from パリ(河) – 17 - ジヴェルニー、モネの庭園と
ピエール・ボナール展。

(2011.06.03)

鳥のさえずりが心地よい、新緑の美しい季節となりました。天気の良い、爽やかな5月の週末は、どこかにふらっとお出かけしたい気分になります。パリからのちょっとした遠出の行き先として人気があるのは、パリの北西に位置するノルマンディー地方。「海が見たいな」、と思ったら、車や電車で1~2時間ほどで、オンフルールやトゥルーヴィル、エトルタなどのイギリス海峡沿いの港町に行くことができるし、「ちょっとのんびりドライブ」という気分なら、オージュ地方の田園地帯を走り、カマンベールチーズやシードル(林檎の発泡酒)を造っている農家を訪問するのも魅力的です。また、このノルマンディー地方は、印象派の画家たちにゆかりのある土地でもあり、特に、巨匠クロード・モネが晩年を過ごし、数々の傑作のモチーフとなった家と庭園が残るジヴェルニー(Giverny)は、世界中から観光客が訪れる名所のひとつとなっています。

パリからジヴェルニーへ。電車とバスで1時間の小旅行。

パリから、モネが作品に描いたことで有名なサン・ラザール駅発の列車に乗り、ヴェルノン(Vernon)で下車。列車は、印象派の画家たちが好んで描いた、緑豊かなセーヌ河畔を走ります。そして、駅から専用のバスでジヴェルニーへ。トータルでおよそ1時間の道のりです。ジヴェルニーは人口500人ほどのごく小さな村で、モネの家を中心に、アーティストのギャラリーがぽつぽつと並んでいます。モネの家の最大の見所は、彼の晩年の傑作のモチーフとなった庭園です。庭園は色とりどりの花で咲き乱れる西洋庭園と、柳と睡蓮の池が美しい日本風庭園で構成されています。晩年になって、視力を失いつつあったモネは、自らが設計したこの秘密の花園に閉じこもり、死期が来るまで飽くことなく制作し、濃密な色彩を用いて、抽象画とも言えるほどの幻惑的な作品を数多く残しました。

庭園は春から夏にかけて、実に様々な花々を咲かせて、訪れる人たちを迎えてくれます。5月は特に、アイリスの花が見ごろ。薄紫、黄色、白などの艶やかな大輪のアイリスが庭を埋め尽くします。4月後半はチューリップと藤の花、6月はバラ、7~8月は睡蓮が見ごろです。

「印象派美術館」でピエール・ボナール展開催。

ジヴェルニーには、「印象派美術館」というもう一つの隠れた名所があります。その名の通り、主に印象派の画家の作品を中心とした展覧会を開いています。今年の春から夏にかけては、「ピエール・ボナール展」が開催されています。ピエール・ボナール(私の大好きな画家なのですが)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家。光溢れる鮮やかな色彩表現を得意としたため「色彩の魔術師」とも呼ばれています。初期のころはゴーギャン率いる、神秘的な傾向の強い「ナビ派」に属していましたが、印象派の美術史上のいわゆる全盛期から少し遅れて、モネなどの印象派の美学と色彩を再発見し、独自の眩暈的な色彩表現を開花させていきました。印象派からの大きな影響は受けていますが、その色彩の扱い方は独創的なもので、「印象派」にも「後期印象派」にも当てはまらない、異色の画家です。

それぞれの画家の「印象」の捉え方の違いを楽しむ。

「絵画とは視神経の冒険の描写である」‐これは、ボナールの美学を表した彼自身の言葉です。ボナールは、既成概念や西洋美術上のルールに犯されていない、子供のように純粋で無垢な眼で日常の世界を捕えようとし、眼に飛び込んできた映像を、その時に感じた新鮮な驚きと喜びとともに再現することを追求しました。また、2つの眼の視点は一点に長く留まらず、絶えず動き続けているという事実に着目し、その動き続ける眼で捉えた世界をそのまま描き出そうとしました。確かに、彼の作品を見ていると、視点は中心に定まることはなく、我々の視覚はキャンバスの表面をなぞるように絶えず動いていることに気づかされます。不思議なのは、視線は自然と絵の隅っこのほうへと導かれ、そこに、一見したところでは気づかないように描かれた、壁の色と同化した女性の顔や、テーブルの上のお菓子を狙っている犬の顔などの楽しい発見があること。これはボナールが視野の辺境で捉えた残像にも拘り、自らの「視神経の冒険」を表現しようとしたことの表れと言えるでしょう。

自らの視覚が捉えた世界の印象をそのままキャンパスに焼き付ける、という試みは、モネが始めたことですが、モネが刻々と変化する風景の瞬間の印象をそのまま再現しようとしたとするならば、ボナールは自らの記憶のなかで熟した印象の残像を再現しようとしたと言えるかもしれません。ここで作品の画像などをお見せすることができず、残念ですが、ボナール展は、7月3日まで開かれています。作品数はそれほど多くありませんが、ヴェルノンなどのノルマンディー地方の風景を描いた作品が多く展示されています。

モネの家

ジヴェルニー印象派美術館