from パリ(石黒) – 6 - パリ、アート散歩。《3》Nuit Blanche(ニュイ・ブランシュ)

(2009.10.16)
「ニュイ・ブランシュ(Nuit Blanche)」とは、文字通り「白夜」。転じて、眠らない夜、徹夜の事を指します。そんな名前が付いた「夜通し」アートイベントが、毎年秋にパリで行われます。

今年で8回目を迎えるニュイ・ブランシュ。パリ市主催のこのイベントでは、コンパクトながらしっかり作られたハンドサイズのガイドブックが無料配布。今年は、パリ北部のビュット・ショーモン(Buttes-Chaumont)、中心部シャトレ(Châtelet)とマレ地区(Marais)、そしてセーヌ左岸のカルティエ・ラタン(Quartier Latin)の3つの地域で、アートイベントが提案されていました。ぶらぶら歩きしながら覗くもよし、気になるアーティストの作品を、気合を入れて見に行くもよし。とにかく翌朝7時まで、アート会場やギャラリーが開いている、という秋の夜長にぴったりのイベントです。

フランス各地でも、同日にニュイ・ブランシュが行なわれる都市もあります。そして期日は違えどブリュッセル、マドリッド、アムステルダム、ブカレストなどなど、ヨーロッパの都市、さらにはモントリオール、テルアビブ、マイアミなどなど、全世界にもこのイベントは広がっています。東京でも、確か去年、行なわれましたよね。

私は、カルティエ・ラタン界隈で、ぶらぶら歩き。中には1時間待ちの行列ができている会場もあるので、今回は待つものはパス。それほど数を多くは見られませんでしたが、途中のカフェで休憩したりしながら、のんびり夜のパリ散歩を楽しみました。

遠くから見るよりも、不思議と近くの方が、光が目に優しく映る。フランス上院の建物に移る光の破片は、『ゲゲゲの鬼太郎』の「一反もめん」が飛び交うかのよう。

 
リュクサンブール公園は、ミシェル・ド・ブロワン(Michel de Broin)による巨大ミラーボール「エッフェル塔の愛人(La Maîtresse de la Tour Eiffel)」が設置されて話題の場所。公園外から眺めていると、「単にミラーボールが吊ってあるだけ」にしか見えず、「ま、とりあえず光って回転する球も見たし、公園に入るのに並ばなきゃいけないし、パスしちゃってもいいか」みたいな気持ちに一瞬なるんですが(そう思うのは私だけかもしれませんが……)、そこを辛抱強く、列に並んで園内に入ってみると、それはそれは神々しい。鏡面に反射する光が、公園内に落ちるさまは、まさに別世界。未知との遭遇をしてしまった感じ。

同じく公園内には、ユーグ・レップ(Hugues Reip)による「白(夜)のお化け(White [night] Spirit)」という影絵インスタレーション。モチーフが回転する事で、映し出される影は大きさを変え、形も変えます。お茶目なお化け達が流れる様子を見ていたら、なんだか懐かしい気持ちに。東屋には、ピエール・ジネール (Pierre Giner)とパトリック・ヴィダル(Patrick Vidal)による蛍光灯をアンプに組み合わせた「いつも誰かが聞いている&聞いていない(Toujours quelqu’un écoute & quelqu’un n’entend pas)」という音のパフォーマンス。

強烈な蛍光灯の光は、強まったり弱まったり。アンプから流れてくるのは、機械音と確か何かの朗読だったような…。「いつも誰かが聞いている&聞いていない」のタイトル通り、私も、聞いているようで、聞いていませんでした…。

正面から見ると影絵で、後ろに回りこむと、3台の型紙が回転してます。思わず頭の中には、メリーゴーラウンドで流れている音楽が回り始めてしまいました…。オトボケ顔のお化け達が、とっても可愛い!

現在、「パレ・ドゥ・トーキョー(Palais de Tokyo)」最上階に開設されたレストラン『nomiya』のディレクションを担当している 料理評論家ジル・スタッサール(Gilles Stassart)。彼が4人のアーティストと「栄養学」の表現の可能性を求めてコラボレーションしたのが、スーパーマーケット、モノプリ(Monoprix)のミニ版、モノップ(Monop’)でのインスタレーション。モノップ4店舗それぞれで、音、映像、オブジェ、身振りという表現方法を通じてパフォーマンスが行われました。サン・ミッシェル通りのモノップでは、ステファン・ディーン(Stephen Dean)による映像。店舗ガラスに映し出されるのは、温感カメラによるイメージ。食物が人間にもたらすエネルギーを映像化したものだそうです。

これを見ると、「モノップで特別何かが買いたくなる」とか、サブリミナル効果があったりして…。この日は特別、モノップは朝3時まで夜通し営業。4つ全部を見には行かなかったのがちょっと残念。

ちなみに、ジル・スタッサールのプロデュースするレストラン『nomiya』は、 ランチ、ディナー共に12名限定の完全予約制レストラン。幸運な会食者になるべく、今かなり気になっているレストランです。

ギリシア正教の大天使達教会(Eglise orthodoxe des Saints-Archanges)での「運動性雲3(Nuages cinétique 3)」と名付けられた光と音のインスタレーション。エリーズ・モラン(Elise Morin)とクレマンス・エリアール(Clémence Eliard)のデュオが作り出す世界は、とても神秘的。

光は、ゆっくりとその色を変えます。青みがかかった銀白な光は、ヒンヤリとした印象。白熱灯のような黄金色の光は、荘厳。

 
実はこの光の塊は、電球ではなく、天井から吊られたセロファンテープ。白と黄味がかったライトを受けて不思議な光の放ち方をするセロテープ雲は、なんとも幻想的。床下に置かれたクッションの上に寝転がって、洞窟の奥から聞こえてくるかのような音の中で、光る雲を眺める。雲が反射するわずかな光で浮かび上がる教会内部の様子は、神秘的。

最後に、コレージュ・ド・ベルナルダン(Collège des Bernardins)での演劇パフォーマンス。「エルサレム、光の石(Jérusalem, Pierres de Lumière)」と題された舞台は、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の詩篇を交互に朗読するもの。シトー会の修道院の美しい回廊に響き渡る歌声。

12世紀に遡る伝統ある修道会は、様々な歴史を経た後、2004年から2008年に渡って完全リニューアル。現在パリ市の文化事業の場の一つとして、講演会やコンテンポラリーアートの展覧会を開催したりしているそうです。

残念ながらこの夜は、開催中のナタリー・ブルベ(Nathalie Brevet)とユーグ・ロシェット(Hugues Rochette)による「Cellula」というインスタレーションは、深夜1時で閉場だったために間に合わず、見られませんでした。

他にも、カルティエ・ラタン界隈では、プールで泳ぎながら音波や映像と出会う「体を組み立てる(Composer le corps)」というプログラムや、アーティストが街中に隠し置いた100本の「魔法の杖(Magic Stick)」を見つけるというプログラムなど、面白そうなものが。

とはいえ、見たかったものが見られなくても、「ま、いいか」って感じで、夜の見学は、儚いものに寛大になるんでしょうか。今年は、寒すぎず、暑すぎず、雨にも降られず、お天気に恵まれていた、というのも、イベントへの感じ方に大きく左右しますよね。パリはもともと、光の演出が美しい街ですが、「詩的で、夢幻的で、魔術的なプログラムを目指したい」という2009年ニュイ・ブランシュの試みは、パリの街を、いつもとは違った光で輝かせたのでした。