深瀬鋭一郎のあーとdeロハススイス・アート紀行(前編)たぶん、 世界一のアート蒐集国スイス。

(2014.09.29)
チューリヒ美術館のカフェ風中庭。夜はライトアップされるジョアン・ミロの大作壁画が映えます。
チューリヒ美術館のカフェ風中庭。夜はライトアップされるジョアン・ミロの大作壁画が映えます。
日本とスイスの国交樹立150周年記念
国立新美術館で『チューリヒ美術館展』

今年は日本とスイスの国交樹立150周年にあたります。それを記念して、国立新美術館で『チューリヒ美術館展』が2014年9月25日から12月15日まで開催されます。チューリヒ美術館(Kunsthaus Zurich)は、1910年に開館した中世から現代まで10万点以上の作品を所蔵する、欧州を代表する美術館のひとつです。筆者も数回訪れましたが、後期ゴシック以降の欧州の各時代の美術に加え、スイスを代表する作家、フェルディナンド・ホドラー(Ferdinand Hodler、1853〜1918年)やアルベルト・ジャコメッティ(Alberto Giacometti、1901〜1966年)の彫刻72
点などの展示室は必見です。ここでしか見られない圧倒的なホドラー作品群をみると、「ホドラーすげえ!」と叫ばざるを得ません。

チューリヒ美術館展@国立新美術館

チューリヒ美術館

初めて訪れた時のチューリヒ美術館外観。スイス・フランを一銭も持っていないことに気づきませんでした。
初めて訪れた時のチューリヒ美術館外観。スイス・フランを一銭も持っていないことに気づきませんでした。

ちょっといい話をひとつ。

初めてチューリヒに到着し、この美術館を訪れた時のこと、筆者はスイスが周囲の国と同様のユーロ通貨圏だと思い込んでおり、スイス・フランを一銭も持っていませんでした。美術館は入館無料だったのですが、大きな旅行鞄を抱えていたことから、預託金を預けて荷物を預けるよう係員に言われ、その時スイス・フランを持っていないことに気づきました。「では、他の国のお金でもよいので、相当額を預けなさい」というので、500円玉を渡して「これは5ユーロ相当の日本円です」というと、それで許してくれました。呆れた顔で500円玉をまじまじと検分する年配の女性係員の表情、また「オッケー」という時の明るい笑顔が忘れられません。

では、国交樹立150年という折角のタイミングですので、今回のコラムから2回連続でスイスの美術施設やアートシーンについて紹介していくこととしましょう。

購買力を背景に、世界の名品がスイスに集まる
アート・バーゼル。

世界で最もアート・コレクターが多い国はどこでしょうか。統計資料はありませんが、一般にはスイスやドイツなど欧州大陸の中心にある諸国や、アメリカであろうと言われています。中でもスイスは永世中立国だけあって、安全を求め世界の富裕層の財産が集まるほか、貴重な美術品であればあるほど戦火等を逃れ疎開してきた歴史があり、アートの一大集積地となっています。スイス・フランの通貨高に加え、時計・光学器械、化学薬品、金融など高付加価値産業に支えられた一人当たり国民所得の高さから、日本人には想像も付かないようなアート購買力を有しています。

おおまかなイメージでは、スイスの賃金水準は日本の2倍。ウェイター、ウェイトレスの時給が2,000円を超えるのは、世界195カ国・地域の中でもスイスくらいでしょう。中流以上の方々は格好良いブランド物の装飾品やサングラスを身に着けており、庭や家には美術品が飾られ、普通のバイカーでさえ、高そうな革ジャンパーを着ています。また世界で最も学費が高い中等教育機関「ル・ロゼ」もスイスのロール近郊にあります。もちろん、その分、物価も高いので、バーゼルなど国境が近い都市では、皆、国境を越えてドイツなどに買い出しに出かけているのですが。

