from パリ(河) – 1 - パリからのエスケープ。トゥルーヴィル・ドーヴィルへ。

(2009.06.16)
一流ブランドが並ぶドーヴィルのショッピングストリート

フランスの5月は日本のゴールデンウィークと同様に祝日が多い月。雨と曇りばかりで暗かったパリにもようやく太陽が顔を出し、マロニエやプラタナスが青々とした葉をつける清々しい季節の到来である。天気が良くて、連休が多い5月に入ると、パリジャンたちの「パリから脱出したい」気持ちが否応なく高まってくる。

パリからの小旅行の目的地として、パリジャンに人気があるのは、数時間の移動でプチ・バカンス気分が味わえる大西洋沿岸のノルマンディー地方である。特に人気があるのが、美しい砂浜が広がる「トゥルーヴィル(Trouville)」と「ドーヴィル(Deauville)」。2つの町は、フランスで「海水浴」というレジャーが初めて流行した19世紀半ばに開発された避暑地である。文豪マルセル・プルーストが滞在し、『失われた時を求めて』のなかで当時の海辺の情景を美しく描写している。

クロード・モネがキャンバスに残したサン・ラザール駅から電車に揺られること約2時間で、「トゥルーヴィル・ドーヴィル」駅に到着する。ノルマンディー地方独特の建築様式の駅を背にして左手に高級リゾート地の「ドーヴィル」、右手に庶民的で親しみやすい「トゥルーヴィル」があり、どちらも徒歩15分圏内にある。ところでこの2つの町はちょうど同じぐらいの大きさで、しかも目と鼻の先なのに一方はハイソな雰囲気、もう一方は庶民的と対照的なので、フランス人の間では高級V.S.庶民の対比の代名詞となるほどよく比較される。大抵の人はトゥルーヴィルに軍配を上げ、「私はスノッブなドーヴィルよりも庶民的なトゥルーヴィルが好き」、というのがひとつの決まり文句のようになっている。

1931年に建造されたノルマンディー様式の駅。左手にドーヴィル、右手にトゥルーヴィルの町がある。
ドーヴィルではエルメスのブティックも木組みのノルマンディー風。パリでは見かけないバカンス仕様の小物も時々売られている。そういえば、ドーヴィルはココ・シャネルが1913年に最初の洋服のブティックを開いたことでも有名。
ドーヴィル名物のカラフルなパラソル。夏になると多くの海水浴客でにぎわう。

ドーヴィルは、映画『男と女』(映画は見たことはなくても「Da~Ba~Da~, Da Ba Da Ba Da…」の音楽は聞き覚えのある方は多いはず)の舞台となった町で、カラフルなパラソルで彩られた浜辺、エルメスやディオールなどの高級ブランドが並ぶメイン通り、煌びやかなカジノ、など華やかな雰囲気漂う高級リゾート地である。アジア、アメリカ映画祭、競馬、クラッシックカー・レースなどのイベントも多く、世界中からセレブリティが集まる。町をそぞろ歩くだけで、非日常の世界を味わえるので、それはそれで楽しめる。(町が整備されすぎていて、ちょっとテーマパークのような感じがするが)。

一方、トゥルーヴィルは陸揚げされたばかりの魚介類が美味しそうな魚市場や、昔ながらの商店、カフェ・ビストロが並ぶ、生活感溢れる港町である。ユーモラスな画風で人気を呼んだイラストレーター、レイモン・サヴィニヤック(Raymond Savignac)が晩年暮らした町で、町中に彼が残したポップな壁画やポスターが飾られている。ビストロのメニューもムール貝のワイン蒸し、魚のスープ、小魚のフライ、とざっくばらんな郷土料理が多い。(庶民的といっても、お値段の方は観光地価格なのが残念ではある)。 

どちらの町が気に入るかは別として、二つの世界を行ったり来たりして、「ドーヴィルは素敵よね。でも、トゥルーヴィルに来るとなんか落ち着くわよね」、などと、あれやこれやと比較して語り合うのが、訪れたフランス人の楽しみのひとつである。

天気が良いと言っても5月は海がまだ冷たいので、海水浴をしている人の姿はあまり見かけない。犬と水際を散歩したり、砂浜でピクニックしたり、子どもと砂のお城を作ったり……、それぞれが日々の忙しさを忘れて、のんびりと思い思いの時間を過ごしている。海の幸を楽しみに来る人たちもいる。パリではもう季節外れになった生牡蠣も、海辺のノルマンディー地方ではまだ美味しく食べられるので、食べ収めとばかりに、定番の大きな銀のプレートに盛り込まれた生牡蠣や海老、蟹を頬張っている。もちろん、きりっと冷えた白ワインを片手に。

あとは夏のバカンスを待つばかりだ。

日本でもファンが多いレイモン・サヴィニヤックのカラフルな壁画とポスターで彩られた海岸の遊歩道。トゥルーヴィルとドーヴィルの海岸には砂浜の横に板張りの遊歩道があり、散歩しやすくなっている。黒いフレンチ・ブルも楽しそうだ。
砂浜でくつろぐ家族。5月の海はまだ冷たいので泳いでいる人はいなかった。モネに影響を与えた19世紀末の海景画家、ウジェーヌ・ブーダンがよく描いたノルマンディーの浜辺の絵画の現代版と言える景色である。
ノルマンディー地方では5月でも新鮮な生牡蠣が食べられる。定番の銀のプレートに乗った生牡蠣を、レモンか、エシャロット入り赤ワインビネガーをかけていただく。