from パリ(たなか) – 44 - 雪のパリ、カルト・ド・セジュール取得。

(2010.03.08)
メトロ1番線のバスティーユ駅ホームは地上にあって、広場の真ん中に立つ7月革命記念柱が見える。このホームに立つと、東京の地下鉄丸ノ内線・四ツ谷駅を思い出す。

パリで迎える初めての冬。今年は例年になく寒く、雪も多いらしい。郊外の道路が積雪で混乱しているニュースをテレビで見ることも多いが、パリ市内の雪はたいしたことはなく、まあ東京並みか。しかし昼間でも零下のことがある冬のパリでは降った雪がすぐには融けなかったりする。ちょっとした坂道には滑り止めの砂が蒔かれたり、歩道にも乳母車みたいな手押しの機械で、あれは清掃局?の人なのか、塩を蒔いているのに会ったことがある。今年は出番が多かったのか、融雪塩の在庫が底をついたらしい。

夏の間は早朝まだ薄暗い時から、清掃局の人が道路のゴミを何でもかんでも水で洗い流してくれるので、起きた頃にはきれいさっぱりなのだが、冬はそんなことやると凍って危険なのか、道路には捨てられたゴミが残ったままだ。その上に砂や融雪塩で、歩道は薄汚れてべちゃべちゃ状態。パリの人(観光客?)は歩きタバコのポイ捨ても平気だし、ワンコの落とし物もあまり始末しない。道路に掃除用のV字の水路があるのは、何でも棄てる習慣が残っているからだろうか? いずれにせよ歩道を歩く時は足元を良く見て、指差確認だ。
 

ロケット通り48番地。なんだか、普通のアパートみたいだ。警察でもあり保健所でもあり移民局でもあるのか、なんだか分かりにくいが、総合庁舎というやつか。インフルエンザ予防注射のポスターも貼ってあった。
バスティーユから北へ延びるリシャール・ルノワール大通り。この下は運河のトンネルになっている。通りを右へ渡ると、すぐにマレ地区だ。

それはさておき、滞在許可証の取得に向けて進展があった。このブログにさんざん書いて来たので最後まで報告しておかないといけない。昨年末にパリ警視庁でレセピセ(récépissé仮許可証)を受領した時に、2月になったらバスティーユの警察?(保健所?)から電話があるので、健康診断を受けるようにと言われた。2月になって、過去の事例から「役所からの電話は待っていても無駄だ」ということを経験的に学習した私とイナバさんは、2月4日、立春の日に警視庁へ行って事情を伝え、バスティーユの警察にこちらから電話で問い合わせる作戦に出た。

ところが、何度電話しても話し中の自動コールばかりで繋がらない。またか、何の為の電話なんだ。やっぱり直接行くしかない。いざ、バスティーユ!と、今度はフランス革命の気分。突撃の2月9日は朝から雪。滞在許可証のことで行動する日は決まったように雪が降る。バスティーユでメトロを降りて、目指すはパリ11区ロケット通り48番地。建物はすぐにわかり、ドアを押して中に入る。持ち物のチェックはなく、受付の窓口では二人の女性がテキパキというよりビシバシと、相談に並んでいる外国人を捌いている。私の番になり、健康診断のアポイントを取りたい旨伝えると、つっけんどんな返事が返って来たが、レセピセを見せるや「ちょっとそこで待って」と言われ、7~8分後に明後日の予約が入った書類が渡された。水戸黄門の印籠みたいなレセピセの威力なのか、意外や素早い展開にちょっと驚く。やれば出来るじゃん、フランス。
 

館内には迷路のようにたくさんの部屋があって、歴史的な絵画、都市計画のモデル、家具調度などが飾られている。古いガラスを通して中庭から入る光が優しい。ちなみに、入場無料だ。
保健所での予約がすぐに取れた日に、マレのカルナヴァレ博物館へ寄った。入ってすぐ、中庭の石畳に朝降った雪がうっすらと積もり、白いレースの編み目のようだ。
昔の貴族の館がパリの歴史博物館として蘇ったらしい。変わりやすい天気に、淡雪が作り出す模様も刻々と変化する。
バスティーユ駅隣りのカノラマ乗り場。ここから地下水路に入ってサン・マルタン運河を通り、ヴィレット公園までクルーズするらしい。夏は日光浴する人もいて、南仏の気分なのだが。

翌々日11日の指定された時間に、再度訪れる。この日も朝から雪だ。2階の受付に並ぶと、すぐに診療待合室へ通される。ここで待つこと小一時間。待つことにはすっかり慣れたし、ここで焦ってもしょうがない。あとで知ったが、レントゲン(フランスではラヂオと呼ぶらしい)の機械が故障して渋滞したそうだ。名前が呼ばれ、診察室へ入る。身長、体重、視力検査。もちろんキ・エ・サ……とか、カタカナはない。検査表の上の方の文字(アルファベ)が小さいのが日本式とは逆だ。次に薬指の先を針で突いて血液検査。AIDSチェックだろうか。(フランスではSIDA/シダと略す)別室へ入り、上半身裸になって、息を止めて胸部レントゲン撮影。以上が終了したら待合室へ戻る。10分程で別の部屋に呼ばれ、内科の先生が聴診器を当てたり、血圧を計ったり、合間に生活習慣をいろいろ聞かれる。仕事は? 両親は健在? タバコは?などなど、英語、時々フランス語で。

診察が終わり再び待合室で待つこと10分、名前を呼ばれ、受付で健康診断合格の書類が渡され、隣りの部屋の移民局窓口へ向かう。カルト・ド・セジュールの発行には 300ユーロの印紙が必要で、一旦保健所を出て小雪が舞うロケット通りはす向かいにあるタバコ屋で印紙を購入する。なぜか15ユーロ9枚と、55ユーロ3枚の指定があった。印紙を持って再び移民局窓口へ並ぶ。2~3枚の書類に判が押され、あらかじめ用意されていたカルトをようやく手にした。長い道のりだったが、あっという間のラストスパートで、最後は正直なところ「えっ、終わったの」という印象だった。何だか、試験に合格したときのカタルシスのような。問診をしてくれた医師から胸部X線写真を返してもらったが、記念にとっておくか。