from パリ(たなか) – 78 - ラヌラグ公園の回転木馬と、マルモッタン美術館。

(2010.11.01)
スピードが落ちるとおじさんは、子どもが乗った馬を押して回る。勢いがついたら機械のハンドルも回す。子どもの右手の棒に注目。嬉しそうな顔。

モネの絵のコレクションで有名なマルモッタン美術館へ、夏のように暑く晴れた10月の週末、東京から来た同僚を案内した。ブーローニュの森のすぐ手前にある美術館まで、オデオンから地下鉄10号線に乗り、ラ・モトピケ・グルネルで6号線、トロカデロで9号線と2度乗り換える。高架になっている地下鉄6号線のビラケム橋あたりで、電車の窓から突然間近に見えるエッフェル塔や、セーヌを渡る時の高く広い空を同僚に見せようと、お手軽パリ観光を兼ねてセーヌ左岸から少し遠回りして行ったのだが、20分程で16区のラ・ミュエット駅に着いた。駅を出るとすぐに、なだらかな傾斜地に緑の芝生が広がるラヌラグ公園。美術館は三角形の公園の、マロニエ並木の突き当たりだ。

土曜日の午後ということもあってか、公園は親子連れでいっぱいだ。小さな子どもがわんさか走り回って遊んでいる様子を見ると、フランスは出生率が高くなった国だという事実を実感する。美術館へ行く道には、マリオネットの小屋があり、ラ・フォンテーヌの「カラスと狐」の像もあり、回転木馬まである。ここのは、なんと人力手動式。きょうは子どもが馬に乗っていないなあと気にしながら近くまで行ってみると、木馬の様子が変だ。棒からはずされて直接地面の上に立ち、駆けている格好なのだが所詮は木馬だから動けず、突っ立ったまま。なんだか滑稽でちょっと悲しい、不思議な光景だった。秋になって店じまいするんだろうか? それとも定期点検? 係りのおじさんは、円陣を組んだ木馬を棒に取り付けている様子だが、さてどうするんだろう?

美術館へ入ると、先月とは展示作品が全く異なっていた。地上階の客間みたいな部屋にあったベルト・モリゾやマネの絵はないし、地下の広い展示室で前回は、カンディンスキーやポロック、マーク・ロスコなどの作品をモネの睡蓮の絵と対比してあり、私が知らなかったモネの一面を見る思いがしたのだが(モネと現代抽象画、という企画展だったようだ)、今回は圧倒的にモネの絵ばかり。ジベルニーの庭を描いた同じ構図の絵を時代別に何枚も並べ、印象派から抽象へ画風の変化が読み取れて興味深かった。とは言え、モネの絵はオランジュリー美術館にある壁面360度の睡蓮に尽きると私は思うので、美術館も企画がいろいろ大変だと余計な心配をしつつ、危うく、お宝の「印象・日の出」を見過ごすところだった。印象派のエポックメークの絵は、前回と違う地上階の暗い部屋にひっそり展示してあった。

公園に戻ると回転木馬は営業再開したようで、子どもたちの歓声の中でゆっくりと回っていた。係のおじさんは馬に跨がった子どもたちの安全ベルトを確認すると、木馬を押して回転の勢いを付ける。動き出したら機械のハンドルも回しているようだが、子どもと木馬を一緒に押しながら回っていることが多い。パリの公園では回転木馬をよく見かけるが、こんな人力で回す超アナログ式は初めて見た。ブランコに乗って、父さんに背中を押してもらっているような、子どもたちにとってはいい思い出になるんだろうな、きっと。木馬はさっき見た時の、棒からはずされた情けない馬とは違う生き物に変身していた。
 

チーズをくわえたカラスを見た狐が、あなたの声はお美しい、と世辞を言ってチーズをせしめる寓話。チーズを食べた狐は食中毒になった、という後日談もあるそうだが……。
マルモッタン美術館は公園に隣接した立派な豪邸。パリではめずらしく室内の写真撮影は不可。2階にはルネッサンス期の祭壇画や、手描きの美しい楽譜なども展示してある。
サーカス小屋の馬のように、円を描いて駆けてるようだが……。ここの馬は小振りで可愛く、色使いもやさしい。尻尾が妙にリアル。左の木箱の中に歯車一式の動力装置があるようだった。
木馬が回り出した後、おじさんは標的の輪っかを持つ役もこなし、大忙し。棒で狙いを定めて、うまくゲットできるか?

私のホームグラウンドとでも呼びたいリュクサンブール公園にも、もちろん回転木馬がある。屋根には緑のテントが張ってあり電動式ではあるが、ラヌラグ公園と同じ、床は地面のままの簡素なスタイルだ。チュイルリー公園やモンマルトル、冬になると市庁舎前に出るような、立派な回転木馬には円形の床があり大人もそこに乗ることができるが、地面が床になった回転木馬はお子様専用、そしてとっておきのお楽しみがある。馬に乗って回りながら、右手に持った木の棒で金属の小さな輪を引っかける遊びだ。小さな子どもは的が絞れなくてなかなか取れないが、7、8歳になると棒に10個くらい引っかけて、友だちと数を競い合っている。やさしい係りのおじさんは、引っかけやすいように輪っかを動かしてくれたりもする。
 

リュクサンブール公園の木馬は、一頭譲り受けたいほどいい表情をしている。何度も塗り替えられ、何年も使われている肌触りが素敵だ。
小さい子どもを木馬に乗せた母親が、やがて回り始めると、ボン・ヴォヤージュ!と声をかけ、ベンチに座って待っている様子が何ともパリっぽい。
早春の頃のリュクサンブール公園。サーカス小屋のような緑のテントを見ると、子どもでなくてもわくわくした気分になってしまう。
リュクサンブール公園では、ひょうたんみたいな筒の下に金属の輪がぶら下がっている。木馬が回っている間、係りのおじさんは輪を補充しなくてはいけない。

公園の木馬がほとんどプラスチックに変る中で、我がリュクサンブール公園は今でも木のまま、文字通り“木馬”なのが素晴らしい。先日、ベルシー公園(12区)で古い回転木馬などを収集した倉庫の中を見学する機会があった。フランスやドイツ、ベルギーなどで100年近く前に活躍した立派な木馬が、暗い元ワイン倉庫の中に何頭もいて壮観だった。当時はなんと蒸気機関で動かしたらしい。“美術品”のような“木馬”も捨てがたい魅力があるが、やっぱり公園の中にいて現役で働いて、子どもを乗せて初めて木馬と呼べるような気がする。

ゆっくり回っているように見える木馬も、子どもにとっては意外なスピードなのかも知れない。何回目かに上手く取れた輪を、ベンチに座っている母親に向かって得意になって掲げて見せる。私は公園でのんびり回転木馬を眺めながら、馬の上から見える風景を、子どもの気持ちになって想像してみる。パリの公園の木馬は、思ったより長い時間回り続けるものだ。
 

チュイルリー公園の回転木馬。屋根の周りのヨーロッパの観光絵はがきみたいな絵を見ながら、ボン・ヴォヤージュ! 日本の銭湯の富士山みたいだ。
5区の動植物園にある回転木馬は、敷地内にある自然史博物館から抜け出したかのような、絶滅した恐竜やキリンの祖先、パンダや陸亀などがモデルになっている。
ベルシーの元ワイン倉庫に眠っている木馬。ベンハーの競走馬のようだと言っても、若い人には解らないか。
息づかいが聞こえてきそうなほどリアル。ドイツの木馬は立派で精巧だという説明を聞いた。