田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 ひな人形ゆかりの日本橋は江戸の粋
三井家のおひなさまで春を待つ。

(2014.02.24)
古今雛の流れを汲む内裏雛
暦の上の春
私が子ども時代を過ごした九州長崎のひな祭りは4月3日(旧)に祝った。学校は春休み、桃も桜も満開、菓子屋には桃カステラ(長崎限定!)も出そろい、“桃の節句”は春爛漫の行事だった。妹のためのひな人形をおそらく父が飾ったのだろう、私は箪笥や長持などのひな道具で遊んだのを記憶している。東京の3月3日は、まだ冬の気配が濃い。節分の豆撒きも終わった頃に、押し入れの段ボール箱からひな人形一式を取り出して飾るのは、毎年私の役割だった。娘がまだ小さかった20年以上も前のこと、木目込みの内裏雛とぼんぼりだけのシンプルな人形飾りだ。春を迎える行事として、おそらく娘以上に、人形を出したり仕舞ったりするプロセスも含めて楽しんでいた。その娘もこの春に結婚が決まり、これは父親として毎年のひな人形の仕舞い方が良かったからに違いない、と密かに思っているのだが。
伊皿子三井家の御所人形は明治期の作 桜の木の下の子捕り遊び
伊皿子三井家の御所人形は明治期の作 桜の木の下の子捕り遊び
極小サイズの銀製雛道具は江戸後期の作品、三井苞子旧蔵品
極小サイズの銀製雛道具は江戸後期の作品、三井苞子旧蔵品
あかりをつけましょ ぼんぼりに
桃の節句は、平安時代の宮中行事が江戸の庶民文化として定着し、元禄時代(1700年ころ)には十二単を纏った豪華な大型人形を競って飾ったそうだ。元禄バブルがはじけ享保になると八寸(24cm)までのサイズ規制や装束の制限などが行われ、その後の内裏雛人形業界基準となったらしい。いつの時代にもお上からの規制は繰り返されるものだが、絢爛豪華を野暮とする江戸の粋、元祖サブカルチャー(やせ我慢?)はこの頃に醸成されたのかも知れない。そんな、江戸期からのひな人形を見ることが出来るというので、興味津々、日本橋の三井記念美術館へ友人と出かけた。美術館は三越の並び、三井本館にある。この辺りは今も再開発中で、何だかニューヨークの町並みみたいな、すぐ隣りの銀座とは表情がえらく異なる。近代的な高い天井の明るいエントランスから、昔風のトラッドなエレベーターに乗って7階へ。ホテルのロビーのような落ち着いた展示室に、三井家伝来のひな人形やひな道具がガラスケースの中に並んでいた。
三井記念美術館がある三井本館は昭和初期の建築で、重要文化財だ
三井記念美術館がある三井本館は昭和初期の建築で、重要文化財だ
浅野家に嫁いだ久子氏の華やかな五段飾りは京都の人形師の作
浅野家に嫁いだ久子氏の華やかな五段飾りは京都の人形師の作
丸顔vs面長
人形は顔がいのち、とはよく言ったもので、内裏雛を見る時に自然と顔に目が引かれる。私は女雛ばかり見ていたが、友人は勿論男雛に注目、お互いに好みの顔を探し当てるとなかなか離れない。顔の好みは時代の美意識と共に変化したり、関西と関東での地域差もあったりするが、一時的な流行に大きく左右されるのは今も昔も変わらない。伝統的な面長の瓜実顔が主流だった享保の頃に、京都の雛屋次郎左衛門が創始した丸顔で小型のひな人形が日本橋室町で売り出され(1761年)、その目新しさが江戸でも大人気となったそうだ。

同じ頃に日本橋の人形師、原舟月が創始した復古調の古今雛と呼ばれる人形は従来型の面長で、これも人気を得る。江戸時代に日本橋の人形店では、丸顔派と、面長派の熾烈な営業合戦が展開された、のかなあ?それはともあれ、展覧会場のひな人形たちはきれいに保存されていて、150年以上の時の経過を感じさせない、いのちの輝きを保っている。三井家三世代の女性たちに愛用され、秘められた物語も見てきたのかもしれない。人形と一緒に展示されている蒔絵の雛道具や銀製の茶道具なども見逃せない。精緻を極めた極小のインダストリアルは、江戸時代からニッポンの得意技だったのだ。

同じ面長系の顔でも、江戸期のものは能面のようなやや下膨れ、明治以降は頬もすっきりとしてくる。切れ長の細い目にも時代とともにニュアンスが出てきて見飽きない。内裏雛もいいが、幕末の頃から段飾りと共に登場した三人官女や五人囃子には、どこか人間味があって私は好きだ。

(なお写真撮影は美術館の許可をいただいて閉館後に行いました)

江戸時代の享保雛は高さ45cmほど、三井苞子(もとこ)旧蔵品
江戸時代の享保雛は高さ45cmほど、三井苞子(もとこ)旧蔵品
明治時代の次郎左衛門雛 女雛の高さは15cm 三井苞子旧蔵品
明治時代の次郎左衛門雛 女雛の高さは15cm 三井苞子旧蔵品
苞子が三井家に嫁いだ二年後、明治28年の古今雛は京都の人形師の作古今雛の流れを汲む内裏雛、半開きの口元が印象的だ
左:苞子が三井家に嫁いだ二年後、明治28年の古今雛は京都の人形師の作
右:古今雛の流れを汲む内裏雛、半開きの口元が印象的だ
笙の笛を持つ五人楽人 凛々しい優しい表情の三人官女、長柄を持つ仕草がなまめかしい
左:笙の笛を持つ五人楽人 凛々しい
右:優しい表情の三人官女、長柄を持つ仕草がなまめかしい
粋な、のれんの街
日本橋には古い暖簾を守り続ける店が多い。娘の婚礼にお祝用の金封を買おうと和紙の店、榛原(はいばら)へ寄った。日本橋再開発中、仮店舗での営業だが200年の暖簾は健在だ。店の人から水引の結びや数などの説明を聞いて、“結び切り”の熨斗袋を求める。水引は日本の素晴らしい伝統だ。気持も引き締まる。店内にはつい欲しくなる和紙製品がいっぱい並んでいて、長居してしまう。うさぎの木版摺ぽち袋、跳びうさぎ模様の蛇腹便箋、そしてひな祭りの千代紙まで買ってしまった。うさぎ、といえば、日本橋うさぎや、どら焼きだ。美術館の帰りにお土産にと目論んでいたのだが、6時半には店仕舞いしていた、残念。美味しいどら焼きが、うさぎと一緒に跳んで逃げてった。
春らしく、ひな祭りと、桜にうさぎの千代紙、そしてぽち袋創業文化三年(1806年)はいばら(榛原)の暖簾
左:春らしく、ひな祭りと、桜にうさぎの千代紙、そしてぽち袋
右:創業文化三年(1806年)はいばら(榛原)の暖簾
うさぎやの暖簾首都高速下、夜の日本橋は昼間とは違う景色だ。
左:うさぎやの暖簾
右:首都高速下、夜の日本橋は昼間とは違う景色だ。

『三井家のおひなさま 特集展示 宴のうつわ』展
2014年2月7日(金)〜4月6日(日)
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日 ただし3月3日(月)は特別開館
会場:三井記念美術館
東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7F Tel:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入館料:一般1,000円(70歳以上800円)、大学・高校生500円、中学生以下無料 *障害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料

日本橋 榛原(はいばら)
東京都中央区日本橋2-8-11 旭洋ビル2F TEL:03-3272-3801
営業時間:平日10:00〜18:30 土曜10:00〜17:00 日・祝日は休業