳競技場、大会のシンボルモニュメントなどが建設されその跡地は、現在、南北2つの公園からなる2.5平方kmの『クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク』として、市民に開放されています。公園ではフェスティバルや無料イベントを開催するほか、環境に触れながら学べる教育プログラムを設置して、地元の人々の日常生活と公園利用が繋がる機会をコンスタントに提供しています。また地元施設の運営スタッフには、地域住民を積極的に登用し、経済効果をローカル・コミュニティに還元しているのです」
エマさんによると『クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク』のみならず、公園周辺のネイバーフッドを作ることも重要な課題だったといいます。公園を取り囲む5つのコミュニティが計画され、その展開もサステナビリティを考慮したものでした。
「アスリートたちの宿泊施設であった選手村は、集合住宅地コミュニティ、イースト・ビレッジとしての利用が計画されました。部屋はキッチンを取り付けるなどの整備後、2811戸が売り出され、現在75%の入居が進んでいます。5本の鉄道、地下鉄が乗り入れるストラトフォード駅、2本が乗り入れるストラトフォード国際駅をつなぐハブエリアは、ショッピングセンター『ウェストフィールド・ストラトフォードシティ』が開設され、商業コミュニティ、マーシュゲート・ワーフができました。また『アクアティックス・センター』北のマーシュゲート・ワーフには、今後ヴィクトリア&アルバート美術館、ロンドン大学芸術学部、米国スミソニアン博物館と協力した一大文化センター『オリンピコポリス』を造る計画も進んでいます。」
ボランティア振興と
シェアリング・エコノミー
エマさんは言います。「『クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク』では、コミュニティの住人がフリーで参加できるヨガや、本のリーディング、ダンスなどの約400もの青空教室、教育プログラムを定期的に開催しています。これらのイベントの運営ボランティア・スタッフの募集にもシェアリング・システムが活用されています」
ヨガやボディメイクといった体を動かすことの知識のある人、科学が得意で公園の動植物に実際に触れながら子供たちとお話ができる人、車の運転ができる人、公園の緑の世話をしてくれる人、イベントに運営の側から関わりたい人、ハンディキャップのある人の活動のアシストをしたい人……さまざまなボランティアがホームページを通して集まり、活動しているというのです。
「ロンドン五輪では『ゲームメーカーズ』と呼ばれたボランティアの活動がめざましく、話題になりました。道に迷った観光客に対しての、ユーモア溢れる対応が、世界のメディアで取り上げられる程ほどでした。この体験を五輪後も続けたいと考える市民が活躍しているのです」とエマさん。
五輪をきっかけにボランティアに興味を持ち、その後も続けたいという人は多く、公園の運営は、その意志を引き継いだ「レガシー」の好例ということができるようです。
もうひとつシェアリング・エコノミーの活用で面白い取り組みを教えていただきました。それはボランティアをすると、それをお金ではなく時間に換算し、「貯金」ならぬ「貯時」できる時間経済「エコー Echo」も積極的に取り入れているということ。「Echo」は近隣エリアのドルストン・ハックニー生まれた、各人のスキルを対価のモノややってほしいことと交換できるシェアリング・エコノミーのひとつの形です。ロンドン五輪をきっかけに、シェアリング・エコミーを利用した経済の意識革命が静かに起こりつつあるようです。
『クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク』
Queen Elizabeth Olympic Park
●London Little More
時間、人生、宇宙は巡る軌道を表すタワー
『アルセロール・ミッタル・オービット』
『クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク』のサウスパーク内、『オリンピックスタジアム』と『アクアティクス・センター』に挟まれたようにある巨大モニュメント。こちらはロンドン五輪のシンボルを、と建設された高さ114.5mのパブリック・アート『アルセロール・ミッタル・オービット Arcelormittal Orbit』。公園には26のパブリックアートが設置されていますが、その中でも最大のもの。『アルセロール・ミッタル』とは、スポンサーとなった世界最大の鉄鋼メーカーの名前で、『オービット』は英語で軌道を意味します。
『アルセロール・ミッタル』のオーナーはインドの資産家、タワーのデザインはインド人彫刻家アニッシュ・カプーア、構造設計はスリランカのセシル・バルモンドが手がけ、アジア勢の尽力が顕著です。塔を中心に左右非対称に丸く渦を描くように上へと伸びていく赤いスパイラル・チューブが特徴的で、このスパイラルは人生の暗い部分、ダークネスから、明るい部分、ブライトネスへの旅路の軌道を表すとも、輪廻転生の道を表すともいわれており、アジア的な発想がユニーク。エレベーターでのぼることもできますが、階段で行くことも可。
公園散策でお腹が空いたら『アルセロール・ミッタル・オービット』ふもとのカフェ・レストラン『イーストトゥエンティ バー アンド キッチン』へ。サンドウィッチやサラダ、フィッシュケーキ、スープなどがいただけます。
『アルセロール・ミッタル・オービット』タワーのエレベーターのガイドさんや、カフェで働く人々の多くがこのエリアの住人から採用されており、市民の雇用は、地域への経済還元の実現例のひとつとなっています。
『アルセロール・ミッタル・オービット』
Arcelormittal Orbit
入場料:大人 15ポンド、子供 7ポンド