この購買力を背景に、現代の世界の名品もスイスに集まります。300軒のギャラリー、2,500名のアーティストが出品し、世界最大級でかつ最も権威があるとされるアート・フェア『アート・バーゼル(ART BASEL)』やそのサテライト・フェア、ギャラリー等で販売され、スイス各地の大コレクターのコレクションや美術館にも収蔵されています。恥ずかしながら、アメリカ、ドイツ、フランス、オーストラリア、メキシコ、韓国、台湾などではあまり売れなかった家内の絵画作品も、アート・バーゼルのサテライト・フェアでは売れてくれました。まさにスイス様々です。

『アート・バーゼル(ART BASEL)』

バーゼルで売れた深瀬祥子の『The Gardian Gods (金剛力士)』(2011年)
バーゼルで売れた深瀬祥子の『The Gardian Gods (金剛力士)』(2011年)
毎年6月にメッセで開催されるバーゼル・アート・フェア。巨大です。
毎年6月にメッセで開催される『バーゼル・アート・フェア』巨大です。
 

スイス人は、日本人によく似た気質のドイツ系住民を主体として、日本文化大好きのフランス系住民や、ホスピタリティ精神に溢れたイタリア系住民で構成されていることもあって、スイスは日本人観光客にとって、とても居心地が良い国のひとつではないでしょうか。山々で隔てられた地域(カントン)・都市が連合して成り立つ連邦国家なので、アートめぐりも都市別になります。なお、首都はベルン市ですが、ベルンの人口規模は、チューリヒ、ジュネーヴ、バーゼルに次いで第4位。アートの集積度合いでみても、バーゼル、チューリヒ、ジュネーヴを下回るイメージです。

 
ローマ軍が駐屯地を設けたチューリヒ
聖母教会や、旧市街の小ギャラリー街。

では最初に、チューリヒ美術館があるチューリヒ(人口37万人)から紹介しましょう。街の中心を流れるリマト川を行き交う船から通行税を徴収するためローマ軍が駐屯地(Turicum)を設けたことが、その名の起こりです。ビュールレ・コレクション(Stiftung Sammlung E. G. Buhrle、印象派中心)、チューリヒ美術館にほかにも、メルツバッハー・コレクション(Sammlung Merzbacher、印象派以降20世紀前半の西洋美術)など、世界的に著名なコレクションが公開されています。また、聖母教会(Fraumuenster)のシャガールのステンド・グラス、旧市街(Altstadt)の小ギャラリー街など、アート・フリークには見逃せないポイントがいくつかあります。

ビュールレ・コレクション美術館

聖母教会

暮れなずむチューリヒのリマト川。古代ローマはこの川で通行税をとっていました。
暮れなずむチューリヒのリマト川。古代ローマはこの川で通行税をとっていました。

シャガールのステンドグラス大作で世界に知られる聖母教会。
シャガールのステンドグラス大作で世界に知られる聖母教会。
07

シャガールのステンドグラスの絵葉書です。
シャガールのステンドグラスの絵葉書です。
 
世界一小さな大都市、ジュネーヴ
みどころはジュネーヴ美術・歴史博物館、ラート美術館。

続いてジュネーヴですが、フランスに近いレマン湖畔にあるスイス第2の街(人口19万人)です。やや田舎っぽさが残るバーゼルチューリヒとは異なり、国際連合(UN)欧州本部、世界貿易機関(WTO)、赤十字国際連盟をはじめ、多数の重要な国際機関が集結しているため、「世界一小さな大都市」といった風情です。時計、宝飾、陶器、ガラス工芸品、書物など数多くの博物館がありますが、狭義のアートという観点からは、ジュネーヴ美術・歴史博物館(Musee d’Art et d’Histoire )、ジュネーヴ近現代美術館(Musee d’Art Moderne et
Contemporain )、ラート美術館(Musee Rath)辺りが見どころです。

ジュネーヴ美術・歴史博物館(&ラート美術館)