from 福岡 - 1 - 大和撫子(!?)シリコンバレーより福岡上陸。福岡日記のはじまり、はじまり。

(2010.05.13)
小倉城は慶長7年(1602年)細川忠興が豊前32万石のシンボルとして築城した南蛮造りの名城。桜の時期にたくさんの人で賑わう。

今日もまた自転車で町を颯爽と走り抜けます。暖かくなってきて頬にあたる風も心地よくなってきました。道を行きながら顔なじみの町内の方々に自転車を走らせながら挨拶をします。一気に通り抜けるため振り返りながら挨拶の返事を受けます。そのかたわら近所の美容院のおばさまがタクシーの運転手さんにお久しぶりと声をかけているのが遠くで聞こえます。地元に帰ってきたなぁと自転車をさらに加速しながらなんだかにっこりしてしまいます。

ここは福岡県北九州市小倉。私が生まれ育った町。父は、1935年創業の酒屋の息子。母は、江戸1837年創業銘酒九州菊(くすぎく)を作る蔵元林酒造の娘。私はそこで3人兄弟末っ子として誕生。「この二人の子だからサラブレッドで酒は得意な方でしょう。哺乳瓶にはやっぱりお酒が入っていたの?」という冗談を生まれてこのかた何十回とききましが、実は、そんなにお酒は飲まないのです。「酒は飲んでも飲まれるな」と祖母が父にむかっていっていたのが幼心に植え付けられているのか人前でべらぼうに酔っぱらったことはありません。お祭り好きな家族で祇園太鼓の時には家族総出でした。祖父母、両親、3人兄弟の賑やかしい7人家族の中ですくすく元気に育ったことは本当にありがたいことだと感じます。祖母は「がばいばあちゃん」に負けないほどのキャラクターの持ち主でした。また、母方の祖父林九郎も非常におもしろおかしくジョークの塊のような人でありましたが、それは、蔵元の紹介の時にでもじっくりと紹介させていただこうと思います。

それはさておき、前置きがながくなり失礼いたしました。

はじめまして。これからエリアナビ福岡を担当する林田直子です。

福岡県北九州市で暮らすのは実に15年ぶりになります。高校まで小倉ですごし、大学を東京、大学院をアメリカマサチューセッツ州ボストンにて過ごし、カリフォルニア州シリコンバレーにある会計監査法人で監査人として働いていました。亡き父の遺志を継ぎ、2009年12月末に酒造・酒販業、また、不動産業の二部門を持つ家業を継ぐ決心をして帰国しました。帰国をするとなぜ戻ってきたのと聞かれる方が多いのが不思議なところです。アメリカのほうがすみやすい?と思っていらっしゃる方が多いようです。色々なところに住みましたが、どこにいても私は住めば都にしてしまう特技があるうえに、やっぱり、生まれ故郷の福岡が大好きなのです。アメリカ生活を経て日本に戻ると色々なものが新鮮で発見が楽しくてしょうがない毎日です。カメラをいつも持ち歩きぱちりととってはにんまりしているのです。

福岡の地は、魚介類は新鮮なうえに、B級グルメの戦火となっている福岡での食事はいつも私たちを満足させます。いい食事に、いい酒がこのうえなく至福の時を与えてくれます。
 

やっぱり、ラーメンはとんこつっ! 『一風堂』。
博多駅の近くの『もつ幸』。九大に近くて、行くなら必ずここ。うまい。やすい。博多っ子が多数。店のおばちゃんに物おじせず注文、質問をしないといけない店。飽きのこないうまーーいもつ鍋。

唐揚げ屋『美好野』(北九州市小倉)。ここの唐揚げは天下逸品。鶏わさのたれを少しつけて食べるとなおおいしい。メニューは限られているが、鶏わさ、鶏皮、そして、しめの鶏茶漬けは必ず食べていただきたい。

 
グルメに限らず、私がみたり、聞いたり、体験したり、また、人との出会いを通してみる福岡の魅力をお届けいたします。福岡エリアナビではありますが、アメリカの体験談もおりまぜて発信できればと思っています。

これからはじまる大和撫子(!?)の日記にお付き合い願いましたら幸いです。どうぞ宜しくお願い致します。