from パリ(たなか) – 74 - ミラベルは、夏の終わり。

(2010.10.04)
見事に色付いたミラベル。丸い果物が並んでいる姿はラファエルの絵のようだ。9月末にはあまり見なくなった。

ミラベル(Mirabelle)という果物があるのを聞いてはいたが、実物を目にしたのは8月末、近くの朝市の八百屋の店先だった。サクランボのような、小さくて丸く黄色い実が、mi・ra・be・lleというイタリアっぽい音の響きのイメージにぴったりで、あぁこれだったのかと一人で合点したものだ。一つつまんで味見したい衝動に駆られたが、おじさんがそんなことしちゃ、はしたないし、それよりも店の人にフランス語で軽く言えなかった、という方が正しいのだが、とにかく、買ってみよう。ボンジュール、アンドゥミ・ミラベル・シルヴプレ。500グラムだけ袋に詰めてもらう。一人で食べるには思ったよりいっぱいある。中から一つ取り出して、口に入れる。甘い。上品な白砂糖の甘さ。中にはサクランボのように種もある。
 

ミラベルを拡大してみると、可愛いなあ。
8月末、朝市に出始めの頃のミラベルにはまだ緑が残っていた。お姉さんもキャミワンピで肩を出して。

それから毎週土曜、朝市で食料の買い出しをするとき、八百屋では必ずミラベルをチェックするようになった。1キロ4ユーロ前後、色はやや緑っぽい黄色から、オレンジに近いものまで、店により色も値段も微妙に違う。毎週、どこかで買っては楽しんでいる。色と甘味は必ずしも比例しないのか、きれいな黄色で甘そう、と思って買ったらちょっと外れだったり。赤くなった実をよく見ると、全体に色付いたというより、霧吹きで吹き付けたような赤のドット模様だ。琺瑯の食器などにあるパターンに似ている。ミラベルはどうやらロレーヌ地方の特産らしい。パリの東、ドイツとの国境あたりか。木に実がなっているところを一度見たいなあ。日本では見たことも食べたこともない、夏の終わりから秋の初め、季節限定の美しい果物だ。

夏休みの間は出店も客も少なかったモベール・ミュチュアリテの朝市も、9月になるといつもの賑わいを取り戻した。地下鉄駅前の小さな広場に立つ小規模な市だが、八百屋(兼果物屋)だけでも7~8軒はある。今その店先は、スイカ、メロン、モモ、アンズ、ベリー系、洋梨、葡萄など、夏の果物と秋の果物が色とりどり。ミラベルといっしょに、レーヌ・クロード(Reine Claude)という緑色のスモモ系が並んでいるのを発見した。青梅をひとまわり大きくしたような果実。これも試しに買って食べてみた。緑の実なのに、なんと、甘い。ミラベルよりちょっと複雑な、濃い風味の甘さだった。

フランスにはモモやスモモ系、アンズ系の果物が多品種展開しているようだ。岡山の白桃のように立派じゃないけど、小振りな白桃、黄桃、平べったい桃(ペッシェ・プラット)、果肉が葡萄色の桃(ペッシェ・ド・ヴィーニュ)、ネクタリンなどいろいろあって、いつも買うのに迷う。日本の果物はいつのまにかピカピカで立派で、めちゃ甘くなり過ぎたけど、フランスの果物にはまだ自然っぽさというか、野生味が残っていて(味にも姿にも)私はこっちが好きだな。ミルティーユ(ブルーベリー)やスリーズ(サクランボ)などに、わざわざソバージュ(sauvage野生)と付けたりするのは、フランスでも人工的な品種改良が進んできたことへの反発かもしれないけど、まだまだ十分に自然を感じる。ソバージュというと、むかし流行ったちりちりアタマが目に浮かぶけど、いいなあソバージュ。収穫とか大変そうだけど。

9月半ばとなれば朝はひんやり、みんな長袖。買い物は行列に並んで、辛抱強く順番を待たなくてはいけない。
レーヌ・クロード、糖度18度だって。こう見えて、甘いんです。
3区、ブルターニュ通りの果物屋店頭では紙箱に入れてディスプレイ。イチジク、ブドウ、イチゴ、ベリー系、よくわからない果実。
平桃(左)は福助頭みたいな、でこちん。きれいに積み上げられない。しかし、これが風味絶佳すこぶる美味。13区、中華街のスーパーで。
レーヌ・クロードの箱売り?パリは横のものを縦にするのが好きなようで。2区、モントグイユ通りの果物屋、レ・パレ・ド・フリュイ。
洋梨も出てきた。ここだけで3種類ある。まだ試していない。

秋分の日(パリにはないが)の午後、パリはストライキで電車が運休したり、大通りはデモ隊に占拠されたりと、ちょっとしたお祭り気分だった。近くの肉屋まで買い物へ行く途中にあるサロン・ド・テに、ミラベルとレーヌ・クロードのタルトがあるのを見つけた。早速入って窓側の席に座り、ダージリンとタルトを注文する。薄暗い店内には、お婆さんばかり4人、誰も時間を気にする風もなく、悠然とお茶の時間を過ごしている。女主人が運んで来たポットから一杯目をカップに注ぎ、タルトの中心部分にあるミラベルを、濃い二杯目にはたっぷりミルクを入れて、タルトの縁の厚くなった生地といっしょにレーヌ・クロードを食べる。店構え同様、何世紀も時間が止まったような、昔と変わらない懐かしい味、なのかなあ、しっとりしたタルトだ。ピッチャーのお湯をポットに注ぎ、三杯目に行こうとしていたら、窓の外からノートルダム寺院の5時の鐘が聞こえてきた。こんなにのんびりと紅茶を飲んだの、何年ぶりだろう。あ、若い者が(私です、相対的に)ここで長居しちゃぁいかん、買い物の途中だった。
 

看板には、タルト・オ・ミラベル・エ・オ・レーヌクロードと書いてある。エ(et)はandの意味なので、二種混合タルトだ、やった。後はすぐセーヌ、対岸はノートルダム。
タルトの中心部にミラベル、縁にレーヌ・クロード。焼くと色は落ちるが、一つで二度おいしい。隣りに座った老婦人も、このタルトを食べて、セ・ボンと言った。店名は英語でThe Tea Caddy(紅茶筒)メニューには、緑茶もある。