from パリ（たなか） – 84 -　12月のパリ、雪のカフェ。

(2010.12.13)

５区、ギャランド通りとダント通り角のカフェを横目に、モベール・ミュチュアリテの朝市まで買物に。

今年のカレンダーも最後の１枚になった。フランスの写真家ロベール・ドアノーが、パリの市井の人々の何気なく微笑ましい瞬間を撮ったカレンダーを部屋の壁に掛けていたのだが、12月は雪景色のカフェの写真だ。この秋のパリは青空から見放されっ放しだったが、11月最後の週もフランスは東部を中心に大雪に見舞われた。例年より早く来た大寒波に大混乱している道路の映像を、毎晩のようにテレビのニュースで見た。パリでも昼間が氷点下の日が続き、今年の冬もまた寒くなるんだろうかと暗い気分になりながら、12月のカレンダーを見ていると、雪でドアを閉ざしたカフェの店名が、なんとBONS PECHEURSと読める。ペシュールは釣り人の意味、ということは川の近くのカフェだろうか。釣りたての美味しい鱒料理が自慢だったり、なんて想像しながら近づいて仔細に見ると、住所（通り名）表示の看板も写っていた。４区、RUE DES URSINS とある。早速、愛用のパリの地図帳でユルサン通りを検索してみると、あった、あった。シテ島、ノートルダムとは反対側の、セーヌ河岸から一本内側の通りだった。ちなみに写真の撮影時期は1945年。

12月、最初の土曜日、朝10時過ぎ、きょうも寒い。外は小雪が散らついている。写真で見たカフェは今でもあるのだろうかと気になっていたので、市場へ行く前にシテ島のユルサン通りへ寄ってみることにした。今年もノエルのツリーが立ったノートルダム寺院の広場を左側に沿って進み、二つ目の通りを左へ折れ突き当たりを右、すぐ左の路地へ入ると正面に、写真で見覚えのある特徴的な階段の手摺があった。あそこから撮影したに違いない。目指すポイントへ行き、カメラを構えファインダーを覗く、のではなく、デジカメのモニターを見る。まさにカレンダーの風景だった。残念ながらカフェは跡形もなく、石の壁に変っていた。あまりにも簡単に撮影場所がわかって少々拍子抜けした。65年間、この路地の風景は変っていない様子だ。
　

2010年も12月、光陰矢の如し。

『欲望（ブローアップ）』という、アントニオーニの映画があったなあ。

カフェは失くなったが、路地は昔のまま。奥に見えるのはノートルダム。

この表示板、カレンダーの写真と変ってないが、1945年当時のものだろうか？

元カフェがあった建物の写真をドアノーに倣って撮影し、手摺のある階段を上ってセーヌ河岸のケ・オー・フラールまで行って辺りの写真を撮る。風も雪も、強くなってきた。このまま雪が降り続くと、カレンダーと同じ構図の65年後の写真が撮れるかもしれない。それにしてもカメラを持つ手が、針で刺すように痛い。出かける時の気温がマイナス２℃だったが、もっと寒くなったようだ。今どき霜焼けになんてなりたくないし、シャッターもちゃんと押せなくなってきたので手袋を取りにアパートへ戻る。東京では滅多にしなくなった手袋も、パリでは冬の生活必需品です、ほんと。雪は本降りになり、道路もあっという間に真っ白になってきた。手袋をして指先が暖かくなると、俄然元気になる。とはいえ、あの寒いシテ島のセーヌ河岸までもう一度行くほどの元気はなく、モベールの市場に行って野菜と果物を買ったら、さっさとアパートに戻って、昼ご飯にしよう。

撮影したデータをパソコンに取り込み、画像をチェックしていて、あることに気がついた。壁の道路標示の下に貼ってあるCRUE JANVIER 1910という表示板だ。CRUE（クリュ）を辞書で調べたら、増水という意味らしい。インターネットで調べてみると、1910年の1月にセーヌ川が氾濫してパリはあちこちが大水害にあったそうだ。サン・ラザール駅周辺までも水に浸かり、まるでベネチアのような当時の写真が何枚も残っている。水が引くのに１カ月近くかかり、その間は地下鉄もセーヌ川の運航もストップしたらしい。その代わり水没した街を走る小さなボートが大活躍したようだ。クルマもあちこちで通れないなんて、そのままベネチアみたいだ。写真の中の人々は、災害を諦めて、水に浸かった街を楽しんでいるような表情が見えるのが面白い。さすがラテン系。CRUEはその時増水したセーヌ川の水位を示した表示板のようだ。100年前にそんなことがあったとは知らなかったなあ。今年の秋も雨が多かったし、セーヌ川が増水して溢れたりしなければいいが。
　